エブリン、君を愛してる

おもち。

第1話 その日、俺は最愛を失った

 


 俺は、婚約者のエブリンを愛していた。

 いや違う、今でも愛してるんだ。


 俺は今しがた父親に言われた言葉が理解出来ず、瞬きを繰り返した。


「父上、どうして俺とエブリンの婚約が、破棄などされるのですか!?」

 

 自分が何を言われたのか理解ができない、したくないと心が拒否してるのが自分でも分かる。

 俺はエブリンを愛してる。初めて会った時からずっとずっと、エブリンを愛しているんだ。


 なのに何故、婚約破棄なんだ?

 そう思い尋ねると、父は怒りで震えながらそれでも冷静に話をしようと、ゆっくり言葉を紡いだ。

 

「……お前が今までキングストン辺境伯令嬢にした仕打ちについて、報告書が相手側から届いている。覚えがないとは言わせないぞ」

「……他の女と寝た事ですか?」

「それだけではない。お前、婚約者になんと言ったのだ」

「君には関係ないと。けど、それはエブリンに……っ!?」

 

 言い終わる前に、父上に殴り飛ばされた。

 殴られた衝撃で一瞬目の前が真っ白になった。

 痛みで目の前が霞むが、どうしても父上に言わなければならない事があった。

 

「俺が愛しているのは、エブリンただ一人です!」

「お前はこの婚約の意味を、正しく理解していなかったのか!?この婚約は、我々王都派と辺境派の貴族が結束を強める為、国内外に内乱の兆しなどないと知らしめる為の、大事な婚約だったんだ!!」

 

 そう言って父上は、さらに俺を殴りつけた。

 

「ゲホッ……そ、そうやって仲のいいふりをしろと、言われているみたいでずっと嫌だった!っ俺はエブリンを愛しているのに!」

「黙れ!お前が婚約者を愛しているのなら、尚更自身の行動がおかしいと思わなかったのか!?そんな行動を取り続けたら、どうなるかも分からない程の愚か者だったのか!?」

 

 そう言いながら父上は俺の胸ぐらを掴み、怒りで手が震えていた。

 王都派の令息達からは辺境の野蛮な女を嫁に娶るなんてと侮蔑と蔑みの目を向けられ、家族には何度もこれは政略だ、失敗するな、と念を押された俺はどうすれば良かったのだろう。


 (エブリンの家族も、エブリン自身にも、この婚約をただの政略だと思われていたらどうしよう)

 

 周囲の視線や言葉、自分自身の想いに板挟みになり日々心がすり減っていった俺は、いつしかふとした瞬間に強い不安感や緊張感に襲われるようになっていった。

 そんな不安な日々を過ごしている内に、愛しているエブリンとさえも目が合うだけで言い知れない恐怖が心を支配していき、だんだんと眠れない日々が続いていった。


 (もしかしたら、エブリンは俺の事なんて何とも思ってないのでは?)

 (思いを寄せているのは、俺だけなのだろうか……)


 見えない恐怖に飲み込まれたくなくて、俺はエブリンに会う度繰り返し愛してると伝えた。同じ事しか言わない俺に対し、彼女はいつも必ず私も愛していますと恥じらいながら言葉を返してくれた。

 そんなエブリンの一言だけで俺は泣きたいくらいの幸福に包まれる。

 だが同時に無理矢理言わせているような罪悪感にも陥り、苦しくてその場で泣き叫びそうになった事も一度や二度ではなかった。


 ずっと不安で苦しかった。

 そんな時、エブリンが不在の夜会で一人の令嬢に声をかけられ、その場の流れで一夜の関係を結んだ。

 行為の最中は、不安な気持ちも押し潰されそうな心からも目を背ける事ができ、俺は更にその行為にのめり込んだ。


 その日を境に俺は苦しみから逃れる為、まるで何かに追われるように次々令嬢と関係を結んでいった。

 俺の不実な行いが彼女にバレないとは思わなかったが、その頃にはもうエブリンの事を気にする事が出来ない程心が憔悴していた。

 遂に、エブリンに不貞行為の事実を知られた時は一瞬呼吸が止まりかけたけど、何か言われる前に「君には関係ない」と彼女を突き放し、それ以上の言葉を聞くのが怖くて俺はその場にエブリンを一人残し、速足で立ち去ってしまった。


 (エブリンから否定の言葉なんて聞きたくない)

 (俺の気持ちなど分からないくせに……)


 そんな風に現実から目を背け自暴自棄になっていた罰なのだろうか。

 それでも俺はエブリンを愛してる。ずっとずっとエブリンだけを愛してる。

 俺のこの想いは初めて会った時から変わらない、そうずっと永遠に——。


「ははっ」

 

 でも、きっと愛していたのは俺だけだったんだろう。

 あんな愚かな行動を続けていたら、切り捨てられるのは分かっていたはずなのに。

 例え政略でも側に居てくれたらいいのだと、割り切れなかった己の弱さが全ての原因だったのに。










手元にあった幸せを、自ら捨てたのは俺自身。

失って初めて自身の行動の浅はかさに気付いても、何もかもが遅かった。

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