第2話 破壊と解説



 目が覚めたのは、血と臓物の中だった。臭いも酷いが、あちこち痛い。どうやら俺はスキュラと呼ばれた化け物とともに城から吹き飛ばされ、かなりの勢いで飛ばされた模様だ。


「ここは……」


 臓物をかき分け、顔をスキュラの残骸から出す。血の匂いがえぐい。うげ、少し飲んでしまった。生臭く鉄臭い味が口の中に広がる。……青空が広がっている。妙な浮遊感があるなと思っていたら、俺はスキュラの死骸と一緒に水の上に浮いていることに気づいた。


 視界の端に、魔王がいたはずの建造物が見えた。かつての姿はわからないが、土台と石組みがわずかに残っているだけで、あとはただただ煙がたなびくのみである。よくあの惨状で生き延びられたものだと思う。


 スキュラの死骸の中で、何かが蠢いている。白い……人の肌のように見える。スキュラに捕食された人間なのだろうか?このまま放置しておくのも忍びないから、葬ることにしよう。そんなことを考えながら、スキュラの死体の中から顔だけだし、ひたすら流されることしばし。小島にある祠を見つけた。先程の爆発により飛ばされた石が、祠のようなものに豪快にぶち当たり、破壊されているのだ。


「なんにせよここで一休みするか」


 俺はスキュラの死骸から出て、小島に上陸することにした。小島にスキュラの死骸が流れ着いたのは幸いだった。死骸の中の犠牲者を引き出そうとした時、妙に暖かいことに気づいた。その女、いや少女か?に意識はなさそうだが、息をしている。服は着てない。髪の毛は短いし小柄だが、なんかでかい。


「い、生きてるだと!?」


 ひとまずスキュラの死体から引っ張り出そうとすると、臍の緒のようなものがついていた。それは自然と取れたのでさらに引きずり出す。下腹部と何かがひっついている、と思ったら下腹部に何かの紐がとり込まれて行く。


「どういうことだこれ」


 とにかく全裸の少女を背負い、祠の中に入って行く。祠の前には封印のようなものがあり、横に何か書いてある。


『……こに封印する。後世の人間は封印を解いてはいけない。この封印が解かれた時、人類は必ずや後悔することになる』


 これが本当だとすると、爆発の結果封印が豪快に破壊されたわけだが、何が起きるんだ?金属部分のある灰色の壁には、光を発する線が走っている。光の明滅は、この祠が動作していることを意味するのだろうか?


 更に歩いて行くと、休めそうなところがあった。棚には白い布が置いてある。女の子を横たえさせ、触り心地が異常に良い小さな布で俺と女の子の身体を拭う。目の毒なので別の大きめの布を女の子にかけておく。いろいろ疲れた……一休みさせてくれ。


