第8話 伝説が生まれた時代
「はあ、どうも、秋葉さん」
「南戸君。秋葉は今まさに君たちが調べている、こっくりさんだとかに詳しいんだ」
「ほう?」
「恐れ多いですよお。まあ、人より詳しいは詳しいですけどね。冴羽さんから聴きました。昔にあった、こっくりさんの集団ヒステリー事件の被害者さんの友達だったんですよね」
僕はぎょっとした。
「そんなこと喋ったの?」
冴えた羽は肩をすくめて、「隠すようなこと?」と言い返してきた。
冴羽にとっては、既に遠い過去のことなのか。
「ええ、まあそうです。僕たちはある放課後に、こっくりさんを遊んで一人の友人を失った。あのときは本当に、彼女が死ぬんじゃ無いかと思って怖かったよ」
「……亡くなっていないとしたら、運が良いですよ。当時のヒステリー騒ぎで、三階の窓から墜落死したり、原因不明の発作死をした子供は少なくなかったんです」
「死亡例って……噂や都市伝説の話でしょう?」
「それがそうでもないんですねえ」
秋葉が答えたとき、ワゴンの中に横方向の緩やかな引力が掛かった。交差点を大きくカーブしたらしい。それでいて、走行音は夜の静けさに一点の穴も開けていないようだ。秋葉は運転が上手だ。
「日本では、死因が特定できない死亡事例は異常死として扱うんです。さらに詳しく言えば、確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体というものが異常死体と定義されています。……一応言っておきますけど、他人に殴り殺されたとか、外傷等で死亡している場合も異常死にカウントされます。現代日本で外傷が原因で死亡に至るケースは結構事件ですからね、災害を除けば」
秋葉は器用にハンドルを回しながら、流れるように話し続ける。
「で、ですね。あんまり知られていませんが、全国で発生した死亡者の死因を分類したデータが、厚生労働省から発行されているんです。それを調べると分かるんですが、やっぱりあの頃の原因不明や自殺による死亡者数って、多いみたいなんですよねえ……。就職氷河期だったっていうのも関係していたのかもしれませんけど」
冴羽が、スマートフォンを弄りながら「人口動態統計のことでしょ。これ」と僕に画面を見せてくる。確かに、厚生労働省から発行されているらしい資料で、自殺者数の推移が七十年代から一昨年まででプロットされたグラフが載っている。驚くべきことに、1998年からは明らかに自殺者数が跳ね上がっていることが分かった。
勿論、このデータでこっくりさんが多くの子供を殺した、と言えるわけではない。ただ、たった一年の間に自殺者があまりにも増えてしまった当時のことを考えると、こっくりさんがあったから人が死んだのではない、むしろ、人が死んだからこっくりさんは流行したのではないかと思わざるをえなかった。
考えをそのまま伝えると、秋葉は伊達眼鏡を押し上げた。
「一理ありますが、私にとっては鶏が先か卵か先か、という程度の問題ですね」
「どういうことだい?」
「いずれにせよ、こっくりさんは都市伝説になった、という話です。人を殺して伝説になったにせよ、伝説が人の死ぬ理由になったにせよ……です」
「なるほど」
「まず間違いないのは……」
ワゴン車のタイヤがじりじりと路面を噛んで停止した。車内灯がパッと付く。辺りを見ると、札幌駅付近の路上に着いていた。
「こっくりさんは、希死観念で溢れた世の中に産まれた伝説ってことですね。……いえ、こっくりさんという噂話が、絶望によって伝説に昇華したんです」
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