いつかの夏(1)

「え、酒屋のアルバイト? 中学生はそんなの無理でしょ」

と響子が皮肉めいて返すと(というのは 響子と姉の涼子とは、それこそ小学生の頃から店番だのなんだのと自宅の店の仕事を手伝わされてきているからである)

「いやぁ、もっと単純な裏方仕事なんだけどな、配達のバイト君と、俺が引き上げてくるカラ瓶あるだろ?」

「ビールとかですか?」

「そうだ、まぁ主にビールだな、アレをな、チェックして欲しいんだ」

「チェック、ってあれ?カズちゃんにやらせんの?」と響子がブーイングを入れる。

「そうだ、あの今年の配達バイト君な、あいつ酒が全く飲めなくて、匂いだけでもめまいがしちゃって大変なんだと」

大将もなかなか優しい経営者なのである。

何をするのかというと、飲食店から引き上げてきたビール瓶ケースに入っている瓶を一本ずつ確認して、中身が残っている物は排出し、さらに匂いやカビなどが酷い瓶は水洗いをする、という手順の作業。

そのままにしておくと、まず移送する時などに運搬者に迷惑がかかるというのと、受け入れるメーカー側に印象が悪くなる、というのが問題らしい。

夏の時期はビールの回転が良いので、どんどん回収されてくるし、吉祥寺の飲食店街はそれでなくとも店が多く、この酒屋が懇意にしている飲食店数も百軒はゆうに越えていた。

「まぁ、毎日、ってわけでもないしな」という大将の言葉もあり、

それくらいの単純仕事なら、と一真は引き受けたが、響子は「臭いよ~?」と非難轟々。

それでも思っていた以上に大将は賃金をはずんでくれ、夕方の3時間やってくれればそれで¥3,000、他の時間帯も出来るんなら時給¥1,000で計算すると言ってくれた。

中学生で時給¥1,000のアルバイトなど、近所で探してもまず無かったし、なにしろ1日も早くウォークマンが欲しい。

欲しいレコードだって次から次へと出てくるし・・・という事で二つ返事で中学2年生にして初の「ひと夏のアルバイト」は決定した。

さっそく翌日から酒屋の裏手でビールケースに囲まれ、大将が延長コードを引いて設置してくれた扇風機の風の中で一真は汗だくで作業に勤しんだ。

始めてはみたものの、響子の言う通り、異常に臭くなっている瓶が必ず入っているのと、ケース内の半分以上は水を入れてすすぎ洗いが必要だということで、これはけっこう効率良くやらないと作業が進まないな、というのは初日で理解した。

一真はこういうことには妙に真剣に取り組むタイプで、どうしたら効率が良くなるか、さまざまな工夫や提案を大将に上申し、どんどん作業効率を良くしていった。

ビールケースの積み方、並べ方、流しの掃除、終わったケースの扱い、などなど・・・


中でも大将が手放しで褒めたのが「ミカン取り」である。

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