第14話 暗渠
「……とにかく、『ミトリさま』だ。結局これは何なんだろう。新興宗教? それとも、ただの都市伝説?」
「うーん、と……そこもまた、微妙なんだなあ」
「というと?」
「ええっとですね……。まず、『ミトリさま』は実在します。というか、しました」
「何だって?」
「だから、ミトリさまっていうのはただの人間――看護師さんだったんですよ。道北の小さな診療所のね。本当に小さい……冷たい海に面した漁村の、唯一の診療所で。こういうのって地方じゃよくある話でしょ? 医師も一人、看護師も一人か二人とか。で、ミトリさまはそんな診療所の看護師をやっていた女性だった、と言われています」
道北の、漁村の診療所だって?
「また突拍子もない場所が出たもんだね」
「そうはいっても、そういうもんなんです。だって、実際にあったことなんて大概が突拍子もない偶然の産物でしょう?……ちなみに、これは我が社の独自調査でも何でもなく、北海道の土着信仰とか都市伝説に詳しい人なら大抵は知っている奇談ですよ」
それから、秋葉はミトリさまの物語を語り始めた。
*
<月刊ヨミ>を辞した僕は、道地君と連絡を取って彼の行きつけであるという居酒屋に落ち合うことにした。
空を見上げると、飲み屋で話すには丁度良い具合に陽が後退していた。
(一つ分からないことがあるんだけど、ミトリさまが既に亡くなっているんなら……今ミトリさまを持て囃しているこの連中は一体何なんなんだろう。新興宗教とでも考えれば良いのかな)
僕は、秋葉がミトリさまの話を終えたときにした質問を考え続けていた。
(違います)
そして、秋葉の返答も。
――だから、さっきも言ったようにこれは微妙な問題なんです。いいですか、宗教団体というのはそれが宗教団体であると認められるための要件があるんです。
まず、教義の公布。これはミトリさまの場合はまあ良しということになる。なぜなら、既に伝わっているミトリさまの奇談がそのまま崇拝対象の発祥……つまり神話となり、教義というのは神話の解釈がそれに当たるからだ。
つまり、「宣託を受け入れろ」という言葉そのものが、教義になるのだ。
そして、その他に要件と考えられているのが三つ。儀式行事の実施、信者の育成、礼拝施設の設置、である。これらは微妙なところだが、信者の育成についてはこの掲示板が機能しているように見える。
儀式行事や礼拝施設については、もっと調査しないといけないだろう。
――その前に、と秋葉が僕の思考を遮った。
(これらに加え、現実的に宗教法人を運用するとなると、もう一つの要素が必要要件に加わります)
それは、金だ。資金だ。
まともであれ悪質なものであれ、宗教が宗教として在り続けるには、資金繰りを解決するシステムが必須なのだ。特に、礼拝施設を維持するには土地代などの莫大な資金が必要となる。
そして、今のところミトリさま周辺の界隈で金銭トラブルの話は聞いたことがないという。というか、そういうものがあれば、今も闇の世界の伝説としてミトリさまが秘匿されているわけがない。
僕には、「ミトリさま」という存在が暗渠のようなものに思えてきた。
現実世界の地下深層に、細く流れる何か。
その流れの行き着く先は、どこなのだろうか。
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