第3話 融合再生

 エクスプレイン『警告:本編に若干のスプラッター表現を確認。表現に嫌悪感がある読書各位は回避推奨』


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 フレアの服を用意したりして一晩休んだ後、祠から俺たちは旅立つことになった。幸いにして、食べられるという謎の褐色の直方体の物体があったのは助かった。食べてみると味も悪くはなかったが、見た目はお世辞にも美味しそうには見えない。


「これ、食べられるのか?」


 フレアはかなり嫌悪感を露わにしている。匂いもいいし食えばいいと思うんだが。気にせず俺は口に直方体を放り込んだ。


「ふえふよ」

「頬張りながら喋るな。リスか?」

「んぐ。失礼な。まずは匂いを嗅いで少し齧ってみたらどうだ」

「しかしだな……」

『フレアの身長と体型から推定すると、1日あたり摂取熱量は最低限の生存のため1400kcalが必須。運動量によっては1800kcalもしくはそれ以上が必要。本エネルゴン・ブロックは一本あたり100kcalを供給可能』

「熱量?キロかろ……なんだその言葉は」


 フレアが顔をしかめる。エクスプレインの言ってることだが、わからんことが多い。聞くしかあるまい。


「エクスプレイン、質問だ。熱量とはなんだ」

『熱量:食物や物質に含まれる化学結合エネルギーの総量。生物は食物から熱量を摂取することで生命活動を維持』

「つまりこの棒14本で私は1日過ごせると……信じられない」


 フレアは直方体の物体をおそるおそる摘み、鼻に近づける。意外だという表情だなこれは。


「甘い香りがする。焼菓子の匂いだ……」

『エネルゴン・ブロックには種々のエステル系合成香料も使用されている』

「エステル系?」

『主にカルボン酸とアルコールを脱水縮合して生成されたカルボン酸エステルのうち、低分子のものは香料として使用される』


 知らない単語が多すぎる。こいつの言うことをそのまま聞いていると、疲れたんだろうな古代人も。でも内容は気にはなる。フレアも目の当たりを抑えている。俺は再び聞いてみる。


「頭が痛くなってきた……アルコールは酒などだとして、カルボン酸って?」

『代表的なカルボン酸には酢酸、蟻酸、酪酸などがある。酢酸は醸造酢に、酪酸はヨーグルトなどに含有』

「酢と酒で香料ができるということか?」

『エステル化処理が行えれば可能。酢酸エチルは果物の香りに類似』


 ふーん、と言いながらフレアがエネルゴン・ブロックを口に運ぶ。少し驚いたようなその顔を見ればわかったが、ちゃんと食えるだろ。俺の言うことは間違いじゃない。


「ほいひい」

「食いながら喋ってるのはそっちもだろフレア」

「……しかし思ったより美味だ。古代人はこんなものを食べていたのか」

『肯定。ただしエネルゴン・ブロックは非常食であり、通常の食事より味において劣位』

「これで!?古代人……どれだけ技術があったんだ……」


 俺は呆れるしかなかった。まじまじとつまみ上げたブロックを見つめるフレアは、小さくつぶやいた。


「高級な焼菓子と同等には美味しかったのに」

「エクスプレインはこいつの作り方を知っているのか?」

『解説のみ可能。本機には製造機能は存在しない』


 工程しだいだが、材料さえ揃えばいけそうだ。


「これを売って資金を確保するのもいいかもな」

「菓子店を始めるのか?2人で」

「とりあえずそうなるな。他にもっと稼げるものがあれば別だが」

「……そ、そうか」

「何か問題でもあるか?」

「……い、いや、なんでもない」


 少しだけ顔を赤くしながら、フレアがブロックを口に放り込んだ。何考えてるんだこいつは。


 そんなことがありつつ、俺たちは祠の中の使えそうなものを持ち出し、エクスプレインの背中にくくりつけ、祠を旅立つことにした。


 エクスプレインによると、この祠の付近は浅くなっているところがあり、そこを歩いていけるのではないかということである。祠の外を軽く見回す。元フレアの一部だったスキュラの死骸から、腐臭がしはじめている。もうここに戻ってくることもあるまいし、放置してもいいかもしれない。


