1-3
馬の背に揺られながら山間を抜けた。僕らが、フィーネラルに到着したのは、月が一番高くなった頃だった。フィーネラルは、あまり大きな村ではない。入り口から見えた建物の数は、片手の指で数えられるだけだった。
辺りにはモーゼスと同じ鎧を着た兵があちこちにいる。
——なんで異国の傭兵がこんなにいるのだろう?
近くを通りかかったモーゼスの仲間と思しき男が声をかけてくる。小太りで優しそうな顔をしている。
「ああ、お頭、戻ったんですね。その子がロナデム村の子ですか?」
「ロドリゲス家の長男のラルフだ」
「では名簿に記名しておきます。いやー、今夜だけでこれで十人目ですよ。ここからどれだけ増えるのやら」
「仕方がないだろう。こんな状況なんだから」
「何が起こってるの?」
僕が訊くとモーゼスは短絡的に答える。
「飢餓だよ。ラルフ、知らなかったのか。
災いの前触れか……。僕にとっては今この状況が災いが起こっているようなものだというのに。この男にとってはその程度のことなのだろう。
「宿場にゼルフィー殿が待っております。戻った
ら来るようにとのことでした」
「わかった。こいつを送り届けたらすぐに向かう」
そういうともモーゼフは馬の横腹をとんと蹴って歩かせる。
教会前について僕は馬をおろされた。ありがとうと、軽く礼だけ言っておく。
「じゃあな、ラルフ」と声をかけるモーゼス。
僕は右手をひらりと返し、教会の方へ歩いた。
教会も村の規模に相応しい大きさの建物だった。月明かりで照らされ、僅かに見えた境界の全貌は白い石煉瓦の壁に赤土色の屋根が特徴的な建物だった。入り口側中央には上に突出するタレットがある。とんがり屋根の先端には十字架が飾られていた。
扉前に着くと両開きの扉に取り付けられた円形の金具に手をかけ、こんこんと二回鳴らした。待っていると扉が少し開き、隙間から修道女が顔を覗かせる。僕の胸の刺繍を見るや修道女は目を細めた。
「その刺繍、ロドリゲス家のものですね。お入りになってください」
中へ入れてもらうと、大部屋に案内された。
部屋の中には既に何人か避難してきたであろう子供がいた。暗い部屋の中、ベッドの上で横たわり、悲しみに暮れているのだろう。
ベッドの合間を縫って空いてるところに腰掛けるように言われ、僕は言われたとおりにする。
修道女は、ティーカートの上のポットをとると、そばのグラスに液体を注いだ。
差し出されたコップをとり、中の液を飲んでみると、バラの香りがかすかにした。姉さまが、よく眠れない夜に入れてくれたお茶の香りだ。
お茶を飲むと不安が和らいだのか、不思議と落ち着いた。
「お怪我は右足だけですか?」
「そうだけど」
修道女は挫いた右足に手をかざす。やがて手から淡い緑色の光が発生し、患部に流れるように入っていく。張り付くような鈍い痛みがじわじわと引いていき、動かすのも痛かった右足は嘘のように回復した。
「近いうちに王都からお迎えが来ます。今日はお休みになってください」
(そうか……。僕はこれから王都に送られるのか)
修道女が立ち去るのを見て、僕は横になった。目を閉じても全く眠れそうにない。
もう二度と会えない。父さまにも、母さまにも姉さまにも。一生、生きている限り会えることはない。もうあの日常は戻ってこない。
何度も寝返りを打った。
目を閉じたまま、微睡が向かえにくるのをじっと待った。
◇
ラルフを教会におくり届けたあと、モーゼスはルカを連れて宿場へと向かった。そこで待つのは聖魔導師ゼルフィー。王の側近である。
常人では、到底到達できないほどの知能と魔力を有する、いわば王の頭脳にもなり、盾にも矛にもなれる存在。
バーバスカム王国が
しかし、モーゼフはゼルフィーが苦手だった。全てを見透かすような目とこちらから全く真意を読み取らせない乏しい表情は虫唾が走るほどの嫌悪感を抱かせる。
宿場の扉を開けると、ゼルフィーはロービー兼酒場の客席に鎮座していた。テーブルの上には人の頭並の大きさがある水晶玉が置かれている。この老人の澄ました顔を見るに、どうやら既に事実を知っているのだろう。
黒いローブを被った老人は、二人の姿を目視すると萎れた声を発した。
「戻ったか。どうだった?」
モーゼスが答える。
「言わなくてもわかっているのだろ?」
「まあ、
「その辺の対策はあんたらが持つ騎士様にして貰えばいいだろう。それより、あんたの言うとおり反乱は起こったが、もう少し正確な時間を予知できなかったのか? 領主を誰一人として救えなかったのだぞ」
「無理だ。私は予知することはできない。出来るのは、見える事実から予測することだけだ」
そう淡々と話すゼルフィーにルカが尋ねる。
「一つ聞きたいのだが?」
「なんだ?」
「バーバスカム王国の北部、全ての村が同時期に不況に見舞われた。気候変動による干魃が起こったわけではないのにだ。何か他の原因があるのではないか?」
「ほーう、さすが他国を渡り歩いてきた傭兵だけある。目の付け方が違うな。そうだな、複数原因はあるが大きなものをあげるとするなら星の子の存在だろう」
「星の子? バーバスカムとヨサの言い伝えに出てくるあれか?」
「そうだ」
「でもあの話は村の男と恋に落ちた星の子が、自らの生命力を使い切って隕石を破壊するという話ではなかったか?」
「言い伝えではそうなっておる。だが、星の子が現れた時、辺りの土地が作物を育てられないくらい枯れたともいわれている。あれは大地の、特に人の命の源となる作物の生命力を吸い取るのだ」
「つまり、星の子が今どこかにいるということか? にわかには信じがたい話だ」
ルカが低い位置で腕を組む。モーゼスもこの話には、疑問に思っていることが多い。
「では今、この地に迫り来る危機をそなたらに見せよう」
ゼルフィーは水晶玉に手をかざすと何やら呪文を唱え始める。
「我、神に教えをこう民なり。我らに迫る危機を示したまえ」
すると、水晶玉が真っ黒く変色し、その中に一つ巨大な岩の塊が映し出された。
「これが空のはずれからこちらに向かっている。あと五年もすれば流星となって降ってくるだろう。もし仮にそうなれば人間はおろか、地上のほぼ全ての生き物が全滅する」
「つまり、この岩の塊が大地に衝突する前に星の子を星見の台座に連れて行かないといけないということか?」
「そうだ。星の子は北部にまだ潜んでおる。銀髪の黄色い瞳をした少女じゃ。なるべく早く探し出して保護するのだ」
「捜索は明日からでいいよな」
モーゼスが気重に訊くとゼルフィーは頷く。
「それでよい。星の子はそう簡単に死なない。ただし、管理できるところには置いておきたい。近いうち、必ず王都に連れてまいれ」
ゼルフィーの指令を受けると、モーゼスとルカは逃げるように宿場から外へ出た。あの男といるとどうにも神経が震えるようで居心地が悪い。
「まさか、星の子が現れていたとはな……、まったく思いもしなかったな」
「まだ信じるのは早すぎると思います。村民の反乱すら的確に予測できなかったというのに、あの小天体だけ鮮明に見ることができたのが不思議でなりません」
「まあ、そうかもしれないが、明日はどのみち、遺体を回収しに北部へ向かう。特徴も聞いてあるのだからついでに捜索しよう。そのつもりで準備しておけばいい」
ルカにそう伝えるとモーゼスは、戻ってくる仲間を向かい入れるため村の門へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます