4.製造番号Unknown —滴る—

 夢の中にまで、雨の音が聞こえて来る。

 水が滴る。

 ぽたぽた。どこかで、雨漏りがしているようだ。


 今日も雨が降っている。

 宿舎にしている施設は、少し傷んでいて雨漏りがしている箇所があるらしい。

 彼と雨の日の思い出は多い。出会った日も雨だった。

「おかえりなさい」

 外の様子を見に行ったネザアスが、濡れた頭を軽く振って外から戻ってきた。

「ちッ、文月のエリアと水無月のエリアは、まあまあ雨が降るんだよな。くそっ、天候も現実に合わせなくたっていいだろ」

 そう言う自分だってひたすら泥の雨が降る、そんな霜月のエリアが根城だった。そんな奈落のネザアスは、汚染された雨に慣れている。その割に、この周辺の長雨に、彼は文句があるらしい。

「梅雨が明けてないのよ。このエリアのこの地区」

「長雨、ジメジメして嫌いなんだよな」

 ネザアス曰く、晩秋の雨と夏の雨は違うらしく、こと、梅雨は好きではないのだとか。

黒騎士の彼は、汚染された雨に濡れても平気だ。しかし、魔女のフジコはそこまで強くはないので、雨が降ると旅は停滞する。

 ネザアスは、別に急ぐことはないとかいうけれど、お荷物になっている負い目があって、フジコはちょっと気にかかる。けれど、旅を急ぐのは、彼との旅の終わりが早まるということなので、なんとなくジレンマがあった。

「タオル持ってくるね」

「ああ、悪いな」

 フジコがタオルを取りに行って戻ってきた時、不意にザザァと雑音が聞こえた。

 機械の小鳥のスワロは、通信機なども兼ねていて今のはどこからかの通信を傍受したようだ。

『反応があるな? そこにいるのは、どこの隊だ?』

「んん? なんだ? 管理局の調査隊か?」

 珍しい、とネザアスは肩をすくめる。

 汚染された危険な奈落は、強化兵士の白騎士でも感染の危険があるし、彼等の調査の先発隊が泥の獣に全滅させられることもしばしばだ。最近は派遣されるのも、もっぱら使い捨ての黒物質投与の新型強化兵士だけだという。