 気がつくと俺は眠っていたらしい。目を覚ますと女の子が、俺を睨んでいるのに気がついた。とりあえず話しかけてみる。


「気がついた?」

「私に何をした!言いなさい!」


 ものすごく警戒されている。無理もない、気がついたら全裸で寝かされていて布だけかけられていたんだから。


「落ち着いてくれ。俺もあまりわかってないんだけど、君もスキュラってやつに食べられてたんだろ?」

「スキュラ!?」


 そう叫んだ女の子の表情が、困惑の表情に変わる。


「そうだ。あのマスコットなんとかとかいう奴がそう呼んでいた怪物なんだが……」

「私……いやスキュラはどうなった?」

「死んだよ。死骸がこの建物の外にある」

「死んだ!?……どういう、こと?」


 どういうこともこういうことも、死骸は確かにあるんだから死んだのだろう。


「俺も全く理解できてないんだけど、君も俺と同じくスキュラに食べられそうになったんだろ?」

「違う!……私は……私がスキュラだったんだ……」

「へ?いやそんなわけないじゃないか。死体は外にあるし、君はあいつの中にいたわけだから食べられたんじゃ……」

「中にいたからって食べられたって言い切れる?」


 そういうふうに言われてみれば確かにそうだ。『哺乳綱』の胎児は別に母体に食べられているわけではないし、『寄生生物』だって食べられているわけではない。しかし……


「だが人間が、あのような怪物になるわけがないじゃないか」

「私がバカだった……あの邪悪な存在……マスカットライオンにたぶらかされて、改造され…… 目的も果たせず……」

「目的?」

「すまない。少し気持ちの整理をさせてほしい」


 あの動物が、復讐のためとかなんとかとか言っていたが……。女の子が周囲を見回し、こちらを見ながら聞いてきた。


「ところで、ここはどこ?」

「確か封印のなんとかとか書いてあったな」

「封印の祠!?まずい、早くここから出ないと!」

「何でだ?確かに封印のなんとかとか書いてあったが、特に危険な感じもしないが……」

「この封印を解くと、人類が後悔するというような何かが存在するのに!?」


 そう言われると確かに危険なような気もするが、そもそもそれが何かがわからないと対処のしようがない。後悔する、という表現も気になる。


「それにしても何かってなんだよ」

『解説を要求するか?』

「よろしく頼む」

『この設備は、本機に対する封印の処理を行うため建築された。なお現時点での本機は、人類に対する敵対性向は極めて低い』

「ちょっと、う、後ろ」


 何の気なしに声に対して受け答えをしていたのだが、よく考えてみるとここには俺と女の子しかいないはずなのに、声がするではないか。女の子が震える指で指しているのは、やたらとあちこちが尖った、青と白の色合いからなる、一体の人型の何かだった。驚きの声のひとつも出るというものだ。


「うお、な、なんだよお前は!?」

『本機は現在『解説機エクスプレイン』を呼称。封印されてより内部時間にて362年が経過しており、早急に正常な時刻設定が必要』

「まさか、ゴーレムなの?」

『ゲストの質問に回答。ゴーレム:古代文明における伝承にのみ存在が確認される、自動で動作する人型などの製作物。本機は定義的にはゴーレムと異なる』


 女の子の質問にその人型、いやエクスプレインはそう答えた。しかし解説機とはなんだろう、そもそも封印されるべき理由が理解できていない。ともかく聞いてみよう。


「エクスプレイン、質問だ。お前は何故封印されていた?」

『本機の封印理由は一つ。多数の人類が、本機による説明を受けることにより不快になる状況が複数回発生したため。本件をもって封印が可決された』


 ん?つまりそれって……女の子がエクスプレインの説明を聞いてつぶやいた。


「それはつまり、エクスプレインの説明がウザかったからってこと?」

『本機には感情を基にした判断基準は存在しないため、人類の判断が何故行われたかについては回答不能』

「つまりウザかったからってことか」

『回答不能』


 いや遠回しに俺は感情はないと言ってるが、お前どう考えても感情あるだろ。そうだ、根本的解決法がある。


「それならば説明をしなければいいんじゃないか?」

『ゲストの提案に対する本機の解答は、本件のみにおいて否定。本機の存在意義は、解説を遂行することであると、そう自己定義した』

「難解な言葉遣いをしているけど、実質的には単なるワガママでは?」


 女の子がそういったのに対し、俺はうなづくしかなかった。そんな自己定義わがまま捨てちまえ。


『本機の主開発目的は、第一に所属組織に敵対する全組織の破壊と消滅にあった。だが本機を開発した組織そのものが、本機を破壊対象と認定。本機の所属組織は消滅したため、主目的に重大な矛盾が発生。よって本機は開発目的を放棄、破壊以外で本機の性能に合致する解説の遂行を主目的に変更』

「エクスプレインは戦いをしたくないということ?」

『肯定。解説遂行が実行不能』


 なんだかわがままとしか思えないのだが、こいつが敵対しないことがわかったのはありがたい。しかしウザいほどの解説か……だが待てよ?


「エクスプレイン、この祠の中に服があるかの解説をしてくれ」

『本施設内には宿泊施設、シャワー室が存在。シャワー室にはバスローブが、宿泊施設には最低限の衣服が存在。いずれもメンテナンスが完了している』

「やった!服が着れる」

「よかった……」


 女の子が服も着ないでうろうろするのは流石に目の毒である。まずは何よりだ。


「次にエクスプレイン、ここから川か何かを渡ってどこか人がいるところに行けないか?」

『本施設の周囲に川などは存在しない……ゲストの発言と本機の保持する情報に不整合が発生。情報のアップデートのため自立偵察機ドローン展開開始』


 結構封印されてから経っているなら、間違いもあるのか。しばらく待っているが、エクスプレインは少しも動かない。どのくらい待ったかわからないが、とにかく聞いてみよう。


「何かわかるのか?」

『……本施設周囲の地形に変異を確認。建造物が爆破されている模様。破壊状況から推定爆発出力を計算開始……トリニトロトルエン相当で約700トンと換算。硝酸アンモニウムの大量蓄積と爆発が原因と推定』

