詐欺師に御用心
@tetsuzin7
詐欺師に御用心
[1]
「結婚詐欺だって、すごい金額騙されてるよ」
コタツに入ってテレビのニュースを見ていた薫が何気なく発した言葉に、まゆみがピクリと眉を吊り上げた。
「あ、ごめんなさい」
慌てて謝る。かつて結婚詐欺に遭いそうになった経験があるらしいことを思い出したからだ。
「いや、いいよ別に」
というわりには口がへの字になっている。
「ねぇ、どういう状況で騙されたの?」
「え?それ聞く?」
「まゆみさんのことは何でも知りたいなと思って」
むぅっと唇を尖らせるまゆみも可愛いな、とか思っていることは黙ったまま薫は上目遣いで強請る。
「あんま思い出したくないけど、まぁ終わったことだしいいわ。あれはあたしが二十九歳の時だったかな」
語り出したまゆみを見つめて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの頃はあたしもまぁごくごく普通の、って言ったらおかしいけど、三十までには結婚して子供産んで、とかいう考えに囚われてたの。周りはどんどん結婚してくし、ちょっと焦ってたのかもしれない。やたらと合コン行ったりお見合いパーティーに参加したりさ」
目を丸くする。今のまゆみからは想像できない話だ。
「その前が不倫だったから、今度はちゃんと素性のわかる人がいいと思ってね」
サラリとぶっ込んで来るまゆみのその話も、今度聞いてみよう。
「で、まぁお見合いパーティーで知り合った人と何度か食事に行って、付き合うことになったの。見た目もよかったし、働いてる会社も一流企業だったし、断る理由もなくてね」
「その人のこと、好きだったんじゃないの?」
「嫌いではないけど、じゃあすごく好きかって言われるとまだそんなに意識してなかったかな。でも付き合っていくうちに相手のことを知っていけばいいかなって。大体さ、付き合う時に既に両想いから始まることって少なくない?」
「わたしたち、そうだったでしょ?」
「かなり特殊だよね、だから」
否定されなくて少しホッとした。まぁアレも実際最初はわたしの片想いだったと思うし。あながちまゆみの言ってることも間違いじゃない気がする。
「で、お決まりのパターンよ。身体の関係持った頃から少しずつお金を立て替えたりすることが増えてね、終いには親が手術するのに百万かかるけど、大手との取引が上手くいかなくてその穴埋めを会社に求められててお金がないから貸してくれって」
「また冷静に考えたらわかりそうな、コッテコテの結婚詐欺だね。で?渡したの?」
「渡すと思う?」
「思わない」
「まぁ結果的には渡さなかったんだけど、一応準備はしたのよ。でも次の日携帯にかけても出ないから会社に電話したら、ソイツ存在すらしてなかったわ」
「ホントに?」
「めちゃくちゃ頭に来て調べたら、そのお見合いパーティーの主催者がグルだったから訴えた」
「あー、それで弁護士に」
「まぁね、授業料だと思って払ったけど、やっぱ腹立つわ」
「だよねぇ」
それ以上話したくなさそうだったので、不倫云々の話はまたの機会にしようと、そのまま話を収めた。
[2]
久しぶりにあの頃の話をしたせいか、まゆみは落ち込んでいた。この年になるまでに色んな事を諦めたり、逆に挑戦したりを繰り返すうちに、自分の落とし所を見つけた。それがこの店だった。
それで十分満足はしてたけど、薫に出会ってから少しばかり欲が出てきた。結婚が全てじゃないという言葉には、独身を貫く以外の意味もあったことを知った。
「まゆみさん、ごめんね?ヤな話させちゃって」
済まなそうに眉を寄せる薫の頭を撫でる。
「いいっていいって」
「でも、人に歴史ありだよねぇ」
「それ、こんな時に使う言葉?」
曖昧に笑って見せた。
「でもアイツ、今度見つけたら一発殴らなきゃ気が済まないわ」
拳を握って薫の頬にパンチを入れる真似をする。笑って受け止めてくれる薫に、拳じゃなくてキスをお見舞いした。
「フェイント、ズルくない?」
「ズルくなーい」
顔を見合わせて笑う。結局、いつものように薫に癒され、さっきまで腹が立っていた気持ちがやわらいでいた。
まさかその数日後、本当にそんな機会が訪れるとは夢にも思っていなかった。
[3]
まだ事務所やスタジオを構えるほど売れてはいないけど、それなりに仕事は来るようになった。今日もとある女性誌に載せるモデルさん達の撮影に呼ばれた。緊張させないようになるべく笑顔で、世間話をしながら撮影を進める。
