想い人
遠藤渓太
第1話
「早くいい人見つけなよ」
これは僕の『想い人』里桜さんの口癖だ。
「ねぇねぇ、可愛い子、教えてあげるからさぁ、早く彼女作りなよ〜」
「そんな簡単に言われても・・・」
僕は一年前、里桜さんに告白した。
結果は見事に惨敗。里桜さんは二個上だから当たり前っちゃ当たり前だけど、里桜さんに振られたときの顔は、今でも思い出すと心が苦しいのだ。
街路樹の桜が舞い上がっていく。
右に曲がると、いつもの喫茶店へと着いた。
里桜さんとはこの何も進展のない関係を続けている。
今日もまた、里桜さんの術中に嵌められ、為す術なく二人で喫茶店に来ているという訳だ。
もちろん里桜さんを諦めきれていたなら断れただろうが、里桜さんから誘ってくるところから、まだ可能性を感じてしまう。
里桜さんと二人きりでソワソワする僕には気もくれず、メニューをじっくりながめている。その横顔は、犯罪級の可愛さだ。
かと思えば目を輝かせてベルを鳴らし、嬉々として注文した。
「君も何かいらないの?」
あなたが欲しい、とは死んでも言えないし、正直先輩と二人だけで「カップル感」を味わうだけでもう腹八分目だった。
「いや、腹減ってないんで大丈夫ですよ。」
先輩はふっと笑った。
「何照れてんだよ!」
えっ、自分が気付かぬうちに顔がほてていたとは何たる不覚。
さらに顔を赤くさせてしまい、先輩はほくそ笑んだ。
「いや・・・別になにも……」
先輩は余裕の表情を変えなかった。
「ほんと面白いわ、君」
「……」
くっ、とうつむいてしまう。
「ねぇ、本当にいいの??」
「大丈夫です。」
顔を覗き込んでくる里桜さんに冷静に返した。
「ふうん、あっそ。」
ふっと覗くのをやめているのもチラ見してしまう。
「あっ、こっちみてきたよね??」
油断も隙もない女め、と怒る心はすぐに消えていた。
真正面から見る里桜さんは堪らなかった。
再び俯いてしまう。
里桜さんは顔の良さと逆で人の心を弄ぶ腹黒さを持ち合わせている。
しかし、腹黒さを知っていても、カバーしきれない色気、雰囲気というものがある。
正に里桜さんがそうだった。
男を簡単に引き寄せてしまう、街中でも高校でもすぐに声をかけられる。
いつも周りの中心だった。
里桜さんには彼氏はいないのだろうか、いや・・・
「ねぇ、急に黙ってどうしたん?」
好きな人でも考えてるの、と自分で言っときながら爆笑している。
くそぉ、と思いながらも、その前の一瞬、本当に一瞬の目を捉えていた。
上目遣いの目に、つぶらな瞳を輝せていた。
やべぇ、好きだぁ。そう思っても口に出せばまたからかわれて何も無く終わるだろう。
「またまた、そんな冗談を。」
とか、
「冗談はよしこさん、笑笑」
とか。笑いで誤魔化される。
振られて関係が終わるよりはマシ、そう思うしか無い。
「はぁ」
「またため息。だから何かあったの、って聞いてるじゃん」
何時でも相談に乗ってあげるのに、とすっかり姉気分だ。
「べつに、何も無いですけど」
「冷たいなぁ、ああそうかいそうかい。」
それだけ言って鼻歌を歌い出した里桜さんを静かに見つめる。
「あっ、そうだ、」
「おっ、どうした?」
興味を見せた里桜さんはグッと前に出てきた。
「いや・・・大したことじゃないんですけど・・・」
「うん、どうしたの?」
里桜さん、と少し声が大きかっただろうか、告白と勘違いされたかもしれない、でも、そんなこと、関係ない。
「里桜さん、彼氏いるんすか?」
一年ぶりに、思い切ってみた。
「・・・」
「え?」
里桜さんは初めて見る顔をした。
白かった顔は紅く染まり、目が泳いでいる。いつものクールな里桜さんは、姿を隠していた。
「嫌だなぁ、いないに決まってるじゃん」
「ああ……そうなんすね」
絶対嘘だぁ・・・いる反応だったもん・・・
「いやそれよりさ」
「はい」
乱暴に返事した。
「君はいいの?」
え?俺と付き合えよ的な?え?そんな急に言われても・・・
「彼女作らなくて。損するよ、きっと」
あー、そっちの方か。
急な男気にキュンとした自分が悪かった。里桜さんがそう言う訳ないだろ、と自分を自分で責める。
「まあ、いつか作りますよ」
里桜さんを忘れられたら、いや無理にきまってる。それだけは確実なことだった。このいつ終わるか分からない関係で、唯一信じられる事実だった。
「ふうん。まあ頑張りなさい」
そう微笑む里桜さんがずるかった。
想い人 遠藤渓太 @niseZidan
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