31.獣は夜空に夢を見る —夏祭り—-1

 夏のにおいがする。

 吸い込まれそうな青い空。高く登る白い入道雲。青い海が煌めく。

 フジコは、ふんわりとした空間で、ぼんやりと佇んでいた。

 いつのまにか、異国の浜辺のバス停のような場所に立っていた。夏服のワンピースに麦わら帽子にポシェット。どこかにおでかけするような姿のフジコは、バスを待っている。

 とほどなく目の前にバスがくる。行き先は灯台の島。

 迷いもなくフジコが飛び乗る。発車します、と声は聞こえど、運転手も誰も乗っていない。

いや、一番後ろの後部座席に、一人乗っている。

「あ」

 とフジコは嬉しそうに笑う。

「やっぱりそうだ。乗ってると思ってたんだ」

「よう」

 そう声をかけると、後部シートの男が立ち上がり、彼女を迎えてくれる。

「久しぶりだね、ネザアスさん」

「ああ。ちょっと期間あいてたな」

 そこで会うネザアスは、今日は、いつぞや夏のエリアできていた涼しげな夏の着物風の衣装をきていた。肩には相変わらず機械仕掛けのスワロが、そっと寄り添っている。


 バスに乗って、しばらくいくと周囲は、いつしかなつかしい灯台の島の灯台守宿舎の部屋になっていた。

 ネザアスは、ここに来たことがないはずだが、当然の如くリビングでくつろぐ。その姿はユーネとかぶるが、彼の方がわずかながらお行儀が良くない。

「ちょうど昨日ね、フォーゼスさんからお手紙がきていたのよ」

「へえ、手紙? アイツ、相変わらずアナログな奴だなあ」

「こまめだね。フォーゼスさんも、調査員エージェントしてるんだけど、何かと忙しいみたい。でも、花火大会にグリシネと一緒に来るの。詰所に寄ってくれるから、ひさびさに会えそうなんだ」

「それは良かった」

「イノアはね、前にも報告したけど、幼馴染に会えたの。それで、仕事で幼馴染の子と組んでるんだけど、軽い人で、イライラするって言ってた」

「あー、アイツな。軽いアイツにイノアはもったいねえな。一生、尻に敷かれてろって感じだ」

 どうやら、彼はイノアの幼馴染を知っている。

 彼との話は大体こんな感じで、差し障りのない近況から入ることが多い。

 空白の期間を二年ほど置いて、あれからは定期的にこうして夢の中、彼が訪れてくることがあった。

 かつて彼が言っていた通り、「昔も今もこれからも」フジコと彼はなにかしらをきっかけにして、意識がつながりやすいのだ。

 相性の良い黒騎士と魔女とは、そういうものらしい。今ではその関係に倣って、問題のある獄卒に灰色物質アッシュ・マテリアルの類似品を使った武器や助手ロボットを与えて、精神安定をはかる実験をされているほどだ。

 アイスコーヒーを飲みながら、続けて二人は色々話をする。

 ネザアスの方は、昔の話をしてくれることがある。その中には、フジコの知らない話もある。

 今日の彼の話は、ちょっと不思議な話だった。

 いつかの彼は、とある研究所廃墟にいたのだという。

 そこに、人のていを成していない少年が入り込んできて、彼はその子を人間の姿にするまで保護したのだという。

「でなァ、その餓鬼ってのがハンバーガーとかホットドッグしか食わねえんだよな。でも、そこの図書室の育児の本読んでたら、あんまりそういうのだけ食わせちゃダメって書いてて。おれは育児とか無理って、思ったもんだぜ」

「ネザアスさんは、育児とか得意そうなのに」

「ダメだぜ。全然向いてねえよ。だって、ニンゲンの餓鬼が何食べるかとか、マニュアルでしか知らねえから。おれはサプリメントの煙吸ってりゃ、最低生きていけるから、感覚がわかんねえとこがあるんだ」