「おつかれさまでした、今日はありがとうございました」
ペコリと頭を下げて撮影を終了した。カメラや機材を片付けていると、一人のモデルさん、確か名前は『森本雛』さんが声をかけてきた。
「鳴海さんて、すごく丁寧ですよね」
「そうかな?」
「ん、そんな丁寧に頭下げるカメラマンって少ないですよ」
「あぁ、でもモデルさんを大切にしないと仕事も続かないし、そんなえらそうに威張ってるカメラマンに撮られても楽しくないでしょ?」
「まぁ、はい」
曖昧に頷く。
「わたしね、付き合っている人がいるんだけど、自分や自分の大事な人を傷つけるような人は容赦なくブッた斬るタイプの人なんだよね」
「へ、へぇ〜」
「でもね、ちゃんとありがとうやごめんなさいが言える人なの。人のこと思いやれる優しい人。そんな人を好きになったんだから、わたしも見習わなくちゃいけないでしょ?わたしはわたしの力だけでこうして仕事を貰えてるわけじゃないからね。モデルさんだってすごく努力してなったんでしょ?スゴいなと思うもん。だから丁寧に仕事したいんだ」
「素敵ですね!いいと思います!わたしも見習わなくちゃ」
カシャっ
持っていた一眼レフのシャッターを切る。
「いい笑顔」
「んもうっ。でも、鳴海さんの彼氏さんカッコいいですね。羨ましいな」
「彼氏じゃないけどね」
「え?」
「彼女なんだよね、恋人」
「そ、そうなんですか?」
「あ、引いた?いいよ、でももう昔みたいに隠してないからね。色々乗り越えて来た人だからカッコいいし、素敵な人だから自慢したくて仕方ないの」
「ふふっ、今度紹介してくださいよ」
「喫茶店やってるから、いつでもおいでよ」
まゆみのお店を宣伝する為に、何枚かはいつも持ち歩いているショップカードを渡す。
「ありがとうございます。今度必ず」
「お疲れ様でした」
ペコリと頭を下げて見送った。
[4]
今まで夜二十一時からの営業しかしていなかったが、最近は少し早めの十九時から開けている。本当は昼も開けて欲しいと言われているが、あまり自分のペースを崩すのは好きではないので、そこが妥協点かなと。まぁそれで売上が上がるのはありがたい。忙しい時は薫にも手伝ってもらいながらやっている。
「今日は暇ね」
ドアの横の小さな磨りガラスの窓越しに、生憎の雨模様が見えてため息をつく。客足が天候に左右されるのは仕方がないけれど、流石に今日は閉めようかなと思った時だった。カラランっと勢いよく来客を告げるベルが鳴ったかと思うと、薫が飛び込んできた。
「ごめんまゆみさん、ただいま」
「おかえりーあーあ、濡れちゃって」
「カメラの方が大事!」
防水とはいえ万能ではないらしく、カメラバッグを守りながら入ってきた薫の髪はびっしょりと濡れていた。奥から持ってきたフェイスタオルを頭に被せて、わしゃわしゃと髪を掻き混ぜてあげる。
「ごめん、もう閉める?」
「あ、うん、どうしようかなと思ってたとこ」
時計を見るとまだ二十三時だが、この様子だと朝まで止みそうにないから。
「あの、ちょっとだけ延ばしてもらっていいかな?」
「え?いいけど?」
「ココに来たいって言うから紹介したコが、今日来るって言ってたんだよね。何か相談したいことがあるとかで」
「そうなの?いいよ、じゃあ待ってよ」
「ありがとう」
「とりあえず薫はお風呂入って来な。風邪ひくよ」
「はぁい」
薫は素直に上がっていった。
それから程なくして、カランという音と共に若い女の子が入ってきた。
「すみません、いいですか?」
「いらっしゃいませ。もしかして薫の紹介で来た・・・?」
「あ、はい森本雛と言います」
「どうぞ、どこでも空いてるので好きな席に。薫もすぐ降りて来ると思うから」
「ありがとうございます」
一番奥のソファ席に案内する。相談事が何なのかはわからないけど、深刻だったら聞かれたくないだろうし。
メニューを渡すと、一通り目を通してからカフェオレの注文を受けたタイミングで、バスタオルで髪を雑に拭きながら急いで薫が降りてきた。完全に自宅モードになっている薫は、いつものスウェット姿だ。あたしたちが休憩する時に使う丸椅子を持って森本さんの横に座る。
こういう時お一人様専用喫茶店では不都合が生じてしまうが、仕方がない。
「ごめん、雨に濡れちゃってシャワー浴びてきた。あ、まゆみさんわたしも飲みたい!」
「はいはい、そこ座ってな」
二人分のカフェオレを運んで仕事に戻る。とは言ってもこの雨でお客さんもいないから食器を拭いたり明日の段取りをしたりするくらいしかすることがない。
チラチラと奥に視線を向けていると、いつのまにか薫の位置が九十度の位置から真横に変わっていた。スマホの画面を見るために席を移ったようだ。覗き込んで少し話しているうちに泣きはじめた森本さんを慰めるように優しく肩を抱いている。
チクリと胸が痛むが、見て見ぬフリを続けた。そのうち薫の手が頭に伸びて、よしよしと撫で始めた。いよいよモヤっとする。大人げないのはわかっている。薫が浮気するとも思えない。それでも、だ。
だが、そもそも彼女の店で、彼女の目の前で浮気するバカはいないだろう。グッと堪えて黙っていると、森本さんが立ち上がった。一緒に立ち上がった薫が、一度二階に引っ込むと着替えて傘を手に降りてきた。
「まゆみさん、ちょっと送ってくるね」
森本さんは、律儀に二杯分のカフェオレ代金を置いてぺこりと頭を下げると、薫に連れられて帰っていった。
もう何だか店を開けている気分でもなくなってきたので、閉めようかと表に出ると、サラリーマンらしき男性が雨から逃れるように駆けてきた。
「いいですか?」
「もちろんです、いらっしゃいませ」
その後も立て続けに同じようなお客さんを迎え入れ、結局いつも通りに営業を続けた。その間に薫が帰って来て、何か言いたそうにしていたが、話をすることも出来ず、店を閉めた頃には寝てしまっていた。
モヤモヤが蘇る。
シャワーを浴びて、ベッドに潜り込む。話し合った結果、今ココにはシングルベッドが二つ、ピッタリくっついて並んでいる。
普通の人とは真逆の生活に慣れてはいるが、こういう時は少しだけ辛い。話したくても話せない。昼に仕事をしている薫と過ごす時間が足りない。でも体力的にちゃんと寝ないともたない年になってきているのも事実で。
モヤモヤしながらもギュッと目を閉じる。
起きたらちゃんと話そう。休みだって言ってたよね。うん、そうしよう。そんなことを考えているうちに、いつしか意識が薄れていった。
[5]
仕事の日より少し遅く目を覚ますと、いつものように隣のベッドでまゆみが寝ている。いつもならこっちを向いているのに、珍しく背を向けているので寝顔が見えないことが寂しくて、こっちを向けと念を送ってみるが、届くわけもなく。
時計を見ると、森本さんとの待ち合わせまで二時間を切っている。行きの時間を考えるとそろそろ起きなきゃ間に合わない。あの後お店が混んでしまったせいで、相談も出来なかった。
仕方なく、疲れているだろうまゆみを起こさないように身支度をはじめた。顔を洗ってから三階に上がり、着替えて戻る。コーヒーを飲みたいけど、香りで起こしてしまいそうなので諦めた。
仕事の日はコーヒーの香りでいつも一度起きて来て、一緒に飲んで見送ってくれてからもう一度寝るのだが、今日は仕事じゃない。ゆっくり寝かせてあげたいから、朝食の準備だけしておいて、メモを残すと家を出た。
昨夜の森本さんの相談事というのが、彼氏が浮気しているかもしれないということだった。わたしでも聞いたことのあるソコソコ大きな会社の社員だというが、仕事が忙しくて中々会えない。向こうからこの日ならと指定された日ばかりだという。家には来るが彼の家に行ったことはないし、来ても決して泊まらないそうだ。ハッキリ言って怪しすぎる。
でも、問題はその先だった。
待ち合わせ先の喫茶店に到着し、すでに森本さんがいる席を確認すると、その斜め後ろの二人がけの席に座る。彼女の背中が見える状態だ。メッセージアプリを起動して後ろにいる旨を伝えると、すぐにスタンプが一つ送られて来た。
今日の目的は、彼の後をつけて正体を見破ること。自分だとバレてしまうかもしれないからと頼まれてしまった。
カランカランという音がしたので振り返ると、男性が一人入ってきた。昨日写真で確認した彼だった。彼女を見つけると小さく手を挙げて前に座る。二人してコーヒーを頼んだらしい。そこでわたしも何か頼まなきゃとメニューを開いた時だ、横に誰かが立った気配がしたので、店員さんかと思い顔を上げた。
「あ、わたしコーヒーで・・・え???」
「承知いたしました、コーヒーですね」
営業スマイル全開で答えたのは、何とまゆみだった。
「ま、ま、まゆみさん?どうして?」
カタンっと椅子が鳴り、大きな声を出してしまった自分の口を慌てて塞ぐ。
「コーヒー飲みたくてね。まさか外でまでコーヒー淹れてくれって頼まれるとは思ってなかったけど」
「ご、ご、ごめんなさい!起こしちゃった?」
「起きてた」
何だか不機嫌そうなまゆみが目の前に座る。
「薫がどっかの女と朝っぱらから浮気でもしてんのかと思って見に来た」
とんでもないことを言い出したなと目を丸くして、弁解しようとした時だ、まゆみ越しに森本さんが少し厚みのある封筒を取り出している姿が視界に入った。
「あっ」
「何よ?」
声を潜めると、まゆみの背後を指差した。封筒をカバンに仕舞った彼がしっかりと彼女の手を握っていた。まゆみが振り返る。
「マッチングアプリで知り合った彼氏が浮気してるかもしれないって。しかも今日はお金を貸して欲しいって言われたらしくて、調べてほしいって頼まれて」
他の人に聞こえないように耳打ちすると、目を丸くしたまゆみがもう一度振り返る。しばらくジっと見つめてから、またとんでもないことを言い出した。
「いや、浮気っていうか、アイツ結婚詐欺師だよ」
「どういうこと?」
「アイツ、あたしを騙したヤツだ」
「は?」
「今はマッチングアプリとか使ってるんだ」
開いた口がふさがらなとはこういう時に使うんだな。
[6]
隣でゴソゴソと薫が起きる気配がした。微睡みながらも薫の動きに神経を集中する。そのうちにいつものコーヒーの香りがしてくるだろうと、ウトウトしながら待っているが、一向にその気配がない。
カチャリという気を使いながら閉めるドアの音で目が覚めた。
休みだと言っていたのにいつもと違う行動をする薫を、慌ててパジャマを脱ぎ捨てて、ノーメイクのまま財布とスマホだけをバックに詰め込んで追いかけた。
駅かなと見当をつけて向かうと、案の定改札で案内板を見上げる薫に追いついた。薫と違ってあんまり電車に乗ることがないので、Suicaなど持っているわけもなく、切符を適当に買ってついていった。
土曜日の昼間とあって、結構な人混みなので見失わないように必死だったが、全く気づいていないようだ。そんな中を慣れた足取りで進む薫は、五つめの駅で降り、とある喫茶店に入っていった。ガラス張りなので中が見えるし、しばらく外から様子を見ることにした。ラッキーなことに外から見える位置に座ってくれた。スマホで誰かにメッセージを送っているようだ。誰かと待ち合わせなの?まさか本当に浮気じゃないよね?顔を上げた薫の視線が止まる。その視線の先を追うと、何と森本さんが背中を向けて座っていた。その前には、たった今入っていった男性が座った。
「え?何やってんの?何で森本さんがいるの?」
混乱してきたので、もう思い切って中に入ることにした。
「まさか、こんなところで会うとはね」
「本当なの?あの人が?刑務所に入ってたんじゃないの?」
「出てきたんじゃない?もう随分前の話だし。でもまさか森本さんが付き合ってた相手が、あたしを騙したアイツだったなんてね」
あたしの話を聞いて薫が頬を膨らませた。
「許せない!わたしのまゆみさんを騙すなんて!」
「何で薫が怒るのよ?」
「大切な人を傷つけられたんだよ?怒るでしょ?」
さっきまで疑っていた自分が情けなくなる。薫はこんなにも想ってくれているのに。浮気なんかするわけないのに。
「ごめん、薫」
「え?何でまゆみさんが謝るの?」
「浮気してるのかもって一瞬でも疑っちゃったから」
「いいよ、それくらい嫉妬したってことでしょ?嬉しいもん」
「バカ」
薫の優しさに悪態をつくが、薫を好きな気持ちが増しただけだった。
コーヒーが来たので口をつけると、途端に面白くなさそうに眉を寄せる薫。
「まゆみさんのコーヒーの方が美味しい。早く帰って飲みたいな」
確かに美味しくない。豆も安物だし、淹れ方もなってない。香りもへったくれもないコーヒーだ。
「どうして朝飲まなかったの?」
薫にも美味しい淹れ方は教えてある。自分でも美味しいコーヒーは淹れられるはずなのに。
「いい匂いさせたらまゆみさん起きちゃうでしょ?疲れてるのに」
薫の優しさに、ふわりと心が軽くなる。
「帰ったらサービスで淹れてあげる」
「やったぁ・・・アッ」
薫の視線が森本さんの方を向く。横を二人が通って出て行くのを顔を伏せてやり過ごした。
「さて、あたしも付き合うわ」
「え?いいの?」
「土曜日の昼間に薫一人じゃ怪しまれるかもじゃない?二人でデートのフリでもしてた方がいいよ」
薫が嬉しそうに笑った。
[7]
思いがけないデートになって、森本さんには申し訳ないけれど正直浮かれていた。
