第5話 廃村
巨大生物との連戦はさすがに疲れたのでどこかで休みたい、そう思っていたところ、エクスプレインが村を見つけたという。だが村には人影はないようだ。不幸中の幸い、村から街道と思しき道が出ているので、その道を辿っていけば人間のいるところにつけそうではある。もっとも、問題がないわけでもない。
「その下半身はいつまでこうなっているんだ?」
「もう少しで脚が再生しそうな気はする」
今フレアの下半身は巨大な飛行生物の死骸と融合しているので、そのまま街にでも入ろうとするなら多分討伐されそうになるだろう。おまけに飛行生物と融合してるからといって
「飛べるわけでもないんだよな?」
「飛べるわけがないだろ人間が」
『フレアに提案。飛行訓練を行うことで飛行生物と同等の行動が理論上可能』
「……無理だ」
「何故だ」
「……たかいの、こわい」
『……了承』
俺とエクスプレインは素直に納得した。高所恐怖症というやつならやむを得ない。移動の方法が飛行でないとなると、歩いて移動するしかあるまい。幸い街道は十分な広さがあるので、巨大な生物であっても移動が可能だった。
ひたすら街道を進んでゆくと、目的の廃村が見えて来た。思ったより状態は良さそうなので、今日はここでひと休みしてから人のいる場所を目指したい。それにしてもだ。
「フレアはそろそろ下半身は回復したのか?」
「ちょっと出てみるか」
飛行生物の死骸から、フレアが身体を引きずり出す。血塗れの半裸の脚がそこから出てくるではないか。それと同時に飛行生物の身体が地面にへたり込む。
「再生は済んだようだな」
「服!服を早く!」
「おっと」
服は再生しないからな、そりゃそうか。背嚢から布とズボンをフレアに渡す。布で血塗られた身体を拭くフレアが、下腹部を急に見つめる。どうしたんだ?
「毛が……下の……」
「毛?どうかしたのか?」
「生えてたのに……ない……」
再生したてのところだから毛はないのか。まぁそんなに気にすることではあるまい。フレアが服を着た後、俺たちは廃村に何かないか調べることにした。あまり期待はしていないが、少しは何かあって欲しい。村のツボやらオケやらを漁ってみる。大したものは無いが、少しの硬貨と穀物、油、そして塩を見つけることができた。食い物があるのは助かるな。他にもまだ何かあるといいのだが。
「こっちには服もあるな」
フレアが服を持ってきた。俺の服も飛行生物との戦いでボロボロになっていたからな。服を着替えようとして、気がついた。
「いつつ……」
「血が出てるじゃないかアルク!なんで黙ってた!?」
「服にへばりついてやがる」
「ああもう、ほら見せてみろ!」
そういうと傷を見るなりフレアが外に出て行き、そのまま水を持ってきた。その水大丈夫なのか?
「待て待て待て、どこから持ってきたその水」
「どこって井戸からだが」
「わかった、ちょっと準備させろ」
幸いなことに鍋があった。鍋に井戸の水を入れるが……これ沸いてる水じゃないだろ。なんか虫いるし。確認して正解だった。残っていた炭をかまどに入れる。
「錬金術式 最小限度に……発火!」
自然点火のためにごく微量の白燐を生成し、少々はぜるが窒素酸化物を添加してやる。これなら十分沸騰させられる。熱湯を冷まして布で拭いてもらうが傷口が痛む。
「酒とかないかな」
「こんな状態で酒など飲んだら身体によくないだろ」
『近隣の建造物内に、高濃度のエタノール溶液を発見』
「持ってきてくれるか?」
『了承』
そういうとエクスプレインは俺たちのいる家から出て行き、しばらくすると樽とともに戻ってきた。
「この樽の中の酒を……錬金術式…………気体捕縛!」
空気中に気化していくアルコールを回収するため、錬金術式で気化したアルコールを、鹸化した油膜にてふよふよした気泡の形に変化させ……液滴を集める。これで高濃度のアルコールができた。
「このアルコールで消毒すれば、傷は化膿はしないだろう」
「これで拭けばいいのか」
「まぁそうだが……いてっ!?いてててて!もっと優しくできないのかフレア!」
「こんなになるまで放置してた罰だ。沁みても文句言うな」
結構強引にフレアが傷を拭う。火傷も多少してるしかなり痛い。傷口に効くような成分はなかったか……ゴミとして転がっている、ザリガニの食いカスを見つけた。これだ。
「いいものを見つけたぞ」