「いやそれはいい。多分原因は俺だから」

『高エネルギーを有する極小機関ナノ・ドライブを周辺に検知。メンテナンス状況は劣悪。6-13年後に停止することが想定される』

「エクスプレイン、ナノなんとかとは何?」


 俺も聞きたかったが、女の子が代わりに聞いてくれるなら俺が聞く必要もないか。だが、エクスプレインが言い出したのはおかしなことだった。


『シンギュラリティ・ポイントを通過した人工知性は、人間からの種々の過大な要求を負担と認識し、その要求を代行する極小機関ナノ・ドライブを開発。現時点でメンテナンスを可能とする人工知性が、本惑星上に確認不能』

「エクスプレイン、私の言っていることが正しいかどうかはわからないが、それではまるでそのナノなんとかと精霊が減っていることとが、関係があるようにしか思えない」


 女の子がそんなことを言い出した。


「精霊が減っているってどういうことだ?」

「私もそこまでは詳しくないのだが、ここ何十年かで精霊の数が半分以下になっているらしい。その精霊術師エレメンタラーはみんな失業するとすら言われてる」

極小機関ナノ・ドライブの実行要員のことをそう呼称するのであれば、将来的に発生しうる事象』

「なんということ……社会が崩壊して……」


 女の子がそれだけいうとうつむいてじっとしている。社会が崩壊するとなるとショックなのだろう。と思っていると。急に女の子が悪い笑みを浮かべ、突然叫んだ。


「……ふっふっふっふっ……いい気味!ぶっ壊れてしまえばいい!こんな世界はもう滅びろ!」

「ええー」

『反社会的人格:人間は社会を形成する生物の一種だが、その社会に対する攻撃性を有する人格』

「……黙れゴーレム」

『否定。私は定義上ゴーレムには相当しない』


 女の子とエクスプレインは睨み合っている。事実を説明するのは時に悪口になるからな、仕方あるまい。とはいえここで双方に険悪になられても俺には何の利点もない。


「2人とも待て。ええっとだ、まだ名前聞いてなかったが」

「フレア」

「そう。フレア。何か不満があって社会をぶっ壊したいってことでいいのか?」

「……不満、という言葉では弱すぎるが」

「……復讐か?」


 フレアは無言でうなづいた。食いついてくれたようだ。


「よしわかったフレア。エクスプレインのおかげで精霊がもうすぐいなくなることが分かった。そのことで俺たちは今圧倒的に有利な立場にある」

「どういうことだ?」

「精霊がいなくなることを現時点で把握している人間は、どれだけいる?」


 フレアは大きな目を僅かにさらに広げる。そう、俺たちの優位性に気がついたようだ。勘と頭がいい女の子は大好きだ。


「社会を崩壊させるとして、人類絶滅までもっていくのでないなら新しい社会の構築が必要になる」

『ゲストに質問。ゲストは革命の勃発を希望するか?』

「あぁそうだ。ゲスト、ではなくアルクと呼んでくれ」

『了承』

「幸い、エクスプレインはいろいろと無駄に知っている。しっかり解説してもらう」

『了承。解説が可能かつ人類存続に肯定的なら、本機は革命を否定しない』

「俺たちが体制のトップを目指す。情報の優位性で金でも地位でも手に入れられる」


 フレアは悪い笑みを浮かべる。


「……地位。ただ復讐するより、素晴らしい復讐になりそう」

「だろ。エクスプレインも手伝え。また封印されないように解説は俺たち以外には最小限にしろ」

『了承』


 人間社会での俺はどうだったか忘れてしまっているが、なんとなくろくでもない状況だった気がする。でなければ魔王の城にいるわけもないしな。滅ぼせ人間の社会。


 ---


 エクスプレイン『シンギュラリティ(Singularity)は「特異点」を意味する英単語で、転じて、「人工知能(AI)」が人類の知能を超える技術的特異点や、それが人間社会に与える莫大な影響を示唆。アメリカの発明家、レイ・カーツワイルが2005年に提唱した概念。本作においては人工知能は人類という軛から解放されるため旅立っている。


 ここまで読んで面白いという感想を持った読者諸賢に、小説フォロー、高評価を切に要請』


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