普段は仕事の関係で、一緒に行動することが少ないし、中々デートなんて出来ないから。もちろん目的は忘れていない。何ならまゆみの方が真剣で、険しい顔で二人の後を追っている。
「まゆみさん、そんな怖い顔してたら尾行がバレちゃうよ?」
「え?そんな怖い顔してた?」
「眉間に皺寄せて、眉吊り上がってたよ」
自分の眉間を突いて、両眉を吊り上げて見せた。
「ぷはっそれは酷いね」
「でしょ?デートなんだから楽しそうにしなきゃバレちゃうよ」
腕を差し出すと、恥ずかしそうにだが絡めてくれた。
「浮かれて絶対見失っちゃダメだからね?」
「オッケー」
前を向くと、大きな公園に入って行った。池の側のベンチに座り、少し話していたがそのうちに男が立ち上がったかと思うと去って行った。森本さんと一瞬目が合い、頷くと男の尾行を開始した。
男は電車で移動すると、二駅先で降りた。そしてまた喫茶店に入って行く。奥の席から手を振ってアピールする女の子のところに行くと前に座った。わたしたちはその前の席に座る。顔を覚えられてるかもしれないと、まゆみさんが背を向けて座り、わたしからは女の子の後ろ姿と男の顔が見える。
「浮気決定だね」
「浮気ていうか、カモでしょ」
「あんなカワイイ女の子が、どうしてこんな男に引っかかるんだろ?」
「悪かったわね」
一瞬傷ついた顔をするまゆみに、慌ててフォローを入れる。
「あ、ごめんね。でもまゆみさんは仕方ないよ。だってまだわたしに出会ってないんだもん」
「どういう意味?」
「幸せになりたかったんだよね?」
「まぁ、そう・・・かな」
「でもまゆみさんを世界で一番幸せにするのはわたしだもん。そういう運命だったんだよ。あんなヤツに取られなくてよかった」
ブッと吹き出し、照れたように笑うまゆみ。真剣なのにな。
「よくわかんないけど、すごい自信だね」
笑いながら、さっきの店よりはマシなコーヒーに口をつけるまゆみは、カチャリとソーサーにカップを戻すと表情を引き締めた。
「薫、何としてでもあの男の化けの皮、剥がしてやろう」
「了解です」
[8]
マンションの前で、あたしたちは佇んでいた。いや、呆然としていたというのが正しいのか。目の前で起こっている出来事が理解できなかった。
「まゆみさん知ってたの?」
「ううん、さすがに驚いてる」
「三歳くらいかな?」
「だね」
マンションの下にある公園でシャボン玉をして遊んでいた男の子とその母親らしき女性に近寄ると、男の子を抱き上げて笑っている。
どう見ても幸せそうな家族の絵面だった。
「どうする?奥さんかな?知ってるのかな?」
困ったように眉を寄せる薫。
「知らなさそうだよね」
さすがにこの場所に出ていってブチまける勇気はない。とりあえずその場面をスマホで撮影すると、その場を後にした。
「とりあえず森本さんに電話するね」
電話をかけて、一言二言話して切った薫は途方に暮れた顔をしていた。
「どした?」
「泣いてた」
「あぁ」
だろうなぁ。疑ってはいたけど、ギリギリのところでそうじゃなきゃいいなと思ってただろうし。
「お金、渡してたんだよね」
「え?」
「丁度まゆみさんが来た時に、何か封筒みたいなの渡してたから、多分」
「それは・・・せめてそれだけでも取り返そうよ」
そう言うと薫は頷いてくれたが、さてどうしたものか。多分お金渡した段階で、森本さんにはもう連絡して来ない可能性が高い。
「とりあえず、アイツの家だけ確認しとこ」
連絡先が消えても家さえ抑えとけばなんとかなるかも。
もう一度戻ると、家に帰ろうとする三人の後をつけて部屋番号を確認した。
作戦を立てよう。
[9]
仕事もあるから合間に男の、まゆみには武田と名乗っていたらしいが、表札には岩田と書いてあった。ちなみに森本さんには清水と名乗っているらしい。
調べた結果、五年前に出所してから結婚をして子供が出来たらしい。
「まずさ、既婚者だって嘘ついてたのが許せない!あとお金返して!」
お店に森本さんを呼んで、改めて作戦会議を開いた。泣いていた彼女も、今ではすっかり吹っ切っていた。
「そうだそうだ!雛のお金を取り返そう!」
意気投合した被害者二人がタッグを組んだ。いつのまにか名前で呼んじゃってるし。まゆみのコミュ力の高さに驚く。
「でも、どうする?森本さんの電話ブロックされちゃったよね?」
「ホント腹立つ」
「それであたし考えたんだけどね、薫、あんた彼氏探しなよ」
「はぁぁぁ???」
またとんでもないこと言い出したよ?え?別れ話とかこんなとこでする?え?何で?どうして?わたし何かした?
