ゴーストネットワーク
みとけん
第1話 こっくりさん
「こっくりさんこっくりさん。どうぞおいでください」
くだらない遊びだった。
「こっくりさんこっくりさん、もしおいでになりましたら『はい』へおすすみください」
放課後の教室。窓から差し込むかっかとした夕陽。机の脇にぶら下がっている給食袋の紐が、さっきから僕の膝に当たっている。一つの机に向けて椅子を向けあっている。
「こっくりさんこっくりさ――あっ!」
机の主である美里が声を挙げた。机の上を見ると、僕たちが指を載せている十円玉はランチマットの上を滑る指みたいに音もなく「はい」と書かれたところへ進んだ。道地君は目を見開いて十円玉の動きを見ている。
「ねえ、やっぱりまずいんじゃないのかな」
僕が言うと、美里が「しっ」と唇の前に人差し指を突き立てた。「こっくりさんを呼び出している最中に余計なことを考えちゃ駄目なの」
月の初めに、こっくりさんは学校中で禁止された。後から知ったことだけど、このころは全国的にこっくりさんを廃止する運動があったらしい。そして、僕たち小学生にとっては、禁じられた遊びというものはどんなに面白いテレビゲームよりも興奮する遊びなのだ。
「ほ、本当に動いてる。誰か動かしてんだろ!?」
道地君が狼狽したように叫んだ。
十円玉に指を置いているのは四人。美里、僕、道地君、伊代。何を切欠にこの四人で遊ぶようになったのかはあまり憶えていないけど、とにかく僕らは五年生の春にはしょっちゅう遊ぶ仲になっていた。
「誰も動かしていないよ。今、私たちが触っている十円玉にはこっくりさんが宿っているんだから。皆、何度も言うけど指を離しちゃ駄目だよ」
美里は毅然とした態度で言った。彼女も参加者の一人には違いないのに、さもこっくりさんと意思が通じているように振る舞う。
「少なくとも私は動かしていないわ」
「伊代ちゃん。そういう思考はノイズになるかもしれないよ」
「こんくらいは平気でしょ。そんなに怒りっぽい神様なら質問になんか答えてくれないからね」
「神様ねえ……」
道地君は複雑そうに首をひねった。道地君の家はお寺だ。とはいっても、こっくりさんに参加しているし、普段の生活から考えても彼は厳格な仏教徒ではないようだ。
「じゃあ、質問。……最初は誰が行く?」
「私がする。こっくりさんこっくりさん、明日の天気は何ですか?」
十円玉は少しも躊躇せずに「あ」、「め」とひらがなの上に止まり、最後は鳥居マークの上に停止した。僕は息を飲んだ。一体どういう力で動いているんだろう。本当に誰も動かしていないのだろうか。けれど、確かに十円玉には上から力を掛けている感じでもない。例えて言うなら、十円玉の縁を紐でぐるりと結んで真横から引っ張っているみたいなのだ。
「凄い! じゃあ、次は私ね……」
それから、僕たちは思いつくままの質問をこっくりさんにぶつけた。質問の内容は大した事がない。殆どがその場で思いついた僕たち自信でも答えられるようなもので、「あの人の誕生日はいつ?」だとか、「あの人とあの人は付き合っている?」だとか、そういうものだ。こっくりさんは、そういった質問に次々と回答した。中には本当にそうかもしれない、というものもあったし、それは違うんじゃ無いのかな、というものもある。 問答は次々に回り、教室に差し込んでいた夕陽も幾らか夜の冷たさを帯びていた頃、「そろそろ、最後の質問にしよう」と美里が言い出した。「誰か、聞きたいことはある?」
僕たちは愚にも付かない質問をたっぷり吐き出した後だったので首を振った。
「じゃあ、私がする。こっくりさんこっくりさん、最後の質問です――」
十円玉が、鳥居の絵の上で一瞬ずっと動いた。
「あなたは何者なのですか?」
その瞬間、机が大きく揺れた。
驚いて机から目を上げると、今質問した美里が力強く足をピンと突き出したことが分かった。美里の向かいに座っていた道地君は、驚くべきことに椅子ごと突き飛ばされて後ろの机と倒れた。
「美里!?」
伊予の声にハッとして美里の顔を見ると、顎を天井に着き出して物凄いスピードで体全体を振動させている。奥歯はガチガチと鳴り、目は白目に、口角からは次々と泡を吹き出している。
その頃全国では「こっくりさん」を遊ぶ児童たちの間で発生していたヒステリー発作というものが問題視されていたことを、僕はこの出来事の後に知ることになる。
目の前の異様な美里に、伊代も、僕も道地も、声を挙げて動揺している。僕は、頭の皮を引っ張られるような勢いで血の気が引いてしまって、そのまま後ろに倒れ込んだ。
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