第7話 小さな一歩は、私を変えた。
私は必要な道具や服を専属の商会に依頼し揃えて貰う。
冒険者用の、なるべく良い装備一式。商会の担当者は少しだけ怪訝に思っていたみたいだけどすぐに用意してくれた。
何かあった時の為に動かせるお金は貯めていたのだけど、こんな形で役に立つとは思わなかったわね。
届けられた服を試着してみる。
ドレスを着ていた私とは全く違う装いでお洒落とは無縁だけど、実用的ですぐに気に入ったわ。
しっかりした皮のブーツに厚みのあるズボン。ジャケットも着心地がよかった。
「その姿もお似合いです。少しばかり複雑ですが……」
メイドのレイはまだ納得していない。主人の私に表立って否定はしないが、わざわざ危険を冒してほしくないのだろう。
「大丈夫、とも心配しないでとも言えないわ。でも、大事な事なの」
そう言ってレイを宥める。
これから私は本来聖女の力で対処するべきだった魔物を自分の力で討伐しに行く。
私一人のつもりだったけれど、何人かはお目付け役として付いてくるらしい。
最悪の場合には私を連れて助けるためだ。
これも断ったら流石に許してくれなかったわ。公爵家の娘なのは自覚しろって。
ブーツの紐を固く結び、手袋を奥まで履く。気合が入る。
食料や水を入れたリュックを背負う。
お化粧は本当に簡単にだけしたけど、多分すぐ汗で消えちゃう。
私は家の門まで来ると、我が家である公爵家を振り返る。
見送りにポーテスやメイドが来てくれた。
家にはしばらく戻らないつもりだ。旅費は多少はある。
両親は大金を持たせようとしたけど、私はピクニックに行くつもりじゃない。
思えば迷惑ばかりをかけてきた。今もきっと迷惑をかけている。
ごめんなさい、と謝り私は前を向いて出発した。
まず目指したのは近くの街だ。
その周辺では公爵家の騎士団が魔物を定期的に討伐していて、あまり危ない魔物はいないらしいので試しにはちょうどいい。
私は聖女としての本格的な力はまるでないけど、実は魔物の位置位は把握できる。
その把握した魔物に何もできないから期待外れの聖女って呼ばれたんだけど、今は違うわ。多分。
しばらく歩き続ける。
従者も無しにこんなに一人で歩いたのは神殿に駆け込んだ日以来かしら。
天気も良いわ。風も気持ちいい。
私は若干ピクニック気分に浸っていると、何かが跳ねるような音が近づいてきた。
あれは……ポヨンだわ。
オレンジ色のポヨポヨと跳ねる魔物で、移動も遅い。
ぶつかってくるから子供には少し危ないのだけど、木の枝があれば倒せるという最弱の魔物。
私にはうってつけね。
ポヨンは私の方へ向かってゆっくり跳ねてくる。
ポヨンの方へと向き、立ち止まったままぶつかってくるのを待つ。
ポヨンが手前まで来ると、身を縮めて力をため私へと跳ねて突進してきた。
私は右手の手のひらをポヨンへ向け、ポヨンを受け止める。
手のひらにはポヨンが突進してきた力が伝わるのが分かった。
小さい子供なら倒されて怪我をしてしまうかもしれない。その程度の力だ。
私はその力を手の平で循環させ、ポヨンに返した。
その瞬間ポヨンは破裂して私の右手にオレンジ色の液体がかかってしまった。
ポヨンはオレンジの味がすると聞いていたので、あまり良くないことだけど少し舐めてみる。
確かにオレンジの味がして、まるでゼリーのような食感だった。
魔物の一部は食用として食べられるものもある。ポヨンもその一つだ。
食べる際に本当は火を通すのだけど、舐めるくらいなら大丈夫らしい。
今回の為に色々調べたことを思い出して、私は知らなかったことをたくさん知った。
魔物をどうにかするための聖女なのに、実のところ知らない事ばかりだったのは少し恥ずかしい。
私はハンカチで右手の液体をぬぐいとる。川があったら洗いたいわね。
気を取り直して私が進もうとすると、突然背中に何らかの衝撃があった。
私は意識するよりも早くそれを受け流す。
痛みはない。受け流しは奇麗に成功したようだ。
私は急いで振り返ると、そこに居たのは白いもこもことした毛に覆われたまるで毛玉のような魔物だった。
確かこれは、ルナーフっていう魔物。
ポヨンよりも危険で、毛玉の所為であまり叩いてもダメージが与えられないとか。
肉食ではないから食べられたりはしないけど、人間にぶつかるのが面白いらしい。
魔物はどうにも、人間に危害を加えるのが楽しいのが当然のようだ。
このような小さい魔物ならいいが、人間よりも巨大な魔物がそうやって危害を加えれば、当然沢山被害が出てしまう。なんとかしないと。
ルナーフも食用とされている魔物だったはず。
倒して街に持っていけば買い取ったり料理してくれるのかしら……。
私は冒険者ではないのだけど、魔物をこれから退治していくわけだしそういったことも試してみたい。
ルナーフの見た目は可愛いけれど、私は容赦なくぶつかってきたルナーフをその勢いのまま地面に叩きつけた。
毛玉で衝撃が和らいだのか、気絶してしまったようだ。とりあえず縛っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます