運命
@Mutsuki_Kokuyo
序曲
第1話
当時おれは中学二年で、よく学校の帰りに市内の図書館に寄っていた。
目的としては主に友人の琴平晨比〈コトヒラアサヒ〉と会うためである。
アサヒは病気がちで学校をよく休む幼馴染なのだが、勉強が好きなのか本が好きなのか、またはまんがを読みに行っているのか、家に近いその図書館には毎日のように通っていた。
幼馴染とは言っても小さいころ一緒に近所の公園で遊んでいた程度で、お互いの家に行った事もなければ特別仲が良いわけでもなかった。だがおれにとって気の優しいアサヒはとても話がしやすい相手だったし、学校には来ないけれど勉強が良くできて、教えるのも上手だった。なので暇があれば彼に会いに行き、学校であったことや部活での出来事などを聞いてもらい、ついでに勉強も見てもらっていた。
アサヒの家のことについては一度、閉館まで話が盛り上がったあとに、
「アサヒ、お前んち近いよな、行っていい? つづきしよーぜ」
と提案したのだが、
「あー、おれ家に誰も連れてくるなって言われてるんだ。家が、汚いから」
と言って彼は黙り込んでしまった。
だからやっぱりいつも図書館が集合場所なのだった。
ある日、いつものように図書館に行くとアサヒの姿がなかった。まあ特に約束しているわけではないので、今日はいないのかとその日は適当に漫画を読んで帰ることにした。
だが次の日も、その次の日も彼の姿はなかった。アサヒは隣のクラスだったので、休み時間に教室へ見に行ってみた。
「琴平? 今日もいないぜ」
やはり学校にも来ていない。アサヒは今までも長く休むことはあったし、まさか大事になっているとも思えなかったが、図書館へはほぼ毎日来ていたのに。おれのせい…まさかな。おれ何もしてないよな。
以前喧嘩をしたとき、
「リョータはにぶいところがある」
と一度アサヒに言われたことがある。その時はカチンときて、
「ふつう言ってくれないとわかんねーもんだろ!」
と言い返したが、またそんな感じなんだろうか…。
あれこれ思い悩むのが苦手なおれは、思い切って学校帰りに彼の家へ行ってみることにした。
学校が終わるとさっそく隣のクラスの友人に頼み、アサヒの机の中に溜まったプリントを取ってきてもらった。家に行く理由を作ろうと考えたのだ。
「え? お前が持って行くの? 琴平とどういう関係だよ?」
「さあね」
説明するのも億劫だ。家に行く前に、図書館で彼の好きそうな本を何冊か見繕っていってやろう。
アサヒの家の前に自転車を止めると、チャイムを押した。ピンポーンと家の中で鳴る音が聞こえる。
初めて来る。とても静かな住宅街にあるアサヒの家は少し和風で、背の低い門の内側に見える庭には梅や松、ざくろやみかん、ヒイラギのなどの木が植わっていた。梅雨が始まる季節なので、普通ならば木の葉は青々と茂っているはずだ。しかし、この家の木には葉が殆どなく、代わりにどの木からもトゲが異常なほど伸びている。
はじめに受けた印象は、なんかこの家痛そう…であった。じろじろと遠慮なく外観を観察しながら待ったが返事はなく、気配もなし。もう一度チャイムを押したあと、図書館で借りた数冊の分厚い本が入ったかばんを足元に置いた。そのまま待ってみる。
生ぬるい風が頬をなで、パサパサと玄関前に植わるナンテンの葉が揺れた。
いないのかな…と諦めかけたとき、
プツ…
インターフォンの電源を入れる音がした。
「…はい…どちらさまでしょうか」
男か女かもわからない、まるで水の中で話しているような、くぐもった声が聞こえてきた。
…なんだ、いたんだ。一回目のやつは聞こえなかったのかな。
「あー、あの、おれ涼太です。アサヒ君に渡すものがあって来ました」
自分でも意外なほど大きな声が出た。…おれ怖がってる? なにに?