「でも、研究所廃墟だとまともな食料もなかったでしょ。それとも、レトルトとかあった奈落みたいな感じ」

「まあ近いかな。倉庫の段ボールの山崩して、色々探したぜ。お嬢レディともやったな、懐かしいよな」

 くっくとネザアスは、笑いながら言った。

「まー、その餓鬼さ、色々問題あって狙われてるやつだったからな。おれには親父はできないけど、兄貴分として保護してた感じか。守ってやれて良かったぜ」

「ネザアスさんと一緒にいられた男の子は幸せだと思うよ。フォーゼスさんだって、楽しかったって」

「まあでも、おれがフツーの人間じゃねえからな。ビビらせちまうことも多かったし」

 ネザアスがほんのり弱気なところを見せる。

「あの頃は、まだ体も治ってなくて、見かけもアレだったし。そうでなくても、餓鬼を連れ歩けるような度量はないからさ。熱が出たりしたら、どうすりゃいいかわかんなかったり」

 ネザアスはため息をついた。

「なんかうまくいかなくて、結局カゾクにはなれなかったな」

 ふふ、とフジコは励ますように笑う。

「でも、"今"は、いいお兄さんしてるじゃない」

「そうか?」

「そうだよ。少なくとも、そんなふうに見える」

 フジコはそう言ってから、意を決して尋ねた。

「あのね」

 本当はその言葉をかけるのは怖かった。だから長年寝かせてきた。彼に言ってしまうと、二度とこの夢の中にきてくれないのではないかと思っていたのだ。

 けれど。もう。

「ねえ、ネザアスさん。どうして夢の中だと優しいの?」

「ん?」

「あたし、今は大人になってるの。知ってるでしょ?」

 ネザアスは、痛いところをつかれたらしく、苦く笑った。

「ああ。知ってるよ。でも、ここじゃお前はあの頃のウィスだし、おれはネザアスなんだよな」

 ふっとネザアスはため息をついた。

「おれもわからねえけど、ここではな、多分、一番喋りやすい姿で現れてるんだよ。なんつーか、おれたちは、精神的につながりやすい。ケド、ま、現実世界でこんなふうには喋りにくいし」

 フジコは目を大きくして、ネザアスをみあげる。

「それって、二人ともが同じ世界に生きてるから、こうやってお話できるってこと?」

「んー、なんだろうな。それだけじゃダメだ。距離もある。世界の果て同士だとうまくいかない。会える条件は、物理的距離が遠くないということだ。具体的な距離はー、考えたことねえけど、同じ町内にいるとかくらい?」

