第40話 原始的な知性

「――その理論とは?」


 道地君に変わって、今度は僕が質問する。


「人と人が繋がるネットワークです」


「ネットワークってえと、パソコンかよ」道地君が困惑したように言葉を挟んだ。


「私が指しているネットワークとは、そういった情報技術によって支えられたインフラのことではありません。<見操様>がかつてのこの村の人々を殺したような、言ってしまえば超心理学的なネットワークのことなんです――モジホコリというものをご存じでしょうか」


「モジホコリ?」


「粘菌ですよ。この生物は人のような脳もなければ、視覚、聴覚すら持っていません。とある面白い実験があって、このモジホコリを迷路に閉じ込めて、入り口と出口に食料を置くんです。すると、どういうわけかモジホコリは一斉に最短経路の通路を形作る――他の経路があるにも関わらず、です。つまり、モジホコリには細胞単位で思考し、判断し、選択を他の細胞と共有する能力があるのです。このことから、粘菌のような単細胞生物でも原始的な知性があることが分かるんですよ」


「原始的な知性……か」


「そこで、人間はどうなのでしょうか? 我々には互いの意志を伝えるための様々な手段が存在しますが――モジホコリのような原始的な知性は?」


「あるわけがない」僕は言下に否定した。


「どうしてそう思うんですか?」


「あなたが言っているようなコミュニケーションの手段を――原始的な知性を人間が持っているのだとすれば、それこそインターネットのような高度な技術に支えられたインフラは必要が無いだろう」


「私の考えは違います」と今度は木戸が言い返してきた。「多くの人間が、本来持っているはずの原始的な知性を開放しないまま、その一生を終えてしまうのです。決して人類がそれを失ったわけではない。ただ使う必要がないために、忘れられたままなんです」


 僕は肩を竦めて言った。「そんな理論は、言うのは勝手だよ。だけど証明のしようがない」


「証明はされていたんですよ」木戸は地面に指を指して言った。「かつて、この村で」


「……<ミトリさま>のことか」


「天然の呪術師というものは、先祖返りの一種なのです。極まれな確立で原始的な知性が活発な人間がこの世に生まれ落ちる――不思議だとは思いませんか? いくら初代の<見操様>が強力な呪術師であったとはいえ、呪いを受けた村人は実際に死の予兆である黒い人影が見えていたんですよ。呪いというものはただ呪っただけでは成功とは言えない……実際に誰かが呪われて、始めて成功と言えるのです。だとしたら、当時の村人に呪いを受け取る感覚器が無くては<見操様>の話は筋が通りません」


 僕は思わず腕を組んで唸った。


 木戸の話は荒唐無稽のように思えるが、以前僕が妄想を膨らませた「ゴーストネットワーク」の考えを、肉付けするもののように思えてきた。……呪術師は先祖返りによって原始的な知性が活発な状態で生まれた人間だ。呪術師に呪いを伝播された人間は――


「……呪われる側の人間にとっては、活性化していない原始的な知性が受信機としての役割を果たしてしまうわけか。そして、活発化してしまう……」


「おい、俺にも分かるように説明しろよ」と道地君が言う。


「人間には霊界――みたいな次元に眠れるアンテナを持っていて、呪術師は意のままにアンテナから電波を出せる。逆に呪術師ではない人間は開いたままのアンテナで一方的に電波を受け取ってしまう……そういうことですよね?」


 秋葉が概ね簡潔に纏めた。道地君は眉毛をくねらせて何とか飲み下したようだ。


 そのまま言葉を引き取って木戸が続ける。


「初代の<見操様>が当時の村人に伝えた意志は、至極単純で極めて強烈な憎悪だったのではないかと思います。それが村人たちを殺した呪いの正体。重要なのは」と、居住まいを正して言葉に厚みを持たせる。「初代の<見操様>は、看護師の存在無くしては決して伝播することはなかったということ、なんですよ。ネットワークの構造で言えば、サーバーが一台しかないようなものなんです。そこで私は、この問題を解決し、尚且つ呪いの実行に多大な呪力を必要としない仕組みを作らなければならなかったわけです」


「……」


 僕は、木戸の言わんとすることを――現代の<ミトリさま>の仕組みについて理解した。なるほど、これは……新しい。今までの話からすれば、全く新しい「呪い」の形だ。


「要するにだな」道地君が自分の腿をパンと張って立ち上がった。「<ミトリさま>の正体は看護師だった。そして看護師が死んだから村人たちの呪いは息を潜めた。そういうことなんだろ」


「ええ。そうなりますね。ですが――」


「だったら話は単純じゃねえか。俺があんたを、そのアンテナごとぶっ飛ばせば良い」


「は?」


 木戸は空気の抜けた声で、ぽかんと道地君を見上げる。


 途端に暴力的な威圧感が道地君から発せられたかと思うと、次の瞬間には「破ぁ!!」という怒声と共に右ストレートが振るわれたたところだった。

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