俺がザリガニの殻を持ち上げたのを見て、フレアが呆れたような顔をする。
「そんなゴミをどうする?」
「錬金術式……要素抽出……っ!」
術式を用いて、ザリガニの殻から糸のようなものを引っ張り出す。今度は不思議そうな顔でその糸を見つめるフレア。
「これはなんだ?」
「甲殻類の殻の主成分はキトサンと呼ばれる物質だ。これには傷を復元する成分が含まれている」
「にわかには信じられないが……」
糸を軽く消毒し、傷口にあてていく。糸を当てた後布でしっかり固定してもらった。ここまでの作業で結構遅くなってしまった。
「日が暮れて来たな」
「今日はここで一晩明かすか」
夜がふけていく。俺たちは寝る用意をしていたところ、妙な音が外からして来た。
「エクスプレイン、誰か来るぞ」
『人間の模様。距離、100、80……」
「アルク、灯りを消せ!こんなところに来るのは」
フレアが言わんとすることがわかった。盗賊の類だ。移動したほうがいいかもしれない。かまどに蓋をして、炭火を見えないようにする。
「なるべく静かに移動するぞ」
俺は小さくうなづき、建物の窓から出ることにした。近づいてくるのはおそらく馬だ。かなりの速さである。俺に続いてフレアが窓から飛び出した、その時。
「あっ」
ドドドドドドドド……という音と共に馬にフレアが激突してしまった。馬と乗っていた男も転倒してしまったようだが、フレアも動いていない。息をしていないし、脈までない。
「おい!?しっかりしろ!!」
また死んだのか!?いい加減にしてくれ。……でも待てよ。俺はフレアの死体から距離を取る。
「てめぇら……親分に何してくれてやがる」
「それはこちらのセリフだ!仲間が轢かれて死んだぞ!」
「女か。ちっ、生きてたらいい思い出来たのによ……」
どうせそういう連中だとは思っていたが、やっぱりそういう連中か。さて、どうやって始末してくれようか?そうだ。さっきアルコールの精製に使った泡を試してみるか。かまどに蓋をしたので中にはあの分子が大量に作られているだろう。
「錬金術式……気体捕縛!」
「錬金術師だぁ?そんなゴミが俺たちに何をする気だ?」
「この泡を喰らえ!」
先程確保した、その分子が高濃度に含まれた泡を山賊の顔にぶつける。
「目!目がぁ!」
……よく考えたら、泡ぶつけて目に当てるだけで人間は悶絶するよな。あの飛行生物相手にしてたせいで、感覚が麻痺していた。山賊たちは目に走る激痛で苦しんでいたが、しばらくすると顔が青くなって来た。
「て、てめ……何しやがっ……」
「一酸化炭素の味はどうだ?おっと、無味無臭だったか」
高濃度の一酸化炭素を吸い込んだ場合、人間は意識が朦朧となる。
『0.3%の一酸化炭素を吸引した場合、数分で意識混濁。それ以上の高濃度のものを吸引時、死亡が確定』
「なんだ……と?」
「フレアの仇だ。死ね」
泡をしばらく山賊達に浴びせ続けているうち、山賊たちは動かなくなった。ちっ、まだ生きてやがるな。まぁいい。手足を縛って転がしておこう。そういえばフレアは……
「っておい!?どうなってやがる!?」
山賊と馬の死体から、フレアだったものから何かが出て……そのまま再びフレアの中に戻っていき、そして
「……アルク?私は……馬に轢かれたのか?」
「フレアまた死んだぞ」
「またか……」
死んでも生き返るとなると、なんだろう、生きてる価値が下がるんじゃないだろうか?山賊の親分と馬の死体を見ながら俺はそう思った。
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エクスプレイン『甲殻類の甲羅の主成分、キチンはN-アセチルグルコサミンの重合した分子。キトサンはそこからアセチル化した分子。炎症の軽減、上皮再生などに有効。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nogeikagaku1924/78/9/78_9_847/_pdf/-char/ja
ここまで読んで面白いという感想を持った読者諸賢に、小説フォロー、高評価を切に要請』
幻想世界(ファンタジー)はもうおしまいです ー底辺錬金術師が知識チートで幻想世界に叛逆するー とくがわ @psymaris
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