24.無明の叫び声 —絶叫—-1

 叫び声が、暗い洞窟内にこだまする。

 後ろでいた仲間が闇に喰われていた。

「嫌だ!」

 少年が闇の中を走る。

「嫌だ! おれは、トオコちゃんのところに戻るんだ!」

 訓練だって聞いていた。

 それなのに、洞窟の中に入った途端、強い敵がたくさんいて、仲間たちが次々にやられていく。闇の中、敵も真っ黒で区別がつかない。

 みんな白騎士になりたての少年で、戦い方もろくに知らない。それなのに、誰も助けに来ない。

 はっと彼は立ち止まる。

 前にさらに強い闇の気配があった。

 黒光りする瞳のようなものと、目が合ってしまう。

「あ……」

 少年は、ひっと息をのむ。

 悲鳴をあげるなんて、情けないことはしたくなかったのに。意思とは無関係に、吸い込んだだけ、叫び声が口から漏れる。

「わああああああああ———!」

 黒い獣が襲いかかってくる。そのまま奈落の底に引き摺り込まれそうだった。

 が、突然、火の玉みたいな光がチカッと光った。

 その瞬間、洞窟の中がぱっと明るくなって、光に照らされて、醜さもあらわになった獣が真っ二つにちぎれ飛んだ。びしゃっと音が鳴って、真っ黒な泥が少年の目の前に跳ねる。

「あーあ、なんだよ。ここは」

 ちょっと掠れた男の声が聞こえた。

「ちょっとみねえうちに、ワンサカ化け物が湧きやがって。くそ、探検アトラクションどころか、お化け屋敷でも洒落にならねえぞ、こんなの」

 男は、施設の乱れが気になるらしい。

 と、男が、目を瞬かせる。目があった。

 派手な着物を着た隻眼の男だ。ギラギラ光るのは左手にもった刀のせいらしい。

「おっ? なんだお前」

 彼はようやく少年に気づいた。

「こんなとこに餓鬼が来るって聞いてないぜ? お前、どこからきた?」

 腰が抜けそうなのをなんとか保って、少年はふるえる声を絞り出す。

「だ、誰ですか? 貴方は?」

「おれ? あれ、聞いてねえのか。おれは、この奈落の黒騎士。中央派遣の黒騎士だ」

「く、黒騎士?」

 黒騎士。確か、黒物質の上位互換のナノマシンを使われた強化兵士。

 世界がこんなふうになった原因のひとつに、黒騎士の叛乱があると彼は聞いていた。先ほどの照明弾は、まだ、洞窟の中を明るく照らしている。怯える少年に彼は刀を懐紙で拭いつつ言った。

「ふん、まぁ、お前みたいなガキはもう知らねえか。おれはネザアス。恩寵の騎士のひとり。黒騎士、奈落のネザアスだ」



 黒騎士の男、ネザアスは、多少乱暴だったが、少年のことを保護してくれるようだった。

「んー、お前以外は生き残ってないのか。もっと早く来られればよかったな。餓鬼がいるとは、知らなかった」

 ネザアスはそう言って、少年に食料と水を与えた。

 先程洞窟内を照らした照明はもう落ちていて、彼はライトを肩の機械仕掛けの小鳥に持たせている。どうも右手が失われているらしい。

「しかし、なんでお前みたいな、白騎士になりきってないような餓鬼が来るんだ? ここは、奈落でも有数の汚染スポットだぜ?」

「訓練だと言われて、仲間と送り込まれたんです。我々はゼス計画参加の白騎士ですから」

「あー。ゼス計画かぁ。なるほど、この洞窟の汚泥を刺激したな、お前ら。さっきから、獣がざわざわしてんだよ」

「ゼス計画をご存知なんですか?」

「ご存知だとも。おれは提供側の当事者だぞ。お前はANと言ったが、お前に投与されたナノマシン黒騎士ブラック・ナイトの提供元はおれだ」

「えっ」

 よりによってこんなやつ。

 まだ彼に不信感のあった少年は、ちょっとショックを受けるが、黒騎士は続ける。

「覚醒すると、おれの容姿が引き継がれる可能性あるだろうけど、気に入らなくても許してくれよ。おれだって、こんな姿気に入ってねえ」

 で、とつづける。

「ゼス計画の提供元には、叛乱した側のやつもいたよな。そいつらの黒騎士ブラック・ナイトが、ここの奴らを刺激した可能性はある。ここは叛乱時の戦場に近い。汚泥は暗闇を好む傾向があるから、その時の残骸がここに集まっている。おれたちの構成要素の黒騎士ブラック・ナイトは、黒物質ブラック・マテリアルの上位互換存在だから、残骸といえど確実に破壊してなきゃ、普通の泥を食って乗っ取っていくもんだ。そんなやつらが、かつての自分の気配を感じると、厄介なことになんの、予想つくだろう?」

