スペアキー
西野ゆう
第1話
――関係を分かりやすく形にしたシンボルというか、そういうもんだろ?
ローテーブルの上にある、キーホルダーも何もついていない裸の鍵を見つめる
――使うことがなくても持っていてくれとか、使わなければその辺に捨ててもいいとか、そういうもんでもないじゃん。
スペアキーを作るなと不動産屋が言ったのは、今この時の、どうしようもない虚しさを生まないための忠告だったのかもしれない。そんなあり得ないことを考えてしまう程に、明美は参っていた。二十九歳にもなって、こういう別れ方は堪える。経験から時間が解決してくれることは知っているが、その時間が惜しいのも事実だった。
そもそも、どうして突然別れを切り出されたのかも明美には分からなかった。この日も、俊哉が鍵を置く直前まで、明美はソファーの上でお気に入りのクッションを抱き、バラエティー番組に声を上げて笑いながら、普通に
俊哉との付き合いは五年目に入ったところだ。強いて言えば、その年月に別れが引き寄せられたのか。
――三十歳になるまでには結婚したいな。
付き合う前に口にした、明美のその言葉が原因かもしれない。
あるいは、テレビに夢中で、今日の俊哉の話に生返事するだけだったのが気に食わなかったのかもしれない。
一方的に別れを突き付けられていながら、不思議と明美は自分の非ばかりを探っていた。
「やっぱりちゃんと聞かなきゃ……」
一度はただ結果のみを受け入れて、さっさと忘れてしまおうとも考えた明美だったが、それでは後に残るものが哀しさだけしかないと、俊哉が別れを選んだ理由を聞き出す道を選んだ。そこでどんなに打ちのめされても、同じ失敗を繰り返すよりはマシだ。
明美は恐怖心を痛みで紛らわせるように、ローテーブルの上に置き去りにされた鍵を、手のひらに深く跡が残るほど右手に握りしめた。
既に鍵は自分の手の中にありながら、明美は習慣からか、バッグの中から部屋の鍵を取り出して鍵穴に差し込み、涙が零れる事が無いように祈りながら鍵を回した。静かなマンションの外廊下に、ロックされる音が響く。その音に明美は、心の温度が少し下がった気がしていた。
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