 白騎士などに使われる白物質ホワイト・マテリアルというナノマシンはともかく、本来、黒物質ブラック・マテリアルの人体投与は危険すぎて禁止されているのだ。

 しかし、この通信の相手はどうも白騎士らしい。使い捨て兵士達のやさぐれた感じもなく、通信機も正当なものだ。

「白騎士の部隊か? 珍しいな」

『何者だ貴様?』

 相手は居丈高だった。

 それにネザアスも反応する。

「おれは中央所属の騎士だ。任務中でな、救助要請でないなら切るぞ」

 むっとしてネザアスが冷たくいう。

『中央所属? こんなところに? ああ、そうか、噂の黒騎士か? 貴様』

 見下したような声がした。

『YUN-BK-002、YUNEユーネだな』

「俺を製造番号で呼ぶな」

 ネザアスがひきつった笑みを浮かべて、冷たくいう。

 フジコには優しいネザアスだが、基本は攻撃的な黒騎士。味方であるはずの白騎士に対しても、彼は冷淡なところがある。

 仕方がない。黒騎士と白騎士は、その成り立ちや体の構成に使われているナノマシンの性質から、お互い対立しやすい背景もあった。

『発狂を免れたからと言って、お情けで地獄で飼われているだけの、黒騎士に何の任務だ?』

「は! 何を白騎士風情が。てめえらが対応できねえから俺が対応してやったんだ。生意気言いやがって!」

 ネザアスはそう言い切って、冷たく笑う。

「偉そうに言うなら、調査部隊全滅させずに自力で引き上げてこい!」

 ブチっと通信を切って、ネザアスはふんと不機嫌に鼻を鳴らす。

「なんだ、あいつ! 気に入らねえ!」

 そんなネザアスを見やりつつ、フジコは尋ねる。

「でも、ネザアスさん。その、番号はともかく、なんでユーネっていうのも嫌いなの? あたし、いい名前だと思うけど」

「んー?」

 ネザアスは顎を撫でつつ、

「まあ、そう言われると、別にそこまで怒るほど、嫌いっちゅーわけではないんだけどな」

「でも、ドレイクさんのところの、ビーティーさんにも呼ばれると怒るよね」

 ビーティーは、水無月の魔女ミナヅキ・ビーティアのことだ。ネザアスと同じ黒騎士の生き残り、静寂のドレイクとよばれる、タイブル・ドレイクの相棒だった。

 優秀な魔女だが、ビーティアはなかなか気が強く、規律を守った呼び名を使うためネザアスは苦手としている。

「んー、ビーティー姐さんは、俺が嫌だっつーのにかたくなだから。呼ばれるとムカつく」

 子供みたいなことを言いつつ、ネザアスはため息をつく。

「ユーレッドはいいんだよ。なんか、こう、ビシィッとしてカッコいいだろ、響き。ネザアスも、地下世界のイメージあって悪っぽくていいよな。だけどユーネは柔らかいっていうか、硬派なおれのイメージに合わないかなって」

「そうかなあ」

「そうだよ」

 ネザアスは変なところを気にする。

「やっぱ、おれの名前は、硬派でカッコよくないとな」

 ネザアスは思春期の少年のようなことを言う。たまらずフジコは笑い出し、タオルと着替えを渡した。

「ふふっ、じゃあ、カッコよくするために、ネザアスさん、シャワー浴びなきゃだね」

「ん? なんでだ? そりゃ、濡れたが、大して濡れてはねえし、このくらいの汚泥は」

「鏡見るとわかるよ」

「鏡?」

 そういって、ネザアスは廊下の姿見を見て声を上げた。

「うお、なんだこれ」

 今日の雨は、黒物質の量が多い。ネザアスの顔は、額から滴る雨粒でまだらに黒くなっていた。スイカのお化けみたいだ。

「あははっ」

「スワロ、てめー、なんで教えてくれねえんだよ!」

 ぴ、とスワロが意地悪く鳴く。

「もういい! 俺、シャワー浴びてくる!」

 ネザアスは子供みたいに不機嫌になると、さっさとシャワールームに入って行った。

 そんな彼をみて、スワロと彼女は思わず笑ってしまうのだ。



 孤島の毎日は静かだ。

 陸とのやりとりは、時折届く荷物だけ。たまにウィステリアが買い物に出ることもあるけれど、申請も面倒。基本的には一人きりで、島にこもったまま。

 写真の黒騎士に挨拶をして、灯台に火を入れて桟橋で囚人を鎮める為の歌を歌う。

 そんな変わり映えのしない朝。

 だが、このごろ、そこに通ってくるものがいる。

 彼女が桟橋に立つと、いつのまにか彼が近くにいる気配がした。

「おはよう、今日も来てくれたの?」

 恥ずかしがり屋の彼は、海の中に隠れているが、声をかけるとざぱりと海面を割って顔を見せる。

 といっても、彼の姿は一つの目があるだけのふんわりした不定形だ。

 滴る体の水気を落として、するりと桟橋に上がってくる。

「おハよう」

 彼はちょっと照れたように挨拶を返す。

「人魚、今日、何、歌う?」

 相変わらず彼の声は濁っているが、聞き取れないほどではない。

 うにょーんと伸びる不定形の体は、見慣れるとちょっと猫に似ている。バランスを取るのに良いのか、彼の頭には二本の突起があるがそれが垂れ下がっているので、動物の耳に見える。

