結局、私は

零下冷

第1話 古都咲樺蓮との出会い

「結局さ、私なんて何もできないんだよ」

 古都咲コトサキ樺蓮カレンはそう言った。

 休日の教室。夕方五時のチャイムが鳴った。

「私は生きているべきじゃないんだ。もう死んだほうがいいんだよ」

 古都咲は苦しそうに心情を吐露した。

「それは違う。先輩だってそんなことは望んでいないし、それこそ皆を悲しませるぞ」

 僕はゆっくり、はっきりと自分の意見を伝えた。

「それでも」

 古都咲は息を深く吸った。

「私は、責められたかった。お前のせいだ、お前のせいで負けたんだ、お前のせいで終わったんだって。責められた方が、よっぽど楽だった」

「それは」

 僕は息を深く吸った。

「先輩だって仏じゃあないんだ、少しくらい、負の感情もあったはずだ。それでも、お前が変に責任を感じてしまわないように抑え込んで、慰めてくれたんだろう。一緒に戦ってくれてありがとうってさ。きっと、責められていたらもっと悲しかったはずだぞ。だからこそ、先輩のためにも切り替えないといけないんじゃないか」

「そう、なんだよ。そうなんだけど―――――――」

 古都咲は黙って考え始めた。


 僕はそのまま、15分くらい待った。外が少しずつ暗くなっていった。



「分かんない」

 そう言った古都咲の瞳は潤んでいた。

「そうか」

「ちょっと、付き合ってよ」

 そうして立ち上がり、教室を出て歩いていく古都咲に、僕は黙ってついていった。



「……なんでここに」

 古都咲が僕を連れてきたのは、近所のファミレスだった。

「どこに行くか、思いつかなくて」

 僕も考えてみたが、確かに思いつかなかった。

「じゃあ、入るか」

 僕がそういうと、古都咲は扉を開けてファミレスに入っていった。僕もそれに続いた。


 古都咲はテーブルについてすぐに店員を呼び、ドリンク二つと大皿のポテトを注文した。そして注文が届くまでの間、僕たちは歓談することにした。

「私が奢るよ。付き合わせちゃったし」

「いや、割り勘にしよう」

「奢るとは言わないんだ」

「別に、奢ってもいいけど」

「いや、いいよ。言ってみただけ」

「古都咲って結構面倒くさいんだな」

「めんどくさくないし」

 これが僕たちの歓談だった。歓談ではないような気もしなくもなかったけれど、しかし少しは打ち解けることができた。

 そうこうしているうちに、リンゴジュース二つとポテトが届いた。ポテトは揚げたてらしく湯気が立ち昇っていて、とてもいい匂いがした。僕たちはポテトをつつきながら、本題に入ることにした。

「そもそもなんで休日なのに教室にいたんだよ」

「試合が終わった後、荷物を部室に置きに来てて…。ほら、家持って帰って平日の朝持ってくるのはしんどいでしょう?それで、そのあと、なんとなく黄昏たそがれたくなったの」

 黄昏たそがれるっていうか、一人で泣いてたけどな。とはさすがに言わなかった。

「そもそも古都咲って何部だったっけ」

 僕がそういうと、古都咲は呆れた目で僕を見てきた。

「それも知らずに私の話聞いてたの?なんか悲しくなってきたんだけど」

「悪いな。でもお前の気持ちはしっかり分かってるつもりだぞ」

「うん、それはそれで気持ち悪いんだよなあ」

 にっこにこの笑顔で刺してきやがった…。

「それは置いといて…結局何部なんだ?」

「バレー部」

「バレエ部?Y字バランスとかできるのか、すごいな」

「あー、女子バレーボール部。そもそもウチにバレエ部はないでしょ」

 思い返してみると、そうだった。

「思い返さなくてもそうでしょ」

「なんで考えていることが分かったんだ…⁉」

「ん-、なんとなく。女のカンってやつ?」

 絶対に使いどころを間違えていた。

「しかし、バレーボール部か。…あれは、一人のミスどうこう、というよりも、皆のミスの積み重ねで負けるものだろう?古都咲がそこまで負い目を感じることもないと思うが」

 素人なりに励ましの言葉を考えて贈った。しかし、古都咲の顔は浮かばなかった。

「…最後」

「?」

「最後に、私のミスで点を取られて負けたの」

 それで落ち込んでいるらしかった。

「それでも、それまでの24点すべてが古都咲のミスじゃあないだろう?」

「でも、ダメなの」

「なにが、ダメなんだ」

 小さな子供をなだめている気分だった。

「先輩たちの、高校生活最後の部活が、私のミスだよ?今まで先輩たちが積み上げてきた努力が、後輩のミスで締め括られるの。最悪のエンディングじゃない?それでね、先輩たちは、泣いちゃったら私を攻撃してるみたいだから誰も泣けないの。それでも私だけ勝手に、わがままにずっと泣いちゃって、先輩たちは私を慰めるの。私よりきっと悲しいはずなのに」

「そうか」

「先輩が五人で、バレーボールのコートに入れるのは六人。そのなかに、当時の一年生から一人選んで入れようってなって。唯一の経験者だった私が入ったの。最初は、一番上手い自信があったんだよ。一番上手かったはずなんだよ」

「でも、センスのない私は、ぜんぜん成長しなかった。その間に上手くなっていく他の一年生を見て焦って。それでもやっぱり上手くはならなかった」

「で、私より上手い子も出てくるの。でも、フォーメーションを分かってるから、とか、歴が長いから、とか、そういう理由で、私はズルズルとコートの中に入ったまま過ごしたんだ」

「一言、言えればよかったのにね。私じゃなくてあの子を使って下さいって。皆は気を使って言えるはずないんだから、私から言わなくちゃいけなかったのにね」

 気がつくと、古都咲はぼろぼろと涙をこぼして泣いていた。

 僕は古都咲に気が済むまで泣かせてやりたかったが、なんというか、ここはファミレスだった。つまり、分かりやすく言ってしまえば、周りの視線が凄かった。そして、僕が通報されそうになっていた。

 僕は残っていたポテトを一瞬で平らげ、ジュースも一気飲みした。古都咲のジュースは残っているが、仕方ない。

「古都咲。手を貸せ」

 僕は手を差し出した。僕の勢いに押されて、古都咲も手を出した。

 彼女の手を掴み、ぐいっと引っ張って立たせた。

「行くぞ」

「へ?」

 僕が通報されそうだから、とか、格好のつかないことは言わなかった。

 手をつないだまま会計は出来なかったので、僕は手を放して、古都咲の分まで払った。結局、僕が奢ることになっていた。

 ドアを開けて、外へ出た。古都咲もそれについてきた。外はもう、かなり暗くなっていた。しかし、落ち込んでいるときには、これくらい暗い空の方が落ち着ける気がした。 

「なあ、古都咲」

 そして、僕の口から出た言葉は自分でも驚くものだった。

「今から少し、僕とバレーボールをしないか?」

「……え?」

 僕も同感だった。

 少しの間、沈黙が訪れた。





「いいよ」

 古都咲は笑顔でそう言った。しかしその笑顔にはまだ、さっきの涙が残っていた。








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