Starting Over

らくだや

第一章

1980年12月9日

中学三年生、二学期の期末試験が先週末の土曜日に終わっていた。


一真かずまは久しぶりにテニスラケットをスポーツバッグに差し込んで登校し、「カズ先輩、受験大丈夫なんすか〜?」などとイジりながらも慕ってくる後輩たちと一緒になって大笑いなどし、この一週間の間、放課後に一切運動ができなかった鬱憤うっぷんを空っ風に吹き飛ばした。

(師走に入って急に冷え込んだなぁ)と、汗が冷えてきた身体を学生服で包み直し、後輩達と一緒に校門を出て他愛のない話をしながら数人でノロノロ歩く。

一個下の「カッキ」も「ヨッチン」もテニスラケットをギターを持つように構え,

いかにも「弾けてます」みたいに両手を細かく動かしながら、少年特有の甲高い声で楽器や音楽の話が止まらない。

「カズ先輩はベース、練習してんっすか?」

「うーん、試験終わるまでは触っちゃダメってことになってたからな」

「でもいいなぁー、カズ先輩ひとりっ子だもんなぁ、エレキ・ベースくらい買って貰えちゃうんですもんねぇ!」

「バカ言うなよ、本当は高校受かってから、って言われてたのを、ちょうど親父の知り合いの子供の大学生が譲ってくれる、って話が来てさ、ペコペコしまくってなんとか、って具合だぜ?」

「俺もエレキ・ギター欲しいなぁ〜、なぁカッキ?」

「うんうん、駅ビルのにさ、グレコのジェフベックモデル飾ってあったよな?あれカッコいいなぁ〜」

もう三人とも家の方向的に別れるポイントまで来ているのだが、話は止まらないので立ち話になっている。

「よし、オレもう腹減ったから帰るぜ?明日は水曜だから部活無し!、女子の邪魔しに行くんじゃねぇぞ!」

「ういーっす」「了解〜っす」

「カズ先輩、ちゃんと受験勉強してくださいよ〜」

「うるせぇよ、わかってるよ!」

まったく愛すべき、憎めない後輩達だ。


マンションのエレベータの中でスポーツバッグのポケットからキーホルダーを取り出し、慣れた手つきで鍵を差し込んで回す。

カ チャン 

いつもの乾いた金属音が、どうしてなのか妙に耳に残った。


廊下を歩いてドアを開いて広めのリビング・ダイニングに入ると、すぐにバッグをソファーに放り出し、テレビのスイッチを入れる。

窓の外は急速に暗さを増して、窓ガラスに一真の学生服姿が映った。

(高校受験、か・・・なんか現実味ないんだよなぁ・・・)

その時、急にテレビの音を遮るようなチャイム音のようなものが聞こえた。


(ニュース速報?え、こんな夕方に何の・・・・)


一真の目は次の瞬間、画面に吸い寄せられ、意識せずに唇からは「え、ええええ?」という呻きとも叫びとも言いようのない中途半端なトーンが絞り出されていた。


画面に流れるように映った白い文字は


「元ビートルズのジョン・レノン、NYの自宅アパート前で撃たれて死亡」



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