第30話 伝道師を探せ

 身支度を終えて居室へ戻ると、各々座布団を敷いて車座になっているところだった。及坂は寺のものらしい地味なジャージに着替えている。


 僕が車座に加わるなり、「おい、俺たちは馬鹿だぜ」と道地君が言い出した。


「いきなりなんなんだい?」


「例の北の伝道師ですよ。兄貴に心当たりがあったと」


「心当たり?」


 なるほど。それをさっき思い出して大声を挙げていたのか。


「憶えてるか? 俺、大雨の日にお前の部屋にジャンク品を届けてやったよな」


「ああ。憶えてるよ」


 勿論忘れるはずも無い。なにしろ、その晩にバスの事故に巻き込まれたことでこの事件に乗り込み始めたのだ。発端、と言い換えても間違いじゃないだろう。


 そういえば、あの日からも<ミトリさま>の呪殺は続いているんだろうか。今まで情報提供者と連絡を取ることに集中していたからそっち方面の情報は追っていたが、あの赤い世界で遭遇した<くねくね>の数から察するに、明らかになっていない被害者も相当数いるんじゃないだろうか。


「そうか。あの日の事故の調査で、北に関する情報が出たんだね?」


「いや違う。俺が言いたいのはあの日話した、空振った調査のことだ。――四人目に死んだ新妻だよ。あいつの足取りを追って、俺がどこに行っていたのか憶えているか?」


「それは――あっ!」


 そうだ。それこそ道北――稚内じゃないか。


「そうだ。あの新妻は伝道師に会いに行ったに違いない」


「四人目の被害者は、死の直前に稚内へ向かっていた」冴羽が北海道の地図を拡げた。今時紙の地図を見ることも珍しい。「稚内は、恐らく中継地点だったのね。そう考えると田原君が稚内で聞き込みしても成果が上がらなかったのも頷ける。レンタカー屋にも記録が無いとなると、徒歩かローカル線か、バスに乗って移動したんだ」


「弾丸旅行でしたっけ。一泊二日ですか?」


 秋葉も地図を覗き込んで質問する。


「日帰りだ。朝七時の高速バスに乗り込んで、稚内に到着したのは十二時といったところだな」道地君はスーツのポケットから手帳を捲り出す。「帰りの便は、十七時発」


「公共交通機関を利用して移動したなら相当行動範囲を絞れるね。あの辺り、バスの発着時刻は疎らな筈だ」


 実際にスマホで調べてみると、稚内からは大体一時間毎にバスが発車すると分かった。


「ローカル線で南に戻るということもないんじゃないですか? だったら高速バスで稚内まで行く理由がありませんもんね」


秋葉の推理に対して、道地君が「いや」と反論する。

 

「そもそも稚内が終着駅だ。バスで稚内まで行ったのは金の節約だったんだろう。結婚式を間近に控えていたんだぜ。きっと入り用だったに違いない」


「なるほど。だとしても、バスが通っている名寄、豊富からの方がアクセスが近い場所は外れますね。……いや、バスの時刻的に到着はむしろ豊富よりも稚内の方が早いんだ……。なんか、こういうの楽しいかも」


と、こういう感じで僕らは四人目の被害者がその日向かったであろう伝道師の居所の推測を進めていった。


 *


 正午を迎える頃には、ぼちぼち僕らの頭は知恵熱を帯び始めていたと思う。


「ま、十七時がタイムリミットとして、一日の行動範囲はこのくらいかしら」


 状況にケリを付けるように、伊代が地図上に蛍光ペンでぐっと稚内を中心に下へと歪に垂れ下がった図形を引いた。明らかに可能性が低いだろうという部分は凹んでいて、逆に一般道の導通状況などから可能性が高いと思われる部分は膨らんでいる。


 主に推測に参加した僕、秋葉、道地君は、冴羽の引いた行動範囲の推測に異論を挟まなかった。しかし、その範囲の広さには呆然とせざるを得ない。田舎の町一つをしらみつぶしに調べるにしても大変な苦労だと言うのに、推測した範囲には地図で確認出来るだけでも幾つもの町、小村が含まれているのだ。


「情報が足りねえっ」


 道地君が音を上げて畳に寝転んだ。


「おい、及坂。何でも良いから、ヒントになりそうな話は無いのか」


「ごめんなさい、私もさっきから考えてるんですけど、どうにも……」


「――情報は、きっと十分集まっているよ。ただ、僕らがそれがそうだと気が付いていないだけなのかもしれない」


「そうは言ってもな……おい、義堂! コーラ買ってきてくれ……ってあれ、あいつどこいった?」


「義堂さんなら仕事に出てますよ。もう昼です」


「もうそんな時間? 流石にちょっと休憩入れようか」


 伊代たちはそう言ってのろのろと秋の陽光で照らされる境内へ出て行った。


 僕も続こうかと立ち上がったところで、地図を見ながら考え込んでいる及坂が気に掛かった。

 

「そもそも、伝道師ってどういう人なんでしょうか?」


 及坂が角度の違う疑問を呟く。


「そういえば、そんなこと考えもしなかったな。……及坂さん、僕もちょっと出てくるよ。君も少し外の空気を吸った方が良い。勿論、境内から出ないように注意してね」


「はい」


 そして、僕らは少し境内を散歩することにした。

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