 まあ、猫というより、本当は一つ目のメンダコに一番似ている。

 彼は自分のことを醜くておぞましいというけれど、見慣れるとさほど怖いものでもなかった。

「今日はそうね、貴方の知らない歌にしましょうか」

「楽しミ」

 彼は目を細めて笑う。

 この泥の獣、凶悪な囚人プリズナーに似て非なる、自我のある黒物質の獣が、ウィステリアの歌を聞きに来るようになってしばらく経っていた。

 ウィステリアが歌う間、彼は目を細めてそれを聞き、時に気持ち良さげに寝てしまう。

 本来誰も聞くことのない、泥の海に捧げられるだけの魔女の彼女の歌声だが、そんな彼女の歌を彼が聞いてくれるのは嬉しい。

 桟橋は海に近く、囚人に襲われることもあるが、彼が牽制している間は安全のようだ。

 その獣は、明らかに強い部類の獣。彼がいると、力の弱い囚人達はおそれて近づいては来ないのだろう。

「今日ノ歌、トテモ良イ。まタ歌ってくレ」

 ウィステリアがパンを食べていると、隣で彼がそう言った。彼はあまり人間の食べ物を食べないようだ。勧めてみたが、大丈夫と断られた。

「ふふっ、嬉しいわ。貴方はA共通語の歌が好きなのね」

 そして、ふと考え込む。

 きょとんと彼が大きな目を瞬かせた。

「ドうしタ?」

「あたし、貴方の名前を知らないわね。名乗ってもないわよね」

 彼は目を瞬かせる。

「人魚モ、なまえアルのか?」

「あたしは人魚じゃないわ。この魔女の服は、魚のひれに似ているかもしれないけれど」

「人魚違ウ? 歌キレいなのに?」

 獣は大きな目を瞬かせた。

「そうよ。あたしはどっちかというと魔女なの」

 ウィステリアは一応そう言ったが、彼が初めに見たであろう、前任者のヤヨイ・マルチアではないことを告げられなかった。

 人魚姫と呼ばれたマルチアは、上品で美しく、確かに人魚に見えただろう。けれど、それを言うと彼が離れていってしまいそうで、ウィステリアはどうしても言えなかった。

 その代わり、彼女は名乗ることにしたのだ。

「あたしはウヅキ・ウィステリア」

 汚泥の化け物に名前を名乗るのは、本来はリスクの高い行為だ。

 ウィステリアは魔女なので比較的古いタイプの"人間"だが、それでも管理局から与えられている識別データというものを、彼らに取られて汚染されると、何かしら体の方にも不具合が起こるらしい。ウィステリアは専門でない上、詳しく知らされていないが、今の人間は特に"材料"と"データ"で実体化しているらしい。

