第3話 ダンスは得意なんです。

 朝食が終わった後、お父様は早速使用人を手配してくれた。

 私は普段ドレスを着ているのだけれど、流石にこれから体を動かすのだから動きやすい服に着替えた。


 花の世話をするときの格好なのだけど、大丈夫よね。


 メイドに案内された場所はどうやら普段は使っていない部屋のようだ。

 広い部屋だが、余り物がない。


 床には厚い毛布が敷かれている。

 中には警備を統括している使用人の男がいた。

 名前はボーテス。初老で決して体は大きくないが、凄みを感じさせる人物だった。


 お父様は彼をとても頼りにしている。私の警護にもよく付いてくれていたわ。

 顔こそ昔から怖かったが、彼が優しい人物なのは良く分かっていた。


「ティアナお嬢様、ようこそいらっしゃいました」


 ポーテスは私に頭を下げる。

 私を連れてきたメイドは壁へと下がった。


「旦那様より、護身術を習いたいとお聞きしております」

「ええ、そうなの。勿論ポーテスたちが普段守ってくれていて、それで安全なのはわかっているわ。でも……」


 私が言いにくそうにしていると、ポーテスは言わなくても良いとでもいうように言葉を遮る。


「お嬢様を取り巻く環境は大変複雑で困難です。お嬢様自身が身の安全を守れるならそれに越した安全はないでしょう。旦那様もそう思ったからこそお許しくださったのでしょう」


 ポーテスは私にそう言う。

 随分と心配をさせてしまっていたようだ。私は本当に情けない娘ね。


「それで、お嬢様に教える内容ですが、ひとまず武器を扱うのは後にしましょう」

「そうなの?」


 私が不思議そうに聞くと、鞘に入れた剣をポーテスが渡してきた。

 思ったよりもずっと重くて、それを私はうっかり落としそうになった。


 ポーテスは分かっていたのか柄を掴んだままにしていたので、落としても私が怪我をするなんて場面は無かっただろうけど。


「そう、剣を始め武器はこのように女性には大変重いのです。お嬢様では振れるようになるのにも時間がかかります。武器は持っても短剣まででしょうね」

「ええ、分かったわ」


 本当に私に武の才能なんてあるのかしら……剣を振ることもできないのに。


「短剣の扱いもいずれ。お嬢様にはしばらく、ラーゲン王国流武体術を学んでいただきます」

「武体術?」


 私が聞くと、ポーテスは右手を差し出してきた。


「お嬢様、私の手を握ってもらえますか?」 

「握ればいいのね?」


 良く分からないまま私はポーテスの右手を握る。

 いや、違う。握ろうとした瞬間に膝が全く抵抗なく曲がり、私は膝立ちになっていた。


 私は一瞬何が起きたのかわからなかったが、次の瞬間再び立ち上がった。自分の意志ではなく。


 何かしらこれ。すっごく楽しいわ!


「不思議でしょう? 今のがラーゲン王国流武体術です。武器を一切使用せず、自分の肉体のみで相手を制する。護身に向いていて御婦人方が学ぶには最適です」


 ポーテスは説明してくれていたが、私の頭の中は先ほどの不思議な体験でいっぱいだった。

 私は彼の手を握っただけ。それなのになぜ私の膝が曲がったのかしら。


「ああ、手を握ったままでしたな。一度離します」


 そう言ってポーテスが手を放そうとした瞬間、私は右手の手首を少しだけひねった。

 ポーテスの体が少しだけ傾く。


「なっ!?」

「これ、ダンスみたいね」


 何を隠そう、私はダンスがとても得意なのだ。

 相手がどれだけ下手でもうまく合わせられる。

 その時やっている動きに先ほどの動きはそっくりなのだ。


 ポーテスはそんな私を唖然としながら見ている。


「これは……お嬢様、もう一度やってみてください」

「ええ、こうよね」


 私はポーテスの手を握りながら、ポーテスの手の動きに集中する。


 えいっ。


 ポーテスは一切抵抗することなく地面に手をついた。

 ああ、楽しいわね。これ。


「……天性の才」


 ポーテスは滅多にしない驚いた顔で呟いた。

 良かった。少しは向いているんだわ。私。


 そのあとポーテスはなぜそうなるのかを細かく教えてくれた。


 力には向きがあって、その向きに対抗するには同じだけの力が必要なのだけど。

 その向きを優しく逸らすのなら力はほぼ必要ないのだそう。


 ラーゲン王国流武体術を収めた達人は、たとえ老人になっても大柄の騎士を難なく投げ飛ばしたのだとか。


 その時老人が言った言葉は、相手の力があるなら、最後には私の力は一切必要ない。


 聞くば聞くほどに、私は向いていると感じた。

 私に何の力もないのなら、相手に借りればいい。そう、そうなのね。


 私は今日久しぶりに自分が聖女だったことを忘れて熱中した。


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