 フジコはくすりと笑う。

「それは、ネザアスさんが、本当は生きていて、あたしの近くにいるということでしょ?」

 そう聞かれて、奈落のネザアスは苦笑した。

お嬢レディは鋭いよなー。ふふっ。あーあ、本当はわかってんだろ、おれが一体誰かって?」

 ネザアスは、フジコに目を向けた。

「おれはお前散々泣かしてるから。せめてな、その姿のお前だけは、もう泣かせたくないんだ。だからかな。お前が普段より俺が優しいっていうの」

「それだけじゃないと思うよ。普段はもっと、喋り方辛辣だもの」

「それは、まあ、おれが大体悪いんだよ」

 ネザアスは、困惑気味だ。

「その、な、うまく、その、面と向かうと素直に話せねえんだよ。本当は、おれは、悪いやつだから」

 フジコの頭を撫ででやりつつ、ネザアスは言った。

「あれなぁ、自分では、それなりに、優しくしてるつもりなんだ。でも、ダメなのもわかってるから、たまにここでお嬢レディと話をしてると思う」

 ネザアスは深々とため息をついた。

「それって、あたしをフォローしてくれているの?」

「ん、っ、まあ、その、フォローというか。そこは、おれなりに頑張ってるというか」

 ネザアスは、ちょっと反省したようにうなだれる。

「おれと"ここ"で話すの、お前が嫌ならやめるぜ。こんなことで、許されようとか、おれ、なんか無責任なやつみたい……」

「ううん」

 フジコは、首を振る。

「ねえ? ネザアスさんと、こうやってお話しできてるの、スワロちゃん除けば、あたしだけなんでしょう?」

「当たり前だろ。こういうふうに繋がっちまうのは、よっぽど相性が良くないとな。スワロは、物理的におれとの繋がりがあるからともかく、他のやつは結構難しいんだ」

「ふーん、そうなんだー」

 フジコは大人びた顔をしつつ、困るネザアスを楽しげに見やる。

「仕方ないなぁ。許してあげるよ」

「本当か?」

「うん。ずっとこんなふうにして、遊びに来て」

「ずっとはダメだろ。おれは、お前が幸せになるまで見守ってるだけだぞ。いつもお前が他の男と幸せになるなら、これで会いに来るのは最後にしようと思ってるんだぞ」

 ネザアスがお節介な兄貴みたいな口をきく。フジコはちょっと呆れつつ、

「そんなひといるわけないでしょう? それに、ここ、すごく価値があるのよ。あたしがネザアスさんを独占できるの、ここだけなんだからね?」

「へ? 独占? なんで? おれはいつも独り身だけど?」

「そういうとこ、本当に変わらないなあ」

 フジコは苦笑した。

「でも、せっかく、この懐かしい場所に来たんだから、一つ教えてよ」

「ん? なんだよ?」

 ネザアスは小首を傾げた。

「"ユーさん"は、一体何者だったの? あの子はどこに行っちゃったの?」

 あぁー、とネザアスが小声で唸る。

「それは、な。ユーネが戻ったら聞いてくれるか?」

「ユーさんは、でも……」

 何故か、帰ってこないのだ。彼だけは。

「ごめんな」

 悲しい顔をしたフジコに、苦く笑いつつ、

「まぁ、その、なんだ。とにかく、あっちで一回聞いてくれ。聞いてくれたら、多分答えると思うぜ。……心の準備ができていればな」



「ユー、レッド、さぁーん」

 やたらテンションの高い青年が、今日も風邪をひいているが如く気だるいユーレッドに声をかける。

 相変わらずの白いジャケットに赤いシャツ、いつもネクタイは変な柄入り。ユーレッドは服の趣味がちょっとアレだ。

「今夜は、っ、花火大会ですよー、花火大会!」

「なんだよ、お前、暑苦しいな」

「夏ですからねっ! 暑苦しくもなりますってー!」

「あら、タイロくん、いらっしゃい」

「ウィス姐さん、お邪魔してます!」

 ここは、エリックの調査員エージェントの情報交換所や休憩、身を隠すための福利施設になっているビルの一角、喫茶室だ。

 ほとんどカフェのようになっていて、なかなかおしゃれな空間。それでいて部外者は入らないので、秘密の話も簡単にできる。

 事情のわかるものしか入れないが、訳あり不良獄卒のユーレッドなどはここへの出入りが自由である。

 で、この青年、E管区シャロゥグ支部の公務員こと獄吏、タイロ・ユーサも最近よく出入りしている。タイロはなんでもないただの獄卒管理課の獄吏であるが、とある事情からユーレッドとの付き合いが深く、部外者とは言い難い立場で、ここの出入りが許可されていた。

 黙っていれば美少年風、おっとりしてほんわかしたところのあるタイロは、問題大有りで素行の悪いユーレッドにも恐がることなく甘えるので、彼からも可愛がられていた。

「大体、お前、仕事は?」

「やだな? 新米の俺の仕事は、主に問題児のユーレッドさんが悪いことしないか、隣で見張ってる役ですよ。あとは、ハンティングの成績上げるために協力してあげるとか。ユーレッドさんが問題起こさず、うちの地区の平和に貢献してくれれば、俺の仕事が評価されちゃうんですからねッ」

 タイロは、ユーレッドの肩からふよっと飛んできた手のひらに乗るサイズの達磨型のアシスタント、スワロにも懐かれている。

「あっ、スワロさん。花火行きたいよねえ!」

 スワロと戯れている姿は確かに可愛く、ユーレッドがぬっと反論せずに詰まっているのが見えた。

 ユーレッドは基本可愛いものに弱く、タイロは自分の愛想よさがわかっているタイプの男子であり、その辺はあざとく図太い。

 このコンビはこのコンビで、ほのぼのしていて見ていて微笑ましい。

「あ、それはともあれ、夏祭りなんですよ。今日。花火大会」

「さっきも聞いた」

 タイロが話を戻すが、ユーレッドは表向き塩辛い対応だ。が、タイロは気にしない。

「じゃーんっ! 桟敷席チケットゲットしちゃいましたー!」

「へー、それはよかったな」

「じゃ、ユーレッドさんもいきますね?」

「は?」

 ユーレッドの返事を待たず、タイロはウィステリアにも聞いてきた。

「これはウィス姐さんの分ですよー。今夜空いてますよねっ!」

「あらタイロくん良いの? 高かったんじゃ?」

「実は獄吏の職員権限で格安ですよ」

「あー、汚職の香りがするわね」

「それにスポンサーというか、協力者の人がいまして、自分と彼女さん……未満の幼馴染だとかの分の購入を頼まれたのですが、お礼に君たちもおいでって」

(なんとなく、話が読めた気がする)

 ウィステリアはちょっと呆れつつも、花火大会には興味がある。ちょうどフォーゼス達も花火を観に来るといっていたし、みたい気持ちはある。

「でもいいわね。今日はお仕事ないし、花火大会なんてずっと行ってないから楽しみだわ。いいわよ。着る予定あったから、浴衣も用意できてるし」

「でしょっ。スワロさんも行きたいよね」

 きゅきゅー、とスワロが嬉しそうに鳴く。

 ユーレッドの連れているスワロは、小鳥というより一つ目の達磨に近いフォルムだが、鳴く、という表現がぴったりな小鳥感のある反応をする。

「はァ、誰が行くって? 俺は忙しいんだ、行くわけがねえ」

 ユーレッドが不機嫌に口を挟む。

「えー、スワロさん、行きたそうですよ」

「俺も仕事あるし?」

「ユーの旦那に、夜の仕事入ってるわけないでしょ。囚人狩りは夜間禁止だから」

 ウィステリアが容赦なく突っ込むと、ユーレッドはぐっと詰まる。

「う、うるせえな」

 ふん、とユーレッドは珈琲を啜りながら、そっぽを向く。

「行くわけねえだろ、そんな子供騙し。俺、花火なんて好きじゃねえし」

(いや、絶対好きでしょ!)

 時々、こうして子供みたいなことを言い出す、素直ではないユーレッド。しかし、そこは、タイロも只者ではない。

「えー、残念だなあー」

 タイロはしょぼんとして、チケットをしまいしまいしつつ、大げさにため息をつく。

「それは悲しいなー。俺、ユーレッドさんと行きたかったのにー」

「それは悪かったな。ヤスミちゃんといけよ、お前の幼馴染のジャスミン嬢」

「ヤスミちゃんにももちろん連絡してますー。でもー、俺、ユーレッドさんとも花火行きたかったなー。みんなで行きたかった」

 もう一度追い詰めるタイロ。そして、トドメに入る。

「俺、家族いないから、花火大会行く時も引率の先生とだったんですよね。今年はユーレッドさんと仲良くなったし。一緒に行くと、楽しいかなって思ったんですが、残念で……」

「待て! やっぱり、行く!」

 最後まで聞かずに、ユーレッドが背筋を伸ばして割り込んくる。

「えっ、でもお忙しいんじゃ?」

「べべ、別にっ、俺くらいになれば、なんとでもなるんだよ。ん、んん、スワロの情操教育に良いかなーって思うし、聞いてたらお前可哀想になったし」

 うん、と自分を納得させるユーレッド。白々しいが、タイロはそんな彼を責めるでもなく、嬉しそうに笑ってチケットを渡す。

「本当ですかあ! ユーレッドさん、嬉しいですー! ユーレッドさんとなら、絡まれなさそうだし、夜道も安心ですし」

「ふん、仕方ないなあ、お前はー。ったく、いつまでも餓鬼なんだから」

(タイロくんは、旦那ノセるの、本当にうまいわねえ。プライドを傷つけることなく、旦那の良心をうまく操作している)

 しかも、タイロのこれはあまりいやらしくもない。こういうところは、この青年の良いところで、ちょっと見習いたいところだ。

「あ、じゃあ、今日は浴衣着ちゃいましょーよ。ウィス姐さん、着付けお願いできます?」

「ええ、いいわよ」

「実は、ユーレッドさんにお似合いの、多分好みだと思う、キテレツなレンタル浴衣見つけてあります」

「奇天烈とかいうな!」

 タイロはちょっと口を滑らせるが、その人柄により怒られることは少ない。

「スワロさん良かったねえ! 花火大会、楽しみー」

「ふん。そのかわり、お前、まじめに仕事しろよ」

 ユーレッドはそう言って、やれやれとため息をつく。

「それじゃ、他の人にも聞いてみようかな」

「えっ、なんだよ、俺誘っておいて、他に呼ぶやついるのか?」

 ユーレッドがちょっとムムッとする。

 タイロはそんな彼にかまわずスマートフォンを手に、誰かに連絡していた。

「あ、タイロですー! え、元気にしてますか? 反応薄いですが、あれ、生きてます?」

 ユーレッドが渋い顔になっている。

(あー、やきもち焼いてる)

 こういうのを見るのは、普段、振り回されがちなウィステリアとしては、ザマァ見ろ感あり、何だか楽しい。

「花火大会ですよ、花火大会。ぜひきて欲しいなって! ユーレッドさんも行くんで、是非」

「アイツ、どこに連絡してんだ?」

 ぼそとユーレッドが吐き捨てる。

「え、来てくださる? 本当っスか! えー、まじですか、嬉しい! 大丈夫、お迎えにあがりますからー!」

「アイツ誰にでもあーいう態度なのかな。行くのやめようかなー」

 なんだかイライラしているユーレッドだ。

 変なところで独占欲が強い。珈琲を啜りながらも、足が貧乏ゆすり状態だ。

 タイロは楽しそうに話し、電話を切ろうとしていた。

「じゃ、お待ちしてますね。ドレイクさん。それでは後で」

 ぐふっとユーレッドがむせる。

「さて、オッケー! よかった、来てくれるみたいですよ。楽しくなりそうですね」

「お、お前、なんつーところに電話してんだ!」

 スマートフォンをしまうタイロに、ユーレッドが慌てて突っ込んだ。

「え、ドレイクさんですけど。獄卒のT-DRAKE。ユーレッドさんの、確か兄貴格なんですよね?」

「それはわかってる。つーか、俺も知らねえのに、何でアイツの連絡先知ってるんだよ」

「え? 普通に聞いたら教えてくれましたよ。SNSのアカウントも作ってあげたので、お友達リストにいますが?」

 ほらと、改めて連絡用のSNSの画面を見せてくれる。

「うわっ、本当だ。コイツの蝶アイコン。なんか引くな」

「綺麗じゃないですか。お兄さん傷つきますよ? あとで、ユーレッドさんもお友達登録してあげてくださいね」

「やだよ、なんであんな陰気な奴に」

「そう言わずー。兄弟仲良くしてほしいなー」

 そんなふうに取りなすタイロ。

(ほら、幸せそうじゃない)

 ウィステリアは、ふとため息をつく。

 今日の朝の夢。

 奈落のネザアスとフジコの夢。

 アレはただの夢ではない。あれは、実際に彼らしき誰かと会って話したものだ。ただ、夢ではあるので、起きた時に全て覚えていられるかはその時の状況次第だった。相手も同じだ。

 ただ、あの中では嘘はつかない。

 あそこで彼は告げたことは本音ではあるのだろう。

 きっと彼は温かな家庭に憧れている。泥の獣のユーネが灯台の島での生活を、帰る家ができてよかったと言ったように。

 家族は結局持てないという彼だったが、少なからず、可愛いアシスタントのスワロと、おっとりしているが懐の深いタイロに囲まれ、以前より幸せそうにみえた。

(幸せならいいじゃないのよねえ。あたしは、そこには入れないけど)

 そう思っていると、タイロが言った。

「あ、そうだ。それなら、ちょっとレンタル浴衣もらってきますね。ここで待っててください」

「お前、こういうことには手回しイイよな」

 きゅきゅとスワロが鳴く。

「えっ、何?」

 スワロの言葉は、主人のユーレッドにしか伝わっていない。ユーレッドが苦笑した。

「お前が心配だから、ついていくってさ。寄り道して、変な奴に絡まれたら大変ってよ」

「えー、スワロさん、俺そんなに信用ないー?」

「連れて行けよ。お前、なんかと狙われるタチなんだから」

「んー、じゃあ、お言葉に甘えて。ボディーガードしてもらおうかな。いってきますー」

 と、タイロは、スワロを頭に乗せて出ていった。

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