よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。

筆々

0章 スタートライン

第1話 私が僕として生まれるまで

 可愛くなりたい。



 昨今の現代社会ではSNSの発展、動画サイトの充実、様々なアイドルの形、あらゆる可愛いが世界中に溢れていた。

 そんなご時世であるからか、私がそんな夢を抱いたのも当然かもしれない。



 男性に生まれ落ちた私だけれど、目に入ってくる様々な可愛さに脳が支配され、まるで麻薬のように甘く囁く蜜が如し、どっぷりと浸りきっていた。



 仕事して眠るだけの人生に華を添えてくれた可愛いは日々の疲れだけではなく、生きているだけで生じる色々な悪意からも私を守ってくれた。

 そこまで強い力に憧れてしまうのに、さほど時間はいらなかった。



 だけれど、少し遅すぎたのかもしれない。



 年齢は35歳、可愛くなろうと行動した時には、私はもう、ただのおっさんだった。



「そうだったのですね」



 玉のような、絶対美少女だと確信させるような声が私の耳に届いた。



「ええ、そうなんですよ。自慢するわけではないんですけれど、私はそこそこの稼ぎがありまして、美容道具やエステ、可愛いに効くと噂されるパワースポットに週4で通うなど、私財をなげうってでも可愛くなろうとしました」



「ええ、ええ、わかります。ですが――」



 美少女声の主が困惑したような声色を浮かべた。



「わかります。女神さまもお前はやり過ぎだとおっしゃるのですよね? 最後に会話した同僚にも同じことを言われました」



「え、いえ」



「お恥ずかしい奴なんですが、そいつは以前から私に病院を勧めるなど、足しげく通い妻のように私の家に来ては合コンに誘うなどの迷惑行為をするような奴だったのですが、私が可愛いは将来的にガンにも効くと言ったら、そう言われてしまいました」



 可愛いに際限などない。

 やり過ぎていけないことなどないのだ。

 だが奴はまるで異常者を見るような瞳で私を見ていた。



「女神さま、可愛いは、無限大なのです」



「……え、ええ、女神としてそれに関しては同意せざるを得ないのですが、わたくしが話したいのはそのようなことではなく、今現在の状況とこれから歩むべきあなたの道のことでして」



「ですから女神さま、どうか私の願いを聞いてくださいまし」



「あ~っと、ええ、ある程度の願いは聞き入れるつもりでしたが、あなたここに来た瞬間、わたくしになにをしたかお忘れですか?」



「美少女に転生させてくださいお願いします!」



「そう言って今みたいに土下座しましたね? でもわたくしあなたにまだ何の説明もしていませんし、ここがどこなのか、わたくしが何なのか、どうしてあなたがここにいるのかも話していませんよ」



「どうせ私は死んだのでしょう? そしてここは天国でもないことはわかっていますよ。だって可愛い天使があちこちにいませんし、こんな白以外の色がないんかっていう空間でフワフワと喋る光源が浮かんでいる異常、私はすぐに察することができました。あなたは女神さまで私を異世界に転生させてくれる存在だと!」



「……ほとんどあっているのが腹立たしいですが、現代社会には死後のマニュアルでもあるんですか?」



「恥ずかしながら私は女神さまの言うマニュアルらしき書物には目がないので」



 美少女声の光源が呆れたようにため息を吐いた。一体どこに呼吸器があるのだろうと私は光源を下から覗いてみる。



「恥ずかしいのはあなたの死因の方なのですが、それについて何か言うことはありませんか?」



「後悔なんてしていませんよ。私は私の最善を尽くしました。死の縁に立っているその時ですら私は心穏やかに、それでいて草原に放り出されたような清々しい気持ちでした。ただ1つ、後悔があるとしたら、先ほどから述べている可愛さに至れなかったことでしょうか。ですがそれも女神さまのお力で解決されます」



「わたくしはまだあなたをどう生まれ変わらせるのかを明言していないのですが。いえまあそれは別にいいのですが、わたくしの手元にある資料では、そんな清々しく言い放つ死にざまはしていませんよ」



「わが生涯に、一片の悔いなし」



「少しは恥じて悔いてくださいと言っているんですよ? せっかく生まれ変わらせても同じように死んでしまったらそれこそ無駄骨となってしまいますからね?」



 一体何を悔いる必要があるのだろうと私が首を傾げていると、女神さまが何度目かのため息を吐き、諦めたようにわかりましたと口を開いた。



「女の子として生まれ変わらせればいいのですね? ですがそれだけの熱量があるのなら、男性でも良い気がしますが」



「女神さま、どれだけ可愛い男の子でも、臭いだけは男なんですよ。歳をとると、可愛くない臭いがするんですよ。私は、何よりも可愛くありたいのです」



「そ、そうですか、わかりました。他に何かしてほしいことはありますか?」



「ああ1つ、筋肉はいりません。どれだけ体を鍛えようとも、100キロを超える重りを片手で持ち上げられたとしても可愛らしいボディーを保てるようにしてください」



「マッチョでも可愛さを保っているわたくしの同僚の戦神に殺されますよ。でもええ、わかりました」



 可愛い声の光源が大きくクルクルと円を描くように飛び回るとその中心から扉が現れた。



 私は歓喜した。

 やっと夢を叶えられる。現代の私では至れなかった、届かなかった夢の入り口にやっと立つことができる。



「女神さま、感謝します。きっと女神さまには私の死に際の願いが届いたのですね」



「……そうですね、地獄の業火よりも激しい欲望の塊が顔面にぶち当たりました。ですが、お願いですから二度とあんなことしないでくださいね」



 私は光源に笑みを返すと、体が発光しているのに気が付いた。



 そして彼女が繋いでくれた扉に手を伸ばして振り返ると、光源だったはずの温かな明かりの向こうにあり得ないほどの美少女の影が映った。



「あなたが鳴らす踵に福音を」



 そう言って頭を下げた女神さまに私は小さく手を振った。



「どうか、どうかお願いですから、カキン? をし過ぎて生活費がなくなった末に現実逃避の瞑想を7日間続けた挙句、餓死するなんてことをしないでくださ――」



「可愛いが、そこにはあった」



 その言葉を最後に、扉を潜った私の体は光と同化した。



 どのような世界に転生するのか、どのような生活が待っているのか私にはわからないが、それでも私は私の夢を追いかけることを誓う。

 そうすればきっと、今回もきっと、否、現代の私が短い間だが持っていた幸福はこれからも続くことになるだろう。



 私はこれからの世界で女神さまが話していたように、脚を前に出す度に幸福の音色を鳴らし続けたいと新たな世界に胸を躍らせるのだった。

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