 スキュラの死骸の反対側に、俺たちは歩みを進める。鏡のように反射する水面。空が映るほどに反射する水面から見える水の底は白く、何かが棲んでいる様子もない。


「……美しい……」


 フレアが小さく呟いた。その上を歩くと、まるで空中に浮かんでいるかのようだ。


「エクスプレイン、どうなっているんだこの水辺は」

『塩湖:底面に塩化ナトリウム、いわゆる塩の析出を観測。塩類の濃度が極めて高いため、生物の生存には適さない環境』

「これ全部塩か」

「アルクはこの風景を見て、思う感想はそれなのか……」


 そう言われても、実際のところ驚愕の光景ではないか。一面の塩とうっすらと広がる塩水。それらが青い空を水面に作り出している。


「……さておき、浅いからある程度歩いていけそうなのは助かるな」

「この近くに人里はない?エクスプレイン」

『現在、自動観測機による観測を継続。周囲に人類の居住環境を発見次第、該当地区を目的地として変更』


 つまり見つかってないってことか。見つけ次第こんなとこからは移動したいところではあるが。


「となると目的地がまだないってことになるな」

『各員に警告!大型肉食動物と思われる個体が、高速でこちらに移動しているのを発見!』

「なんだって!?」


 フレアが槍を取り出す。俺は武器など使えないから、大型肉食動物相手に何かできるとは思えない。食われるのがオチというものである。


「どちらの方角だ?」

『本機が封印されていた地点に出現。現在何かの死骸を摂食中。再度移動開始……目標ロスト』

「うげ、スキュラを食ってるのかよ、エクスプレイン、ロストとは?」

『見失った』


 大型肉食動物からしたらご馳走なのかもしれないが、死骸を食らっていると考えるとぞっとする。見失ったってどういうことだ?とにかくなるべく距離を置かねば、そう思った時にはもう遅かった。


「えっ」


 一瞬の出来事だった。フレアの頭にいつのまにか背後にいたその肉食動物、おそらく熊だろう、の剛腕が振り下ろされた。そのまま倒れ込むフレアの腹を熊の剛腕が引き裂き、腸が引き摺り出される。その腸を食べ始める熊。


「うええぇぇぇぇ」


 俺は思わず吐いてしまう。いきなりこんなことになるとは。生きたまま食われるよりは首をへし折られて死んだ方がマシなのかもしれない。


『……フレアの死亡を確認。早期の離脱を提案』

「あ、あぁ……」


 広がっていく鮮血と先程までフレアだった肉塊。そしてそれを貪る熊。地獄絵図という単語はここにある。何もできずにすまない、フレア。


 ……そう思っていた時期が俺にもあった。


 フレアの内臓から、無数の蠢く何かが飛び出して熊の顔を覆いはじめた。そのまま熊の頭のあちこちを貫通していく。熊も必死に抵抗するが、フレアだったものは取れない。そのまま骨が折れるような音がして、熊は前のめりに倒れ込む。


「ええぇぇぇぇ」


 そこからのことも理解の範疇を超える現象だった。折れたはずのフレアの首が、蠢く何かによって元の位置に戻る。出ていた腸も何かによって戻されていく。下半身があったところが、熊の頭部と融合している。目を覚ましたフレアが驚きの声をあげる。


「うわぁっ!?」

「フ、フレア!?」

「……私は、さっき、何かに襲われたよな?」

「襲われたな」

「って前!服切れてる!?み、見たな!?アルク見ただろ!?私の裸!」


 怒るとこそこかよ。だいたい祠に連れて行く時も見たっての。そもそもだ。


「見た見ないでいうなら裸どころかガッツリ内臓見たわ!さすがに吐いたぞ!!チラリどころか内臓モロリじゃねぇか!!」

「内臓見たってどういうこと!?」

『大型肉食動物の初撃でフレアが即死したのを確認。そのまま大型肉食動物は捕食行動に入ったが、フレアの内臓内から出現した何かがフレアを再生。そのまま大型肉食動物と融合』

「死んでた?私が?熊に食われて?」

「死んでた」


 俺は首を縦に振った。死んでたんだからしょうがない。まぁ今はよくわからんけど生きてるからヨシとしたい。


「……死んでたのも熊に食われたのも内臓ももういい。アルク、服」

「……わかったけど、フレアって何者?」

「おいおい話す」


 とりあえずまた服がダメになった。おまけに下腹部は熊の頭部と融合しているようだが、それでいいのか?上の服の替えを渡す。


「フレア、下半身はどうなっているんだ」

「よくわからないが、熊の一部になっている……四足歩行ならできそうだ」


 マジか。熊と融合して歩けるのかよ。そのまま下半身が熊と化したフレアと、俺たちは歩き始めることにした。塩湖はそこそこの広がりがある。


『各員に再度警告!上空より大型飛行生物接近!』

「おいおいまたか!フレアはまた死ぬとかやめてくれよ!」

「勝手に殺すな!」

「エクスプレイン、お前大型飛行生物倒せないか?」

『当機の残存エネルギーでは不可能。先程の大型肉食動物にも勝利することは極めて困難』

「お前弱いだろ!フレアはすぐ死にそうだし……」

「そういうアルクは何かできないのか?」


 何かってできるわけないだろ、錬金術師はハズレらしいし……と思っていたが、よく考えてみるとそうでもない気がしてきた。脳に挿入された記憶が動き出す。


「錬金術……塩湖……ソディウム・クロライド……単離……金属……」

「アルク、何を急に言い出してるんだ?」

「フレア、エクスプレイン、何か金属そのへんにないか?」

「槍ならあるが」

『当機の余剰パーツを提供可能』

「なら、やれそうだ」


錬金術で、目に物を見せてやるとするか。一面に広がる空と塩湖の間に浮かぶ飛行生物の巨体を一瞥しつつ、俺は僅かに笑みを浮かべた。


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エクスプレイン『塩湖における塩分濃度は、場所にもよるが飽和食塩水(35%)に相当。塩湖の塩化ナトリウムや塩化リチウムは、化学産業や電池の製造に重要。 


ここまで読んで面白いという感想を持った読者諸賢に、小説フォロー、高評価を切に要請』

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