 ともあれ、登録名を相手に教えるのは、自分のセキュリティを破る為の解析のヒントを与えるようなもので、本来なら慎重になるべきだった。

 名乗っても良いかと思えたのは、その獣にどこまでも悪意がなかったことと、ウィステリアは、他に身寄りもなかったこともある。

 自分に懐くこの歌の好きな獣に、食われても別に良いかと、ウィステリアはどこかで思っている。

「うぃす、てりあ?」

 きょとんと一つの目を瞬いて、獣はそう繰り返す。

「ウィスでも良いわよ。呼びにくいでしょ」

「うぃす? で良イ?」

「ええ。そんなふうに呼ばれているわ」

 ウィス。と、獣は反芻して目を細めた。

「うぃすてりア、は、多分花ノ名前ダろ」

「よく知ってるわね」

「うム、微かニ記憶アル。綺麗ナ名前。そうカ。人魚ハ花だっタのか」

 彼の中でどういう理解になったのかわからないが、うんうんと彼は頷く。

「オれ、ウィスって呼ぶナ」

「ええ」

「へへ。ウィスだナ。名前教えテ貰ったノ、おレ、初めテ」

 彼は上機嫌だ。ウィステリアは尋ねる。

「あなたは?」

「オれ?」

「うん。貴方の名前聞いてなかったもの」

「おレの、なまエ?」

 うーん、と彼は考え込み、それからうつむいた。

「おレ、名前、ない」

「名前がないの?」

 そう聞かれて、彼は悩む。

「いや、ソノ、多分、覚えテなイ」

「覚えていないの?」

「ん」

 獣は視線を落とす。

「おレ、自分がココにいるノ、どうしてカわからなイ。ダカラ、名前も知らナイ。でも、多分、ムカシ、おレも名前あっタと思う」

「記憶がないのね」

「そう……」

 こころなしか、彼はしょんぼりしているようだった。

「気ガツイたら、海の底イた。その前ハ、わからない」

「そうなのね。ごめんなさい、変なこと聞いて」

 ウィステリアが目を伏せる。と、彼が慌てて言った。

「ア、でも。ココ、何か文字あル」

「文字?」

「ん、デモ、俺自分デ読めナイから。ただ、名前カモっテ」

 彼がいうのは、どうも彼の顔らしき場所のある下の部分だ。

 不完全に人型になれる彼は、左のヒラヒラで手のような形を作ってそこを示す。首のあたりになるのだろうか、黒い体のそこにエンボス加工されたような痕跡がある。光に透かすとなるほど、確かに文字のようだ。

(これは、製造番号?)

 上層アストラルの正式な強化兵士なら、普通胸元に製造番号がある。黒騎士のネザアスがそうだったように、それは登録名につながる。名前がわかる可能性が高い。

 が、どうも読めない。削れている部分が多そうだ。

「さわっていい?」

「エ?」

 彼はちょっと困って、

「大丈夫? おレ、もしカしたら、ニンゲンには良くなイノ、あるカモ。ヤケドするカも?」

「囚人の汚泥は、確かに皮膚が爛れたりするわ。でも、貴方は囚人じゃなさそうだし、あたしに耐性あるし、多分、大丈夫」

「それなラ、良いケド……」

 はらはらしながら彼が見守る中、ウィステリアはそうっと彼に触れる。

 ふつう、汚泥に触れると冷たく、それでいて火傷するような熱い刺激を感じるが、彼の表面はほんのりと温かい。そっと撫でてみる。

(汚泥みたいにねっとりしてるのかと思ったけど、なんだか、すべすべしてる。まとわりついたりもしないのね。あたしが作った黒物質の子みたいなものかな。手触りがいい)

 毛はないけれど、なんだか犬猫のような感じ。

(ちょっと可愛い)

「ウィス?」

「あ、ご、ごめんなさい。撫でられるの、嫌よね?」

「ううん、ヤケド、しないか心配ダった」

「それは大丈夫みたい」

 指先でウィステリアは文字を辿る。

「うーん、削れていて読めないわね。U、それから、N? K? あとはゼロかな? 数字っぽい」

 ウィステリアはうーんと唸る。

「ゆー、えぬ? けー? Unknownアンノウン?」

 もしそれなら、謎の多い彼そのものだけれど。彼女は苦笑した。

「そういえば、オーエンさんだとか、もじった名前、昔読んでもらったミステリーの本であったような」

「みすてり?」

「ああええ、そう言うのがあってね。今度読んであげる。それはともかくとして」

 とウィステリアは目を瞬かせた。

「Kは普通に考えると……」

 Kのあとは数字。だとすると、それは種別を示す記号。

(白騎士のKだ……)

 製造番号が刻まれているのは、強化兵士だけだ。そして、Kのつくのは、BKとWKのみだ。

 BKは黒騎士を示すが、黒騎士として登録されていたのはあの黒騎士奈落のネザアスや静寂のドレイクを含めて、ほんのわずか。

 ほとんどはWK、白騎士だ。ということは。

(もしそうだとしたら、この子のベースになった体は白騎士? もしかして、汚染されて取り込まれたけれど、なんらかの事情で自我の残った白騎士ってことかな。うーん、でも吸収した白騎士の番号ということも?)