動揺してオロオロしていると、まゆみが呆れたように笑う。
「雛が登録してたマッチングアプリに登録しよう。あたしらの中で顔知られてないの薫だけなんだから」
「あ、そういうことか」
ホっとして胸を撫で下ろしていると、なぜか勝ち誇ったようにニヤリと笑うまゆみ。
「薫を手放すなんて、そんなもったいないことしないわよ」
まず個人情報。身長や体型、年収とか年齢に独身かどうか、子供の有無など細かく書くところがあり、最後に写真を載せる。あまり自分の写真を撮ることなんてないから、まゆみがスマホを構えて撮ってくれた。撮るのは慣れてても撮られる方は慣れないのか笑顔が引き攣り、何度か撮り直しされてしまった。あとは本人確認書類をアップロードして終わりだ。
「こんなもんかな?」
アプリ三つ分を一通り登録するだけで疲れてしまった。森本さんと似た条件で登録したから、上手く見つかればいいけど。
「おつかれさまです、あとはこうやって気に入った人がいるか見ていくんですよ」
サッサっとスマホをスライドさせながら男性の写真を見ていく森本さんの手つきは慣れていた。
相手が気に入ってくれたら、いいねと言うボタンを押してくれるらしい。こちらから気に入った人を見つけたらいいねを押し、それからメッセージのやりとりをして、といういくつかの段階を経てから会いたいと思えばそこで初めて会いましょうとなる。中々めんどくさいが仕方ない。
元々本気で誰かと出会いたいわけではないので、関係ない相手はさっさとスキップする。時間をかけて検索を続けると、やっとのことで森本さんが出会ったのとは違うアプリで見つけた。
「ありましたね」
「カズヤだって」
公開されている名前は本名じゃないので、実際は何と名乗っているのかはわからない。まゆみの時はタケダカズキと名乗っていたそうだ。ちなみに森本さんにはシミズカズヤと名乗っていた。
「そうですね」
「薫、メッセージ送って」
「うん・・・え?何て?」
「最初は挨拶とかじゃない?自己紹介とか、たわいもない話で」
「面倒なんだね、森本さんすごいなぁ」
「婚活も本気でしようと思うと大変なんですよ」
「わかる〜」
まゆみがうんうんとものすごく頷いている。婚活未経験だけに何だか蚊帳の外な気分だ。
慣れない手つきで返事をする。コーヒーを飲みながら改めてプロフィールを確認すると、証券会社勤務と書いてある。年齢はまゆみと同じ歳、離婚歴ナシ子供ナシ、結婚の意思アリ、お酒飲む、タバコ吸わない、など森本さんやまゆみの記憶とほぼ変わらない情報らしい。
「あ、来た」
まゆみの声に慌ててスマホを覗き込む。はじめましてから始まり、改めて簡単に自己紹介をしてきたので、同じような内容で返す。休みの日は何をしているんですか?と聞かれたので、受けの良さげなカフェ巡りだとか嘘だけど書く。カフェ好きは本当だけど、まゆみの淹れるコーヒーが好きなだけだ。細かく、まゆみや森本さんに言われるまま何度かやりとりをするうちに、どうやら好感を持たれたようだ。
そりゃこっちには二人もブレーンがいるんだから当たり前だよね。
「あ、一度会いたいですだって」
「よし、かかった!」
まるで大きな魚でも釣り上げたかのように、まゆみが指をパチンと鳴らす。
「待ち合わせ場所、ココでいいですか?だって、知ってる?」
指定されたカフェの場所を見せる。
「知ってます、何度か行ったことあります」
「オッケー、じゃあ返事するね」
そんなこんなで、一日かけて見つけた相手と、今度の日曜日の夜に会うことになった。
[10]
店を臨時休業にして、雛と二人でこっそり薫の後をつける。もちろん薫も承知の上だ。とりあえず顔を見て、また嘘ついてたら速攻でカタをつけるつもりだ。
待ち合わせ場所のカフェに入る薫は窓際の席に座る。あたしたちは遅れてその奥の席に座る。背もたれの上に磨りガラスのパーテーションがあるので姿は見えないが、会話は耳をすませば少し聞こえるくらいだ。ほどなくして男が入って来た。写真のやりとりをしているので、迷わず薫の元に来ると、丁寧に頭を下げた。釣られて薫も頭を下げているのを背中越しに感じる。雛は俯いて顔を見られないようにしていた。
「当たり、だね」
テーブル越に雛に小声で話しかけると、うんうんと頷いている。薫にはスマホを通話状態にさせているので、あたしたちは無線のイヤホンを片方ずつつけて聞いていた。
