4-3

 リオラと手をつなぎながら街道を歩いた。石畳の凸凹とした道は、両側に建物を添えて港まで続いている。石灰を多く含んだ土壁は真っ白で陽の光浴びると眩しく見える。吹き込む風は潮の匂いを孕み、その風の源である海は青くすんで穏やかだ。

 それとは正反対に街は忙しい形相だった。

 露店の準備に追われる人々。普段はしないような装飾を店に施し、街を彩ることに精を出す。

 普段見慣れない街並みにリオラは、キョロキョロと顔をあちこちに向けていた。

「すごいんだね。収穫祭って」

「そりゃね、これから一年、飢餓なく過ごせることが決まったから、みんな、おめでたいのよ」

「エミリーは詳しいんだな。やっぱり元々貴族だから来たことあるの?」

「元々貴族ってあなたもでしょ。それに、上級貴族だったにしても私は来たことないわ。今回が初めてよ」

「へー、以外。上級でも呼ばれたりとかないんだ」

「ウィリアムズ家が上級なのは、あくまでボリオス(北部領)だけのはなしなの。国全体で見たらもっとすごいのがたくさんいる」

 そんな会話をしながら風車の方に向かっていると、突然、準備をしている婦人に声をかけられた。

「ちょっとあんた。この彩燈さいひのランタンを掛け軸にかけてくれないかい。私には高すぎてね。手が届かないんだ」

「ええ、いいですよ」

 ランタンを受け取ると魔法でふわっと浮かす。引っ掛けるための突起にランタンをかけた。

「あんたロドリゲスなのかい」

 婦人は、驚いたように目を丸くする。

「そうですけど、なにか……?」

「いいえ、ロドリゲスの末裔はあんまりいい噂を聞かないけれど、案外親切なものなのね」

 婦人の配慮のない発言にエミリーが食ってかかる。

「ちょっと偏見が過ぎませんか」

 目尻を吊り上げて睨むエミリーに、婦人は戸惑いの色を見せた。

「えっと、そういう意味で言ったわけでは……」

「いいよエミリー。こういう扱いには慣れている」

 エミリーはむすっとした表情で先に風車の方へと歩いていく。僕は婦人に一礼するとリオラの手をひいて慌ててエミリーの後を追った。

 父さまは先祖の罪がどうとか言っていたが、結局それが具体的に何だったのか教えてくれる前に死んでしまった。だから僕にはご先祖様がこの国で何をしでかしたのかは全く知らない。

 だけど、エミリーはもう知ってしまっているのだ。ロドリゲス家が過去に犯した罪を。そのことについて知識を得ることが許されるのは十五歳以上だと決められているから、僕も知らないし、他の元貴族の連中もほとんどが知らないだろう。だが、ロドリゲス家だけは無下にしても良いという教育を施す家もある。

「ラルフは見送り人っていう大役があるのになんで、虐げられなくちゃいけないのよ」

「あの人だって悪気があったわけじゃないと思うよ」

 それを聞くとエミリーは余計にむすっとする。

「あんなこと言うってことは、虐げてもいいって思っていることよ」

 僕は何も言い返せず、んーと唸ることしかできなかった。

 この空気、重たい。重たすぎる。

 空気の重みにリオラは耐えかねたのか、口を開いた。

「もう、ラルフもエミリーも今日はそういう日じゃないんでしょ。楽しまないと」

 言うとリオラは、僕とエミリーの腕を引っ張る。

 リオラは城に篭ってばかりだからこういう時くらい、はしゃぎたいのだろう。 


 街道を港方面に下り、坂の中腹あたりにある風車の前についた。

 製粉用のこの風車は、街の中では最も立派な建物ではあるが、今日は風がないせいで全く微動だにしない。

 リオラは、間近に聳える巨大な風車を惹きつけられるようにまじまじと見上げる。

 建物の二階分に相当するほどの立派な羽根は、腐敗防止の漆が塗られているせいで真っ黒だ。けれど、その分ツヤがあり、木材らしからぬ装いは格好良く見える。

 初めて近くで見たリオラが見入ってしまうのも仕方がないだろう。

 中に目を向ければ入口付近にはパンパンに膨らんだ麻袋がいくつも置かれていた。

 奥の方から男の人が出てくる。ちょっと強面で麻服を着、黒髭を頬下から顎に蓄えたその男の人は麻袋を抱えるように持ち上げると、奥の方へ戻っていった。

「ラルフ……」

「わかってるよ。……すみません」

 声をかけると奥の方からさっきの男が顔を覗かせる。

「なんだい。どうかしたか」

「風車の中を見させてもらえないですか?」

「ああいいぞ。見せるぐらい。こっちにきなさい」

 中に入ると床には小麦粉の入った袋がいくつ置いてあった。大きな石臼の上には木の柱と巨大な歯車が複雑に組み合わさり僕はそのあまりの迫力に声を上げる。

「うわー、すごいな」

 止まっていても大迫力ではある。しかし、僕の反応とは対照的にリオラはなぜかしょんぼりとしている。

「動いてない……」

 リオラが呟くと、風車の管理人は嘆くように言った。

「ごめんよ、お嬢ちゃん。今日は風がなくてよ。この通り、まったく動かないんだ。日の入り前に小麦粉を店に届けなくちゃならねえのに、困ったもんだ」

 石臼のそばには、中身が小麦と思しき麻袋が大量に置かれている。これを今から手作業で製粉するとなると相当な作業だ。日が少し傾き始めた今からでは日の入りまでに作業を終えるのは、到底不可能に見える。

 しかし、僕はあることを思いつき、提案してみることにした。

「おじさん。僕に任せてよ」

「任せるって、一体どうする気なんだい?」

「僕が魔法で風車の羽を動かしてあげる」

「そんなことできるのか? いや、物は試しだな。頼もう」

 僕は外に出て風車を見上げた。建物の二階分ほどの長さの羽根。今までこれだけの大きさのものを動かしたことはないが、リオラを喜ばせるためだ——、やってやる。

「おじさん、準備はいい?」

「ああ、準備できた。回してくれ」

 おじさんの声を聞き、僕は風車に魔力を込める。一箇所に力を集中すると羽が折れてしまうから、全体を動かすように最初は少しずつ——。

 かなり神経を使う作業だった。力加減を繊細に調整すると羽はゆっくり動き出す。ギーがこっここ——という歯車が動く音が建物の中から聞こえ、徐々にその重みが消えていく。羽が順調に回り出すと、中からリオラのはしゃぐ声が聞こえてきた。

「ラルフ、すごーい。動いたよ」

 その声を聞いて僕は嬉しかった。リオラの喜ぶ声をもっと聞きたくて、風車を回し続けた。風車の勢いが増すごとに僕の耳にリオラの喜ぶ声が届く。

 しばらく経つと、十分に製粉ができたのか風車の管理人は中から出てきて僕に声をかけてくる。

「よーし、もういいぞ。ありがとな。これは少しばかりの気持ちだ。今日の収穫祭で使ってくれ」

 そう言うとおじさんは銀貨を三枚、僕に手渡した。

「ありがとう。おじさん」

「礼を言うのはこっちの方だ。また風がない時に来てくれよ。今度は奮発するからよ」

「わかった。都合が合えば来ることにするよ」

 僕はまたくることを約束し、風車を後にした。

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