心眼

久我宗綱

心眼

 去年の冬頃、ここでは書けない諸々のことがあり、ストレスで右目の視力が極端に落ちていた。そして、その頃にある夢をよく見ていた。


 その夢の中で、私は自分が歩いている姿を後ろから眺めていた。そこで歩いているのが自分なら、見ている自分は誰なのかというのは思い返してみれば不思議なことなのだが、夢を見ているときはそれを当たり前のように受け入れていた。


 歩いているところは様々だった。見たこともない荒野のこともあれば、テレビで見たことのあった景色、はたまたよく通った図書館への道。近所の蕎麦屋の前。色々なところを歩く私の背中を追っていた。


 その夢の世界の中にはある共通点があった。至る所から視線を感じるが、一方で通り過ぎる人は誰も人に目を向けていないのだ。いや、人だけはない。何にも目を向けていないのである。


 そんな夢を見ていたある日、私の後ろから大きな赤犬が走ってきた。そして私に吠えかかってきた。この「私」がどちらなのかは分からない。それに驚いたのか、先を歩いていた私は振り返った。そして、私はその私の顔を見てしまった。その顔には……、いやこれは語らない方が良いだろう。


 その朝、起きてみると右目は見えるようになっていた。医者にはたいそう驚かれた。もっとも、驚かれようが感心されようが、私にとっては目が治ったことはありがたいことであった。


 それ以来一度もあの夢を見ていない。今では、あの世界がとても懐かしい。

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心眼 久我宗綱 @kogamunetsuna

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