相手は何も言わずに突然インターフォンを切り、ガチャガチャと鍵を開けるとすぐに玄関の引き戸を開いた。久しぶりに見るアサヒの母親がニコニコしながら顔をのぞかせた。
スウェットにエプロン姿で、うちのかーちゃんと大差ない。
「あら、涼太君。お久しぶりね。しばらく見ない間に大きくなったわね。いつもうちの子とお話し
てくれてありがとうね。晨比君に渡すものって何かしら?」
先ほどまでなぜか緊張していたおれは、あわてて学生カバンを開ける。
「これです」
プリントの束を取り出し、門の外から彼女のほうへ差し出してみせた。
「あらあら何かしら」
アサヒの母はサンダルをつっかけて出てくると、おれがいる門のところまでやってきた。
「アサヒ君の机にあったプリントです」
「あら、学校のやつね。ありがとう。晨比君に渡しておくわ」
彼女はそう言って、手を伸ばしてきた。少し予想外の反応に、おれは面食らう。
「ちょっと呼んで来るから待っててね」
と言ってもらえるつもりだった。
渡して終わり? 会わせてくれないの? ちょっと待って。
「え? いや…あの、話したいこともあるんでアサヒ君に会いたいんですけど…」
おれがそう言うと、彼女の表情にチラッと暗いものが差したように見えた。
「あら、そうなの? …いま、晨比君具合が悪いんだけど…。そうねぇ…うち、汚いから…。玄関
まででいい?」
アサヒの母はおれの機嫌を伺うように、上目づかいでこちらを見た。
別にアサヒに会えればそれでいいんだけど…。
まるでおれが無理矢理にでも上がりこもうとしているような対応に、少し嫌な気分がした。
「それでいいです」
極力気にしない風を装う。
「そう? じゃあどうぞ」
母は納得したようにもとの笑顔にもどり、おれを門の中へと通してくれた。
大雑把に手入れされた小さな庭を通って玄関へと歩く。雑草などは生えていないが、どの木も幹の途中でバッサリと切られていた。木や庭の手入れっておれはしたことがないけど、そんなに思いっきり切るのだから相当面倒くさいものなのだろう。
「お邪魔します」
母親が引き戸を開けてくれていたので、そのまま家の中に踏み込むと、玄関は結構な広さがあった。
木でできた下駄箱の上、外を睨みつける洋銀でできた蛇の置物が目を引いた。その横にはカラカラに乾いた花がそのまま放置されている花瓶や、埃が積もった高級そうな皿が飾ってある。正面にはしっかりと閉められた両開きの戸襖があり、向こう側に部屋があるのがうかがえた。
…ふーん、アサヒんち、汚いっていうほどでもないな。
おれは促されて玄関の上がり框に腰掛けた。
「今呼んで来るから、待っててね」
アサヒの母は正面の左側にある急な階段を「よいしょ、よいしょ」と言いながら上がっていった。
彼女の姿が見えなくなり、しばらくすると上の方で部屋の扉を叩く音がした。
「晨比君、涼太君が来てくれたわよ。どうする?」
息子に呼び掛けているようだが、彼の声は聞こえない。
「…そう。じゃあ涼太君下で待ってるから。涼太くーん! いま晨比君降りていくからね、そこで待っ
ててくれる? じゃあ私は自分の部屋にいるわ。どうぞごゆっくり」
そうしてどこかの扉が開閉される音がした。
「はーい。わかりました」
大声で返事をし、おれは玄関の適当な場所に学校プリントと、図書館の本を入れたカバンを置いて筆箱を取り出した。すると、
プルルル…
どこからか電話が鳴りだした。だが家の中は静まりかえっていて、誰も受話器を取らない。シンとした空気の中で延々と鳴り続ける着信音は、誰もいない場所でなっているようで気味が悪かった。とうとう相手が諦めたのか電子音が止まると、バタンと扉が開く音がして上下白いパジャマ姿のアサヒがパタパタと階段を降りてきた。
「ごめんね、待たせて」
彼はやわらかい声でそう言うと、青白い顔で照れたように微笑んだ。
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