推しの弟に懐かれました

伏見 悠

第1章

第1話 目覚めと出会い

 おかしいことに気がついたのは、7歳のある夜だった。


 小学生になって初めてのゴールデンウィークの前日。眠りにつこうと電気を消した瞬間、大人の"私"の記憶が流れこんできた。

 意味がわからなかった。今の私と姿形が違うのに、それが"私"だと知っていた。

 大人の"私"は仕事をしていて、楽しいことばかりではないけれど、平凡な日常を歩んでいた。でも肝心な死んだ記憶がない。断片的で、現実味がないのはそのせいだろうか。前の私が死んだのなら諦めがつくのに、どこか夢を見ているようだった。

 それに20、30代であろう頃の記憶はあるのに、それから先がない。

 何なんだ。何が起こっているというのだ。この体とは違う記憶と、不可思議な現状に呆然と涙を流していた。


 泣き疲れて眠りについた私は、目が覚めてもう一度絶望した。

 夢ではなかった。今度心臓が止まっても、また違う私になってしまうのではないか。この体の意識は私に取られてしまったのではないか。

 わからないことが多すぎて、受け入れることができなくて、ただただ泣いた。体の年齢に引きずられるようだった。


 両親には悪いことをしたと思う。朝起きてこない私を心配して来てみたら、号泣しているのだから困惑しただろう。それでも泣き止まない私を抱きしめてくれていた。

 出かける計画を立てていたのに、楽しみだと笑いかけてくれていた家族の予定を潰してしまった。でもこの時の私は、両親を気にかけることができるほど冷静ではなかったのだ。


 私は精神的な負担から熱を出し、ゴールデンウィークを寝て過ごすこととなった。何も考えないことはできず、時折前の"私"を思い出して涙がこぼれた。心穏やかになる瞬間など訪れる訳もなく、時間だけが過ぎていった。


 この世界で生きていくことを受け入れられたのはそれからずっと後だった。


 ───


 あれから約6年。桜の花が満開になった頃、中学生になった。


 前の記憶があることと、おとなしい性格もあり、一層控えめな子どもであったと思う。

 少し浮いていたであろう私の何が気にいったのかはわからないが、仲良くしてくれる友人もでき、平凡な日々を送っていた。もちろん、小学生の勉強は簡単だったし、元々勉強は嫌いではなかったので、成績が良かった点については平凡ではなかっただろう。

 だが体育となると話は別だった。体と頭の記憶は違うのか、足はそこまで速くなかったし、水泳だってすぐに泳げなかった。おそらくクラスの真ん中辺にいたため、突出しているとは言えなかった。

 だから、ちょっとした憧れをもっていた文武両道な人になることはなかった。



 そうやって、これからも平凡な日々を過ごしていくと思っていたのだ。


 そんな私の世界が変わったのは、中学生になった初日。前の推しである彼女に出会ったことで、この世界がどういうものなのかを理解した。

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