ツタエヤ~焼肉は塩派? タレ派?~

カミーネ

ツタエヤ~焼肉は塩派? タレ派?~

 空っ風が吹く二月上旬の平日の朝。

 水面渡は、革張りのオフィスチェアで仮眠を取っていた矢先、ジリジリと鳴り響く電話のコール音によって夢の世界から連れ戻された。渡は半目を開けた状態で手を伸ばし、受話器を手に取った。

「はい、こちら『ツタエヤ』でございます」

「もしもし? 依頼なんですけど、大丈夫ですか?」

――この時間帯に珍しいな。渡は内心そう感じた。

「はい。どのようなご用件でしょうか?」

 一気に、渡はだらしない寝起きの顔から仕事の際のキリリとした顔に変わっていた。

「死んだ俺の彼女にどうしても言いたいことがあるんです。会わせてくれませんか?」

――よくある勘違いか――同じ説明を、またしなきゃなんないのか。

 渡は電話越しの依頼人に聞こえないようにため息を一つつき、こう口にした。

「申し訳ありませんが、死者と直接会うことは禁止されておりますので」

「え、そうなんですか? 伝言とかも駄目ですか?」

 電話越しの依頼人が狼狽している様子を想像して、渡は思わず吹き出しそうになった。

「いえ、可能ですよ。お引き受けいたしましょうか?」

「あぁ、頼みます。料金は……どのくらいになりますか?」

「かしこまりました。一回一律一万円でございますが、よろしいでしょうか?」

「はい、よろしくお願いします」

 その後のやりとりで、渡は依頼主の名前と電話番号を知り、打ち合わせの日程も決めた。

 葛城聖也、二十一歳。東京の私立大学の三年生。

 数日後、渡は都心の某喫茶チェーン店の窓際席を確保し、聖也が現れるのを待った。

――丁寧な話し方といい、言い方は良くないが地味な人だろうな。

 少しして、喫茶に一人の男性が入店してきて、そのまま渡のもとにやって来た。

金髪モヒカンに両耳に銀のピアス、首元にネックレスに黒の革ジャン、薄紺のデニム姿にブランド物のスニーカー。

渡の予想は、見事なまでに外れたことになる。

「水面渡さんですか?」

「え、えぇ、そうです。葛城聖也さんですね?」

 渡は動揺を出来る限り隠そうと、テーブルの下で左手を開いては閉じ開いては閉じを繰り返す。

「はい。どうぞよろしくお願いします」

 聖也は渡の内心の格闘など気がついていないようだった。

「えぇ、よろしくお願いいたします」

 儀礼的な言葉を交わし、渡はさっそく本題に入る。

「生の声をお伝えするため、録音させていただきますが、伝言とは、具体的にどのような内容でしょうか?」

渡は右手にICレコーダーを握りつつ、自分より数センチは背が高い聖也を若干見上げるようにして尋ねた。

「はい。彼女が生きてたころの話なんですけど」

 そのまま、聖也は話し始めた。

「数週間前、二人で家で焼き肉を食べよう、って話になったんです。で、焼き肉に何をつけるか……俺はタレがよかったんですけど、彼女は塩がいいって聞かなくて……それで喧嘩になっちゃって……結局、俺が『もういいよ』って彼女に言って、家には塩もタレもなかったんで、両方買ってくるつもりでスーパーに行って……そんで、帰ってきたら彼女がいなくて、後になって……俺の後を追って、車にひかれたって……なんでそんなことしたんだ、って、ほんとショックで……」

「それはショックな話ですね」

 渡は表面上は共感したかのように答えた。

「はい……たぶん、彼女を勘違いさせたのは俺なんです。だから、ごめんって謝りたいんです」

 聖也は多少うつむき加減になるように頭を動かした。

「かしこまりました。では、彼女さんのお名前をお願いいたします」

 渡はあくまでも事務的な態度で聖也に尋ねる。

「初富眞希、っていいます」

「初富眞希さん、ですね。承知いたしました。では、数日お待ちいただきますか?」

「はい、数日と言わずに数週間でも、数ヶ月でも」

 その後、渡は聖也と別れ、下町の貸しオフィスに帰った。

その日の夜。渡はオフィスに残り、高性能デスクトップPCを起動させ、さらに特製の幽霊引き寄せ装置も起動させた。

そのまま、渡は装置から普段は使用されない電磁波を出させて、幽霊を一体呼び寄せることには成功した。

「生前のお名前を、お願いいたします」

 渡はスクエア型眼鏡の奥にある瞳をギラリと光らせ、幽霊に尋ねる。

「初富眞希ですが、何か?」

――よし、今回は上手くいった。渡は内心ほっとする。

「葛城聖也さんをご存じですよね?」

「はい。仲が良かった人、です」

 どうやら、眞希からすれば、聖也はもう元彼氏でも何でもないらしい。

「実はその聖也さんが、眞希さんにどうしても伝えたいことがあるそうです」

「それは聞きたくもありません」

――困ったな。依頼内容に答えられなければ、収入は手に入らない。

 渡はなんとかして、眞希の考えを変えさせようと説得を試みた。

「あなたはきっと誤解していらっしゃいますよ。まずは一秒でも聞いていただけませんでしょうか?」

「……わかりましたよ」

――よし、これで収入は手に入る。渡は内心ニヤリとした。

渡はICレコーダーを装置と接続し、特殊な方法で眞希に聞かせた。

「数週間前、二人で家で焼き肉を食べよう、って話になったんです。で、焼き肉に何をつけるか……俺はタレがよかったんですけど、彼女は塩がいいって聞かなくて……それで喧嘩になっちゃって……結局、俺が『もういいよ』って彼女に言って、家には塩もタレもなかったんで、両方買ってくるつもりでスーパーに行って……そんで、帰ってきたら彼女がいなくて、後になって……俺の後を追って、車にひかれたって……なんでそんなことしたんだ、って、ほんとショックで……」

「はい……たぶん、彼女を勘違いさせたのは俺なんです。だから、ごめんって謝りたいんです」

再生中、眞希のひどく険しかった顔が、徐々にほぐれていった。

そして、再生が終了したころ、眞希は静かに泣いていた。

「聖也君……私のために、わざわざ……それを私……私って本当に……」

「ね、誤解だったでしょ?」

 渡は営業スマイルとも言うべき不釣り合いな笑顔を浮かべる。

「はい……あ、あの……私も、謝らないと……聖也君に」

「かしこまりました。それでは、メッセージを記録しましょう」

 その後、渡は装置を用い、眞希の映像と音声を映像に記録し、後日聖也にそれを見せた。

「眞希……わかってくれたんだ……」

 聖也は眞希のメッセージを静かに聞いていた。そして終了後、聖也に頭を下げ、握手を求めてきた。

「ありがとうございました。お互い、もやもやが晴れました。感謝してます」

「いえいえ、こちらこそ、ご利用いただき誠にありがとうございました」

 渡は表向き好青年とも取れる態度で、最後まで聖也に応対した。

 やがて、聖也と別れてから、渡はふと思った。

――人って、案外見かけによらないんだな。

 それと同時に、懐に収まっている一万円札の感触を確かめ、内心思った。

――今日は久々に、焼き肉にするか。

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