全てを抹消するまで
鴉杜さく
第1話
白い聖堂に静かなピアノの音が木霊する。
真っ白な聖堂には不似合いな真っ黒の軍服をきた15歳ぐらいの男が弾いていた。
女神像に見つめられながら、太陽を浴びながら演奏した彼は些か不服そうだ。
「マジでありえんわ。いくら、希少価値が高いからって聖堂に置くのは無いわ」
無信者ものの彼と聖堂は相性が良くないようだ。
ピアノを閉じて離れると、コツコツとブーツを鳴らしながら彼は聖堂から出ていった。
外に出る前にマスクをし、扉を開ける。
そこには、真っ赤な霧と錆びきった鉄が降っていた。
「あり? 予報だとまだ
総督府と呼びれる、権力が集中しているが彼にとっては苦手な場所であるそこへ、彼は足を向けた。
錆雨から、軽めにサンプルを取ったあとに総督府へと入った。
とは、言ってもいくつかの検問などはあるが。
それらが終わり漸く内部へと足を踏み入れると、中にいる職員や他の用事で来た者など、色々な人に好奇の目で見られる。
それもそうだ。
彼は討伐隊の隊長でもあるが、調査隊にも所属をしている。
彼が戦闘をしたいと望んだが故に、2部隊所属という名誉的存在になっているわけだが。
それに、彼の体質にも好奇の目を向けられる理由がある。
彼の体質では、錆雨が効かない。
錆雨は通常、浴びたならばそこから錆が広がるなり、錆がくっつくなりするのだが、彼はそれが一切というぐらいないのだ。
何故かと問われれば、そういう体質だからとしか言えないが。
一度、研究会の長である鮫島 旭という男か疑わしい者に解剖されそうになっていたが、さすがは戦闘集団に属しているだけあって全力で逃げていた。
「あ、お疲れ様です。篠原隊長」
彼がゆるりと振り返ると、そこには最近入ってきた討伐隊の新入りたちがいた。
「ん~? この時間って訓練じゃなかった?」
「いや、錆雨がふってきたので、練習場が外にあてられている我々討伐隊はちょっと難しいかと思いまして」
そう新入りが言うと、ああ~と思いだしたかのように納得したようだった。
「で? それが訓練をさぼっていい理由になると思ってるの?」
「いえ、今からほかの訓練所にお邪魔させてもらえないか打診に行くところです」
しばし、思案する素振りをした彼は側頭骨あたりを抑え、会話を始めた。
「雫ちゃん~。調査隊の訓練所空いてる? 空いてるなら討伐隊のやつらに場所貸してくんね? しごいても何もいわないからさ~。うん? ああ、おけ~。じゃ、よろしく」
側頭骨から手を離すと、笑いながら振り返った。
「調査隊が場所貸してくれるってさ。行っておいで」
「ありがとうございます。篠原隊長もお気をつけて」
そういって、去っていった彼ら新入りたち。
彼はそれを見送ると、彼らとは真反対の方へ歩きはじめた。
そして総統室と書いているドアの正面に立っていた。
いやそうな顔をして一向に入ろうとしない彼。
室内の者がしびれをきらしたのか、中から声がした。
「入れ」
それを聞いた彼は逃げられないと悟ったのか、開き直り大きな音をたててドアを開いた。
書類に埋もれている誰かが手を書類から出していた。
「
「いや~、ここ居心地悪くて」
書類の山から生還した三つ編みの緑頭は、三つ編みをほどきながら頭をガシガシと掻いた。
「お前なぁ~。ああ、分かったから。その殺気をしまってくれ」
お前なぁ~と総統閣下は言ったがその瞬間彼から、ありえないほどの殺気が放たれた。
「で? 用事ってなに?」
「ああ、その前に……キューくん!!」
総統閣下が叫ぶと書類の山から紫色の髪の丸眼鏡をかけた美しい男が現れた。
「すんません、意識とんでました」
そういうと、ドア前警護しときますと言って部屋から出て行った。
「相変わらず、やばいぐらいの労働環境してるよな」
「あは、褒めてもなにもでないよ~」
しびれをきらした篠原 誄が脚を組んだ。
「で、話なんだけど最近討伐隊の出動回数があがっているのはもちろん気づいているよね? それと錆雨の予報がずれてきているのも」
「もちろん、さっきピアノ弾いて外に出たらもう既に錆雨が降っていた。3時間のずれだ」
それを聞くと総統閣下は頭を抱えた。
「実はさっきの錆雨の話と出動回数の話はつながっていることが判明した」
「ふ~ん? 言ってみろよ」
