第32話 勝つために
今日の放課後も種目C:耐久の事前対策をする夏目を追いかけると例の部屋の前にしばらくの間立っていた。
「大丈夫か?」
「っ! 何だ天道か……脅かすな」
夏目は普段よりも周りの感覚に敏感になっているようだった。
「この部屋に長くいるのは問題ないがな……出た後が少し大変でな」
「そうか、サウナみたいな感じで目や耳などの感覚がバグを起こすのか」
「周りの景色の情報が大量に感じたり、何気ない教室の生徒の雑談などが耐えられないほどうるさく感じてしまう……。それが怖くてこの部屋に入るのは本番以外はもうやめようと思う」
部屋のドアノブにかけた手が震えていた。
「なら、これを夏目に渡しておくよ」
「御守? 持ち込みは禁止だぞ」
「それくらいは良いだろう? ハンカチとかがOKならこれもOKだ」
「……そうか」
「試験が終わったら学校は休んでいい。寂しかったらオレを呼べ。いつでも。終わったらみんなで美味しいご飯でも食べにいこう」
「すまぬ……」
御守を胸ポケットにしまい、いつも通りのすまし顔で礼を言われた。
「天道、クラス対抗試験を覚えているな? 俺の方は大丈夫だろうがそっちは気をつけて……裏切り者に」
「オレの方も大丈夫だ。既に出し抜くことは考えてある。問題はBの組手だ。勝利回数が多く、事前に選手をケガで棄権させることなんかもありえる」
「……少し遠藤の見学に行くか」
「そうだな。
種目B:組手は体育館横にある道場で行われる。いつもは少ない部員が慎ましく練習をしているくらいだったがここ最近は練習する者やチームの見学者などで溢れている。
夏目とオレは素足になり、隅の方に居たフル装備の遠藤に駆け寄った。
「どうだ? 遠藤。何か心配事でもあるか?」
「順調そのもの! 今は装備を付けた状態で本番想定の動きの確認をしてるとこだ」
大きく足を振り上げて空を切り裂きながら技のキレを見してくれた。
「遠藤、明日からはオレか夏目が行動を共にする」
「!? 何でだ?」
「試合前に腕の立つ上級生とかに依頼してお前の大切な腕や足を使えなくさせる輩が万が一にもいるかもしれない。警戒して損はない」
「でもよ! いるとしたらこのクラスにってことになる……! やっぱあの対抗試験の!」
「落ち着け遠藤、それは不確定だって黒牙も言ってたろ。ただの警戒。いいな?」
「……ああ」
組手の練習が終わり、3人で寮まで帰ることにした。
「明日からは実際に誰かと手合わせしたいな!」
「なら、アテがある」
「そうか、そりゃ楽しみだ」
「俺でもいいぞ遠藤」
「今の夏目とは出来ない」
「何??」
「目にクマがあるぞ? 熱は……大丈夫か」
遠藤が自分の額を夏目の額に当てて熱があるかを確認する動作を取ると、夏目は顔を朱くして距離を取るように後ろにジャンプした。
「な、なっ! 何だいきなり!!」
「へ? いや、普通に心配しただけだろ? 一応同じチームメンバーなんだし」
どうやら遠藤の方は真面目に夏目を心配してただけらしい。ただ、大胆というか親密な関係でしかやらないようなことを躊躇なくやるところは遠藤、勘違いされてもおかしくない……。
「ああ……もういい! 先に帰って寝る」
「何怒ってるんだ? まあいつもか~」
「そうだな」
――試験前日
水チームは明日に向けての最終確認をしていた。
「どうだった? 遠藤」
「10戦して3勝! 初戦が久遠さんじゃなくて良かったよホント! あれは威圧っていうの? レベルが違うね、殺されるかと思ったよ。いや、冗談抜きで……」
「だろ? 久遠チームは大変なんだ……」
「ああ……。それで左、そっちの様子は全然知らねーんだが大丈夫か?」
左が机の上に大量のノートを広げて見せるとそこには過去の殺人事件を中心とした詳細なデータが綺麗にまとめられていた。
「やれるだけはやったし、詰将棋問題のように推理も少しだけ慣れさせた」
「さすがは神永チームの柱って感じか? 凄いな」
「時間は有限で、やれるだけのことをやる必要があると思っただけだ。天道、お前こそどうなんだ? 円周率の暗記。全然覚えているようなとこは見てなかったのだが」
「もちろんオレもやれるだけのことををやったさ」
「……お得意の引っ掛けか?」
遠藤と左、夏目はオレの方を真剣な目で見てくる。信用が無いわけではないが心配しているといったところか。
「終わった時に詳しくは話す。今は全力を尽くしてきたと言うしかできない」
「そうだな、うん。今はそれぞれ目の前の種目に集中しよう!」
勝つために必要なこと。
――それは自分の力、技を磨くこと。周囲の特徴を把握、予測すること。相手の裏をかき、行動を読まれないこと。切札、奥の手を持つこと。
そして、名探偵にとって最も大事なことはただ一つ――
――誰も信用しないことだ
信じれば裏切られ、期待すれば遅れを取る。
本音を吐けば騙され、情けは真実を翳ませる。
勝利を掴むには自分だけを信じるしかないのだ。
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