 お前らを派遣したやつ、頭おかしいぜ。と、彼はまあまあ怒っているようだ。

「そうでしたか」

「特にここは、恩寵の黒騎士ヤミィ・トウェルフの残骸が残っている可能性が高い。知ってるか?」

「いえ、初めて聞きます」

「まあそうだろうよ。ヤミィのことは、封じたくもなる話だからな。アマツノだって、一番可愛がってご贔屓にしてたのに、突然、反旗翻して他の黒騎士を扇動しちまってよー。ま、端的にいうと、いちばん信頼されてて、一番強かったヤツだ。元から一度決めたらテコでも動かねえ奴だったが、ああなつてからは話が通用しねえ。やべえ奴さ。今んとこ、やつは眠っててくれてるが、刺激すると、どこかで目を覚ましちまうかもしれねえ」

「そ、そんなに危険な人物なのですね」

「ただ、お前もおれと関わることで、覚醒する可能性はあるわけで。連中としては、そういうの狙ってたかもしれんな。覚醒を促す手法の一つみたいなもんだよ」

 そう言ってから、黒騎士は話を変えた。

「さて、それじゃ、お前の名前からつけるかー」

「は、はい?」

 少年にとっては、親切にはされたものの、彼はなんだか黄泉の国の案内人のようで、どうも不気味に思えていた。そんな時にいきなりこれだ。

「え、名前? なんですか?」

 黄泉に来たので名前を変えろと言われているようで、少年はゾッとしたが、あくまで彼は陽気だ。

「名前だよ。せっかく奈落にきたんだろ。ここから出るのに、一、ニ週間かかる。その間使う名前だ。昔は、そう、アビスネームとか言われてたか? 気分転換して楽しむために、名前を変えるんだ」

「あ、ゆ、遊園地に入る時に使う名前ですね。そういえば、昔来た時もありました」

「変則的なお客さまだが、餓鬼だからなー。この奈落の規則にのっとって、お前に名前をつけてやる」

「昔、決めた名前がありますよ。登録名のものです」

 気持ち悪いので、少年はそう断っておく。

「それ、さっきのゼス・セーシロー10ってやつだろうがよ?」

「ダメですか?」

「ダメだろ。それ、元の製造番号と計画プロジェクト名合わせたヤツじゃねーか。つまんねーだろ」

 で、と彼はおもむろに言う。

「んー。お前なら、さしずめ、フォーゼスだなー」

「フォーゼス?」

 その響きに、ほんの少し心が動く。

「フォーゼス……って、で、でも、なんですか?」

 少年は目を瞬かせる。

「気に入らねえか? 男の子は、こういうザクッとしたカッコいい名前が好きなもんじゃねえか」

 黒騎士の男は、悪戯っぽく笑う。

「ここに来るやつにはおれみたいに製造番号で呼ばれると発狂するやつもいるけどよ、逆に思い入れの深いやつもいる。話してる間にわかった。お前はどっちかてえと後者かなーと。なので、そっちも大切にした名前にした。ゼス計画の四番目で、複製体の名前も四郎だから、フォーゼス。名前の響きのかっこよさは折り紙付きだぜ? ヒーローっぽいぞ」

「そ、そういうものでしょうか?」

「当たり前だろ。俺だって、ネザアスはまあまあ気に入ってるし、ユーレッドだって気に入ってる。ちょっと悪そうなザックリした響きが気に入ってんだよな。でも、ユーネだけはダメ。おれは可愛い美少年キャラじゃねーんだ」

 思春期の男子みたいなことを言う。そんな彼に、少年は戸惑う。

「それとも、気に入らねえ?」

「いえ、確かにその、格好は良いですが、中身が伴わないと、そんな名前名乗れない気がして。名前負けしそうです」

「はー? お前、男はカッコつけてなんぼだろ。中身伴うとかなー、そんなこと考えてッとなんかと病むぞ。お前、悩み出すとドン底まで行くタイプだろ!」

「うぐ!」

 ズバッと言われて思い当たったのか、フォーゼス少年は凹んでしまう。

「まー、いいんだよ。外側から整えていけばよお。おれもそうしてるトコなんだ」

 ネザアスは、見た目通り少し悪っぽいところがある。真面目なフォーゼスには、そんなところが受け入れ難い反面、逆に新鮮にも思える。

「ま、でも、どうしても嫌なら名前変えるぜ。おれ、命名失敗率かなり低いんだけど、たまに外すこともあるし」

「い、いえ」

 フォーゼス少年は、すこし俯いてほんのり赤面した。

「か、かっこいい名前なので、このままがいいです! な、名前の似合う男になって見せます!」

 ふっと笑って奈落のネザアスが、フォーゼスの短髪の頭を撫でる。

「ふははっ、お前、気に入ったぜ! それじゃあ、短い間だがよろしくな。フォーゼス」

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