 泥の獣に取り込まれた感染した白騎士が、自我を保てた話は聞かないが、感染してのち治療して全快した白騎士はいる。

 なんにせよ、Kが白騎士でその後のゼロが通番なのだとしたら、前半のUとNが名前の一部なのだ。

「名前は多分、UとNのついた名前だったんじゃないかしら。心当たり、ある?」

「んー、うーーん、わからナい」

 考えて、彼がしょぼりとする。

「思い出セタラよカったのに」

 そんな様子にウィステリアは、かわいそうになる。

「でも、名前がないと不便だし、あのね、あたし、提案があるのだけど」

「てーアん?」

 ぱちぱち目を瞬かせる彼に、ウィステリアはそっと告げる。

「本当の名前がわかるまでの、仮の名前、あたしがつけてもいい?」

「仮ノ名前?」

 彼がそうつぶやいて、ふわっと嬉しそうになる。

「ソレ、オれに、名前クレることか?」

「うん。その名前で呼んでいいかな?」

「嬉しイ。おレ、名前イマまで無イし。ドんな名前ツけル?」

「それじゃあ、そうねえ」

 ウィステリアは、ちょっと考える。

 ペットめいた名前ならすぐ思いつくが、彼がほんの少しでも元がヒトな可能性があるのだとしたら、もっと人間の名前らしい方がいい。

 よく考えると性別などもわからない彼だが、仮に白騎士なのだとしたら、八割型男だろう。白騎士に使われたナノマシンは、魔女とは対照的に男性との相性が良く、白騎士になったのはほぼ男だった。

 できたら男性名。Kはおいておいて、名前のカケラは、U、N。

「ユーネ……とか」

 ぽつりとつぶやく。

「ゆうね?」

 彼が大きな目を瞬かせた。

「あ、えっと、思いついただけなんだけどね」

 ユーネは、たしかYUNEだ。

 あの、黒騎士奈落のネザアスの、公式通称だった。製造番号を短縮した、あくまで機械的なその名前は彼には好かれていなかった。上層の幹部にそう呼ばれると、彼は嫌がっていたけれど、ウィステリアはその名前は意外と好きだった。

「なんてね、これ、知ってる人の名前で……、貴方には何か別の……」

「ゆーネ、良イ!」

「え?」

 彼の声が割って入って、ウィステリアは目を瞬かせた。見れば彼は目をきらきらさせている。

「ソレ、おレ、気に入っタ。ゆーね、オれの名前にすル」

「え、良いの?」

「ん」

 笑顔で彼は頷く。

「そうね、それじゃあ、あたしはあなたのことをユーさんって呼ぼうかな」

 ほんの少し、犬猫っぽいといったら怒るかもしれないけれど。さんづけしてるから良いか。そんなことを考えつつ、ウィステリアがそういう。

「ウィすがそう呼んでくれるなら、おレも嬉しい」

「ふふ、じゃあ、よろしくね、ユーさん」

 そんな話をしていると、不意に空から雨が降ってきた。

「あら、にわか雨? 空は晴れているのに」

 ただ、沖の方に雲がある。風で流れてきたのか、それとも。

上層アストラルから漏れてきたものかしら」

「雨?」

 名前がついたばかりのユーネが、わっと起き上がる。

「雨、だめ。ウィスにハよくなイ!」

「そうね。ここの雨は汚染されているから。戻るわね」

「うん」

 頷きながらもユーネは少し残念そうで、ふとウィステリアは帰りかけた足を止めた。

「ねえ。ユーさんも、うちに来ない?」

「エ?」

「雨だから、雨宿り」

 ウィステリアは少し微笑んだ。

「アマヤドリ? い、イイのカ?」

 ユーネは大きな目を見張って、おそるおそる尋ねる。

「ええ。よかったら、雨宿りしていって」

 得体の知れない泥の獣、そんな彼に名前を教えてしまったのだから、家に導くのも大差はない。

「もっとお話ししたいし。ね、早く行きましょ」

 早まる雨足に、ウィステリアは慌てて桟橋を戻る。

「わ、わかっタ」

 ウィステリアのあとを、おそるおそる彼がついてくる。

 その体を黒い雫がしたたっている。なんとなくまだらになっていて、ちょっとすいかみたいだ。

(泥の海にいたんだし、一回、シャワー浴びてもらおうかな)

 ウィステリアはそう考えながら、思わず吹き出してしまった。

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