微笑み係も悩まずにいられない

ゆりえる

第1話 思いがけないバトンタッチ

綿中わたなかさん、お願いが有るんだけど……僕と、代わってくれないかな?」


 まさか、そんな事を志原君から直々に頼まれるなんて思ってなかった!


 志原しはら美芳みよし君は、我がクラス2年3組のみならず、波丘なみおか高校の全生徒からの好感度の高い、もろ天使系の美少年。


 彼のスマイル1つで、そこに居合わせている男女問わず何人もの生徒達が、一瞬にして癒されてしまう!


 そんな最強のキラースマイルを持ち、悪意などを抱いているような生徒など皆無に等しいとされる志原君が、私、綿中わたなか季里きりに代役を頼んで来るなんて事が有るなんて!


「……あの、しは」


「志原君が、そんな事をいうなんて、珍しいじゃん! どうしたの? もしかして、今回の転校生って、苦手なタイプだった?」


 私が言おうとした言葉をわざとらしいくらいに堂々と遮って、言いたいだけ言いまくった、親友の円井つぶらい真緒まお

 こういう時は大抵、真緒に後れを取ってしまう私。


「うん、ちょっと想定外の事が有って……綿中さん、ちょっといい?」


「あっ、うん……」


 私が返事した後も、真緒の前では話し難そうにしている志原君に、真緒がやっと気付いて、仕方なさそうな表情を浮かべた。


「はいはい、そうでしたね! 『微笑み係』ではない部外者の私は、大人しく退散させて頂きますから」


 急によそよそしい言葉遣いになった真緒が、私達から離れて行った。



『微笑み係』……


 当の本人の私も、あまり自覚無いのだけど……


『微笑み係』は、私達のクラスに男女1名ずつ新設された、2年3組のオリジナル係。


 この界隈は転勤族が多いようで、波丘高校も転校生の出入りがわりと多い。

 転校生が来た時に、早くクラスに溶け込めるようにサポートする『微笑み係』として、男子の転校生には志原君、女子の転校生には私が対応する事になっている。

 

 クラスメイト達に推薦されて、晴れて転校生の女子用の微笑み係になったものの……

 私には荷が重いというのかな……?

 第一、鈍いし、気が利かないし、自己評価上は、あまり適任とは思えない。


 その点、志原君は、皆から好かれていて、存在そのものに癒されるし、男子にしておくのが、もったいないような可愛い容姿しているから、『微笑み係』には、まさに持って来いの人材だといえる!


 その志原君が、ギブアップして、私に交代求めるなんて、前代未聞!


 それに……

 志原君がお手上げの状態の転校生を私に交代したところで、上手く行くはずが無いように最初っから思えて来るんだけど……


「岸沼君って、そんなにクセが強いの?」


 転校生の岸沼要次ようじ君は、パッと見、長身だしイケメン顔なんだけど……

 どことなく、他人を寄せ付けないような、取っ付き難いオーラが漂わせている気がする。

 岸沼君の眼力強過ぎる鋭い瞳の形状のせいかな?

 こんなフレンドリーの塊のような志原君も、あの眼力に圧倒された?


「どこまで本気か分からないけど、岸沼君いわく、僕が初恋の子に似ているんだって……」


 言い難そうな内容を顔を赤らめて言う志原君は、私の目から見ても、可愛くて女子も顔負けと思えてしまう。


 確かに、彼に好意を抱いている男女が多いのも、頷ける。


 その志原君に、岸沼君の初恋の子が似ている?


 まあ、有り得ない事ではないよね。

 私も、こういう可愛い顔の造りに生まれて来たかったな~!


 微笑み係って、一応、転校生に対して、親しみやすさと、一緒にいる事で学生生活が楽しくなるくらい整った外見を要されているはずなんだけど……

 志原君は、バリバリ該当していると思うけど、私って、そんな取り立てて容姿が良いわけではないような気がするんだよね……


「分かる気がする。だって、志原君、下手な女子よりずっと可愛いから」


「ありがとう」


 微笑み係は、お世辞と分かっているような内容でも褒められると、お礼とスマイルが必須条件。

 その係柄上、自然とにじみ出て来る志原君のキラースマイル付きのお礼の言葉は嬉しいけど、こんな真剣な会話内容の時には、少し調子狂ってしまう。

 

「あっ、今は、その規約off でいいよ。志原君の笑顔見てると、何の話だったか忘れて、脳内真っ白になってしまいそうだから! で、岸沼君が、どんな言動に出たの?」


「それなんだけど、微笑み係の規定をもっと詳細まで、決めて欲しいかな」


 少し、戸惑っている様子の志原君。

 いつも、おっとりと癒しの笑顔を振り撒いている志原君が、こんなに困っている表情なのを見るのは初めて!


 そうか、『微笑み係』自体、我がクラスが初めての試みだから、あまり規則は事細かに決めてなかったんだよね。

 そういうアバウトな状態で任されているせいで、こんなに志原君が困っているんだったら、何とかしないと!


「うん、そうだね。具体的に、志原君は、どうして欲しい?」


「この高校は、わりと外国人の転校生もいるから、僕は、ハグまでならOKなんだけど……」


 忘れないように、メモ用紙を出して書き留めておこうととしている手が、不自然過ぎるくらいに、思わず止まってしまった。


 えっ、ハグ……って?

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