第6話 本来私が成すべき義務
ハーグ先生に師事してから半年ほど経った。
彼は飄々とした人物だけれども、武術に関しては真摯なのだろう。根気よく私に教えてくれる。
私は感覚では分かるのだけど、それを言葉にするのが難しくて、その所為で上手くいったやり方を再現するというのがなかなか出来なかった。
お嬢様も人間らしいところがあって良かったですね。なんて本気かどうか分からない冗談は笑えなかった。
不器用なのは自覚している。何故かこれだけは上手くいくだけだ。
私は目隠しされた状態で立っていた。
視界は閉ざされ、周囲に気配はない。そもそも私は気配なんてものは良く分からない。
左肩に何かがぶつかる。私はその何かから伝わってくる力を受け流し、私の体の中を巡った後その何かに力を返した。
堅い何かが破裂した音がした。
次に右足が打ち据えられた。
私は無理に抵抗することなく、怪我をしないようにそのまま地面へと力を流した。
地面にくぼみができ、私は少し姿勢が崩れた。
そこへ私の胸に何かが突かれる。
少しだけ体を逸らすと、胸を突いた何かは貫くことなく私の体を伝っていった。
相変わらず私には何も見えないし、何が起こったのかは分からない。
ただ私に加えられた力を、適切に受け流しているだけだ。
奇麗に受け流せるとその力は相手にそのまま返すこともできる。
右の頬に堅いものがぶつかる。何もしなければ大怪我をしてしまうだろう。
私はぶつかった堅い物に対して力を全身に拡散させる。逃げ切れなかった力が足の裏から地面に流れた。私は拡散された力を右の頬に戻し、その堅い物へ返した。
「そこまで。目隠しを取って良いですよ」
ハーグ先生の声で、メイドが私の目隠しを取る。
私の周囲には壊れた木剣が散らばっていたり、足元の床が破裂したりと散々だが、私には怪我一つない。
私の目の前ではハーグ先生の拳が血塗れになっていた。
「素晴らしい。完璧に返されていたら私の拳が完全に砕けていましたね」
近くにいたポーテスは青い顔をしている。
「信じられない。本当にお嬢様はケガをしていないのですか? 木剣で打ち付けられ、ハーグ殿ほどの武術家に足を蹴られ、胸を突かれ、あまつさえ殴られるなど」
「一切加減してません。そして結果はこれです」
ハーグ先生は裂傷にだらけの手をプラプラさせる。
ポーションをかけ流してその怪我はすぐ治る。
「鍛えたのは私ですが、いやはや……もう私じゃティアナお嬢様には勝てそうにないですねぇ。普通の打撃は一切利かない、どころか殴った力が返ってきて痛いです。一点に絞った攻撃は簡単に逸らされる。なら投げは」
ハーグ先生は私の右手を掴み、そのまま私を上へ放り投げた。
地面が遠くなり、私はそのまま床へ叩きつけられたのだが難なく足から着地する。
少し勢いが有ったので私は力を横に逃がすために一度転がった。
「力による圧力では姿勢が崩れないから投げてもダメージがない。どうやって倒せばいいんですかね。流体が自然に出来ていますから、刃物を直接受けたりしなければ怪我もしませんよ。つまり免許皆伝です」
「褒められているんですよね……? 先生、ありがとうございました」
「後は目を鍛えてくださいね。矢でも何でも掴めれば後はどうとでもなりますから」
「この後はどうすればいいでしょうか」
「実践、実践、実践あるのみです。幸い魔物も沢山いますから……おっと、これはあなたに対する嫌味じゃないですよ」
「分かってます。先生は嫌味は言わないですから。ちょっと軽薄だからそう聞こえますけど」
「ははは。いやぁ誤解されやすくて困ります。しかし……武の神様、私もあってみたいですね。やはり神との対話は聖女様の特権ですか」
私も神様と会ったのはあれ一度きりだ。本当に神様だったのかもわからないけど。
先生は来た時と同じようにあっさりと帰っていった。
去り際に勉強になりましたよ、お嬢様と残して。
「それじゃあ、しばらく魔物退治をしてみようかしら」
「お嬢様、流石に御冗談……ですよね?」
メイドは困ったように私に聞いてきたが、もともと魔物を何とかするのが聖女の仕事だし、これは聖女の力ではないけどそれが私の役目ではないでしょうか。
「ちょっと奮発して魔物退治用に装備とか、服を用意しなきゃね」
私が本気で言っているのが分かったのか、メイドは警備長のポーテスに困った顔を向ける。ポーテスは私が一度言い出したら止まらないのが良く分かったのか、静かに首を振った。
「もうお止めはしませんが、旦那様と奥様からの許可は得てください。貴女は公爵家只一人の御令嬢なのです。その身には尊き血が流れているのですよ」
「多く与えられた者は、より多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。魔物を退治することは我々貴族の義務でもあるわ。私は今まで義務を果たせなかった」
「それは! お嬢様の責任では……」
「心配してくれているのね。いつもありがとう。私は私の役目を果たすわ」
両親は何度も何度も説得してくれたのだが、遂に私の意志に折れて認めてくれた。
私が只のお嬢様なら絶対に許してくれなかっただろう。
出来損ないの聖女であったからこそ、本来の役目を果たすという私の言葉を両親は翻せなかった。
私が生まれた意味を、自らの手で生み出す。
もう一度私が自分の足で立つために、それは絶対に必要なことだ。
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