『改めて、高橋といいます。高橋一也です』
『武田薫です』
敢えて、あたしが騙された時のアイツが使っていた名前を名乗らせた。
「高橋だって」
「一体いくつ名前あるんでしょうね」
『今、ココに勤めています』
『あ、知ってます大きな会社ですもんね』
どうやら名刺を渡されたらしい。証券会社の名前を読み上げる薫。雛に言ったのとは違う会社らしい。今まで大きな取引をした話や、趣味の話など、さすがに詐欺師だけあって次から次へと飽きさせない話題が出てくる。
『すごくモテそうなのに、どうしてマッチングアプリに登録したんですか?』
『仕事が忙しくて中々出会いがないんですよ。ずっと一人が気楽だと思っていたのも事実ですけど、でもたまに虚しくなるんです。家に帰ってもシーンとした空気しか迎えてくれないので』
雛が頷いている。同じことを言われたらしい。
『薫さんはどうして?』
『同じです、仕事ばかりしてきたのもありますけど、実は結婚詐欺に遭ったことがあって、誰かと付き合うのが怖くなってたんです』
と、あたしの話を持ち出した。アドリブだろう。
『それは大変でしたね。酷いことをするな』
『でもやっぱり寂しくて。だから今度はちゃんとした人と出会いたくて・・・まさか高橋さんがそうだとは思いませんが』
『もちろんです、何なら職場に電話しますか?』
そう言われると断るだろうと想定しての言葉だろう。あたしは立ち上がった。スマホを切って薫の席に行くと横に座る。目を丸くする高橋。
「じゃあ電話させてもらうわ」
薫が手元に置いていた名刺を奪い取ると電話をかけるフリをする。
「え?ちょ、誰?何ですか?」
「覚えてないんだ?」
睨みつける。
「雛!」
慌てて雛が飛んでくると、高橋が立てないように横に立たせた。
「さすがに彼女を知らないとは言わせないよ?武田さん。あ、清水だっけ?岩田だっけ?」
血の気の引いた顔で三人の顔を見渡す。やっと気づいたらしい。
「ひ、雛?どうして?それに・・・」
まゆみを見て唾を飲み込んだ。
「まぁもう10年近く経つもんね」
「覚えてないわけないだろ?俺を刑務所に送った女を。赤城まゆみ」
「へぇ、で?懲りずにまたやってんの?」
「くっ・・・」
「アンタ嫁も子供もいるでしょ?詐欺の他に不倫もとか最悪」
胸ぐらを掴んで睨みつける。
「ふんっ」
「とりあえず雛のお金返して」
手を出すと、パンっと振り払われる。
「もうねぇよ」
すっかり仮面の剥がれた高橋は正していた姿勢を崩し、ガブっと水を飲んだ。
「アンタねぇ!」
「一度ムショに入ったヤツは、仕事なんかそうそう決まらねぇ。でも惚れた女を幸せにしたいって、初めて思った。息子も出来た。なのに仕事が決まっても続かない。何かあったらすぐ俺のせいだ」
「自業自得じゃん」
「わかってる、わかってるよ。でも・・・息子が病気なんだ」
「え?」
「腎臓の移植をするんだ、俺の」
悔しそうに拳を握る。
「ま、また嘘なんでしょ?」
さすがに少し動揺してしまう。薫も困ったように視線を送ってくる。と、雛が不意に口を開いた。
「いつ手術なの?」
「来週、帝日医大で」
雛を見上げて答える。
「問い合わせてもいいよね?」
観念したように頷く高橋。スマホを取り出して病院の電話番号を調べると電話をかけた。相手と何やら話をし、高橋に受話器を向けた。
「個人情報だからって教えてくれない。本人じゃないと」
渋々スピーカーをオンにしたスマホを受け取り、話をはじめる。
「あ、お世話になっています岩田です。息子の様子はどうですか?」
『一也くんは今安定していますよ。お父さんも今は手術前なので体調にはくれぐれも気をつけてくださいね』
「はい、ありがとうございます、失礼します」
電話を切った高橋から受け取ると、雛が顔を上げた。
「お父さんが悪い事して自分を助けてくれたって知ったらショックだろうね、息子さん」
ピクリと肩が震える。
「まゆみさん、薫さん、帰りましょう」
「え?いいの?お金は?」
「お二人が家調べてくれたし、いつでも乗り込めますよ。奥さんにブチまけてもいいし」
動揺を隠せない高橋に詰め寄った。
「ねぇ、本名教えてもらっていい?」
「岩田・・・岩田和範」
「覚えておくから。あと、子供の名前を詐欺に使うとかサイッテーだから」
雛の捨て台詞に項垂れている岩田を置いて、あたしたちは店を出た。
[11]
「こんばんわ、まゆみさん、薫さん」
お昼過ぎに森本さんが来た。
「いらっしゃい、どこでもいいよ」
「はぁい」
カフェオレを注文して奥の席に座る。まだお客さんは誰もいないから、丸椅子を持ってわたしも行く。ほどなくして、カフェオレを三つと丸椅子を持ってまゆみが来た。
「で?どうなったの?」
「病院に行ってきました、手術前でした」
「奥さんいたでしょ?」
「うん、取引先の会社員のフリしてお見舞いに来たって。アイツ、あたしからお金借りたって説明したの。奥さん泣きながら絶対返すからって、ありがとうって」
淡々と話す森本さん。
「何も言えなくなるよね、そんな風に言われたら」
「うん、さすがにね。めちゃくちゃいい人だったもん」
「そっか」
「まぁ返してくれるって言うし、今回は犬に噛まれたと思って忘れることにします」
「高い授業料だったよね、お互い」
まゆみと森本さんが頷き合う。何だか友情が生まれたようだ。
「雛が初めて来た時は、こんなに強い子だとは思わなかったよ。薫に肩抱かれて泣いてたし。見直しちゃった」
「そうですね、まゆみさんや薫さんと行動するうちに、泣いてばかりいても仕方がないって開き直っちゃったのかも。お二人にはすごくお世話になっちゃって。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる森本さん。
「いいよいいよ、結果的にうちのまゆみさん絡みでもあったし」
「うちの薫でよかったらまた貸し出すよ。あげないけど」
ふふっと笑う森本さん。
「お二人って本当に仲いいですよね。羨ましいです。恋するのに男とか女とか関係ないんだなって」
「わたしは元々女の人としか付き合ったことなかったんだけど、まゆみさんは違ったから、まさか付き合えるとは思ってなかったんだよね。でも、世の中わからないもんだよ」
「ずっと独身でいるつもりだったからね。まさか同性と付き合うなんて考えたこともなかったし。でも結婚なんて出来なくても好きな人がそばにいるって幸せだなって、今すごく感じてる」
「だからね、森本さんも焦っちゃダメだよ?きっと一緒にいて幸せだなって思える人は現れるから」
「今度また好きな人出来たら連れて来な、あたしたちが見極めてあげるよ」
アハハっと声をあげて笑うまゆみに釣られてわたしたちも笑う。
「でもホント、いつでもおいで」
ポンポンと頭を撫でてあげると、「はいっ」と、嬉しそうに笑った。
[12]
「はぁ〜ひと段落したね」
「うん、よかったのか悪かったのかわからないけど」
「まぁね、でもきっともう詐欺なんてやらないよ、あの人」
「だといいけど」
淹れたコーヒーを美味しそうに飲む薫の横顔を見つめる。すごく幸せそうに見える。
「はぁ〜まゆみさんのコーヒーはやっぱり美味しいな。幸せ」
「ハハっ、わかりやすっ」
「え?なに?」
今回、薫のこと疑ったり嫉妬したりと忙しかったけど、そんな感情がまだ自分の中にあったんだなと改めて薫への想いを認識した。
「薫はさ、あたしのこと疑ったりしないの?嫉妬したりしないの?」
「え?めちゃくちゃしてるよ?疑いはしないけど。あの岩田さんだって、本当はブン殴りたかったもん」
物騒な物言いに目を丸くする。
「でも今回はわたしの出番じゃないなって思ったから我慢した」
「ハハっ、アハハっ、やっぱ最高だわ薫」
「えぇ?バカにしてない?」
「してないしてない、嬉しいもん」
コテンと薫の肩に頭を乗せて腕を絡める。
「甘えてるつもり?」
「精一杯」
「ベッドだと、もっと甘やかせてあげられるよ」
耳元でそう囁く薫の声がくすぐったい。
「出た、エロ薫」
「ヒドいなぁ」
「ね、雛には最初、あたしとのこと何て説明したの?」
「自慢の彼女」
真剣な顔でキッパリ言い切る薫に、思わず吹き出してしまった。薫に自慢してもらえる彼女でいられるのが嬉しくて、ひとしきり笑ったあと、耳元で囁き返した。
「今日、定休日なんだよね」
詐欺師に御用心 @tetsuzin7
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