少しはやる気になったのか。
彼はにやりと笑った。
「錆獣の数も増えているが、そのレートもあがっている。それは把握済みだと思う。そして錆雨だ。錆雨の発生は錆獣の発生を知らせるものだ。これも把握済みだな?」
「ああ、討伐隊と調査隊しか知らないがな。混乱させないために情報統制もされているが」
重く頷くと、総統閣下は顔をあげた。
「すべてのはじまりの錆獣が解き放たれた。犯人は、討伐隊の新入りだ。内部から崩しいていくはずだ。解き放たれたのは、はじまりの錆獣1体とその側近の99体のⅫ級錆獣が解放されている」
なるほどね、と頷いた彼。
「ちなみに犯人はどうしてるの?」
「依然逃走中だ」
と、ここまで言われ引っかかることがあった。
「その犯人の名前分かるか?」
「あ? ああ、知里と草薙だ」
ぞわりと悪寒がはしった。
「まずい。雫が、調査隊が……」
そういうと立ち上がった。
できるだけ、急ぎながら部屋を出て行った。
側頭部に手を当て、雫に通信を試みたがやはり繋がらない。
くそと吐き捨てると、階段を飛び越えた。
一気に走り抜けるため、周りの人には一切配慮していない。
討伐隊のメンバーはそれを視認すると、腰の剣を抜きそれを渡した。
そうして調査隊の訓練所へ行くと、そこは血の雨だった。
「チッ。遅かったか」
「あれ、隊長~どうしたんですか?」
げらげらと下品な笑い声をあげる新入り二人。
「はあ。ここの隊長はどうした?」
「ああ、最後までみんなを守ってた雫さんですよね? 無様にそこで死んでますよ」
あっそというと誄は剣を向けた。
獰猛な表情をすると、殺すとひとこと呟いた彼。
「あれぇ~怒っちゃった? 怒ったぁ~!!?」
「うるさいなぁ~。いい加減にしろよ。勝てると思ってるのかお前らは」
いや、だって勝てるっしょ。
と言った彼ら。
「だって僕ら、あなたの戦ったところみたことないですけど本当につよいんですか? 討伐隊でもあまり動こうとしなかったのにねぇ!!」
バチバチっと電気が走る音がした。
よく見ると、誄が帯電しているかのようだった。
討伐隊のほかのメンバーは「やべ、隊長がアレ使うみたいだ。早く被害者を運べ」と俊敏な動きになっていた。
「帯電したところで何が変わるんですか?」
そう言いながら、抜刀し彼に襲いかかる知里。
それをいなしながら、知里の腹に蹴りを入れる。
「ガハッ! なんだ、この重さは」
それに答えるように靴を地面に打ち付けた。
地面からは通常の靴からは出ないような金属音が鳴った。
「まさかっ」
「金属板入りブーツ。どう?」
「だが、それがどうした!!」
二人が叫び声をあげながら戦い始めた。
その周囲では、雫が治療を受けていた。
「雫さん、雫さん。聞こえますか?」
「ッ!!」
口の中に溜まった血を吐き出し、せき込む彼女。
それを介抱するは討伐隊副隊長の林道だ。
そこへもう一人の新入りがやってきた。
「あれ、生きてたのぉ!!? 死にぞこないじゃん! ウケるわ!!」
林道副隊長がそれを聞くとゆらりと持っていた針を草薙の手に突き刺した。
それを見ると、無言で引き抜いた。
「なめてんのか、てめぇ!?」
「なめてないから、針を突き刺したんだよ」
それからメスを手に持った。
「僕は、討伐隊の治療隊員だ。なのに副隊長なんだよ。おかしいと思わないかい?隊長は滅多に戦わないし、副隊長も治療担当。君たちの動向には気づいていたんだ。それとなんだけど、錆獣がなぜ99体しかいなかったと思う?」
「あ? 確かに変だな。99なんてキリがわりぃな」
「本当は極秘なのだけれど、教えてあげるよ。あそこで戦っている隊長がさいごに作られた封印を施されていない唯一の自立思考型、戦略兵器錆獣XXIV級ロードなんだよ」
それを聞くと苦虫をかみ殺したかのような表情になった。
「まあ、これを教えたからには君を殺さなくてはいけないのだけれど」
メスを構える副隊長。
それに対し、頭を押さえ大笑いする草薙。
「まさか、それで戦うつもりかよ!?」
「そのまさかだよ。僕はさっきも言ったとおり治療要員だからね。剣なんて握れない。だけど、人体のつくりはこの隊で一番知っているよ」
そういうと、腰から太めの針を取り出した。
左がメス、右手が針。
それだけ見れば、完璧に治療する前の医者だが彼がこれから行うのは真逆の行為である。
「さあ、治療の時間だ」
針を4本投げる。
その間に、メスを持ち相手に切り込む。
しかし、相手は片手剣。
リーチが違いすぎる。
それを草薙は理解している。
剣を横なぎにした。
それを体をそらして躱す。
針は数本、刺さっていた。
その針から凝視しなければ見えないような液体が付いていることに気づいた
草薙は刺さった針を抜くと、聞いた。
「この針、なにが仕込まれている」
「別に、大丈夫ですよ。気にすることではないです」
メスを再び構えるとそのメスを投げた。
草薙はそれを薙ぎ払おうと剣を振った。
しかし、その剣をすり抜けるかのように通り抜けたメスは草薙の左目に突き刺さった。
うめき声をあげる草薙に対し、飄々とした態度で目の前でメスをもう一本出した副隊長。
「なんなんだ。そのメスはあぁあ!!!!」
「なにって。メスだよ」
聞いても埒があかないと思ったのか。
剣を振りかぶって襲い掛かった。
なんどか、斬りあっているといると彼はその異変に気付いた。
先ほどすり抜けたメスとなぜ斬りあっているのだと。
その能力があるのならば、すぐに使えばいいではないのかと。
「おまえ。その能力。なにか制限があるな」
にやりと副隊長は笑うと。
小さく、正解と言った。
だが、それが分かったところで制限自体がなになのかは依然として不明のため状況は変わらない。
暫く、見つめあっていると隊員たちがやってきた。
「副隊長!! まずいですっ! 隊長が!!!!」
_あれを使おうとしています。
その報告を耳にした瞬間身体が自動的に動いていた。
その場に残っていた隊員に全力で声をあげ、雫さんを抱きかかえるとその場を退却していた。
「総員! 退却」
声掛けで、退却した隊員たち。
その奥では、誄の頭から電気を帯びらせている鬼の角のようなものが生えてきていた。
バチバチと帯電するそれは、常人であればすぐにでも気絶してしまうような電圧を放っている。
「なにをするつもりですか」
「答える義務はない」
電雷を撒き散らし、その効果範囲は徐々に広がっていっている。
一際大きく側の電雷がバチりと音をたてると、彼は動いた。
持っていた剣を床に突き刺し、使わない意向を示す。
電雷の角を手で押え、ギチギチと引っ張り出す。
そうして、角が彼の手のひらに現れると彼はそれを投げた。
知里の足元にころころと転がり靴先にカツンとぶつかった。
その瞬間、身体を電雷が覆い尽くした。
バチバチとそれは、身体を焼いていった。
人の肉が焼ける独特の匂いが漂う。
今回、角を投げたのは被害を最小に抑えるため。
本来ならば、角から雷の放出を行う。
その方が出力が高いためだ。
黒焦げをとうに過ぎたそれは焼死体というには焦げすぎていた。
「あれ使うと思ったのに、隊長使わなかったんですね」
戻ってきた隊員はそういった。
突き刺していた剣を抜き、近くで副隊長と戦っていた草薙のもとへ向かう。
剣を向けると、草薙は勝気な笑みを浮かべた。
「ねえ、これが陽動だとは思わないんですか」
「知っているよ。知ったうえでここにいるからね」
後から来た副隊長がそういった。
「処理できる自信があるんですか……!? あの化け物どもを」
「当たり前だ。あれとずっと戦ってきたのは紛れもなくこの俺だからな」
誄はそういうと、踵を返した。
雫を連れて。
その後、誄は報告をしに。
雫は専門機関での医療を受けに。
討伐隊の面々は、事後処理に追われた。
その事件のあと、陽動のはずの彼らが捕まってから本命であるはずの錆獣が一切出ておらず、警戒態勢は依然として解かれていなかった。
討伐隊というよりは誄のみだが、彼の遠征は常に増えており逆に本部にいる方が珍しいぐらいには忙しくしていた。
書類積もる部屋で、総統閣下は頭を抱えていた。
「早期解決できれば、それに越したことはなかったけど。ここまで何もないと後々大変なことが起こりそうで心配だな」
「そうっすね。ところで、30分寝てもいいっすか?」
「だめ。わたしが死んでしまう」
相変わらずのブラックであった。
全てを抹消するまで 鴉杜さく @may-be
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