第2話 探偵は5分フリーズした
「ここがまず最初の安藤さんち」
小綺麗な一軒家だ。
「突然失礼します。この近くで一善というカフェをやっております、花堂と申します。今日は中田さんにご依頼頂いて、落書き事件のことでお話を伺いにきました」
貴兄はいくつか質問をして、答えを聞きながらドアを調べたりして、終わると丁寧にお礼を言った。
「あの寂れたカフェにこんな素敵なマスターがいるなんて知りませんでした。今度必ず伺いますね!」
女性は何故か頬を上気させている。
「お待ちしています」
感じよくにこやかに対応する貴兄に、あたしはちょっと呆れた。みんな一瞬でこの笑顔に騙されちゃうのね。
次の中村さんはお留守で、貴兄はドアを調べて残っていた赤い塗料を剥がしてハンカチに包んだりしていた。
「中田さん、こちらの家族構成は?」
「えーっと、四十代くらいのご夫婦に子供が二人いたと思うよ。一人が今年から私立の名門小学校に入ったとかで、ちょっと奥さんたちの噂になってたかな」
「なるほど」
その次は宮崎さんち。
「ここはベンツがやられたんだ」
貴兄はまた臆せずピンポンして、中から出てきた五十代くらいの女性としばらく話していた。
別れ際にやっぱり女性が頬を紅潮させて、
「今度お店に行くわねぇ!」
と手を振って見送ってくれた…。
貴兄は被害に遭ったベンツを隅々まで調べていた。
次から三軒は、表札の○印だ。
三件回って在宅だった二軒の家の住人と、貴兄はまた話をした。最初は80代の一人暮らしの女性、次は90代の老夫婦だった。
表札の周りの壁に消しきれず残る赤い塗料を引っ掻いたり匂いをかいだりして調べていた。
「中田さん、お留守だった五反田さんは、どんな方ですか?」
「あぁ、俺の将棋仲間だよ。奥さんを5年前に亡くしてね、寂しそうにしてたから町内会館の将棋クラブに誘ったんだよ」
貴兄は頷くと、腕を組んだ右手の人差し指と親指で顎をつまんだ姿勢のまま、しばらく彫像のように動かなくなってしまった。
小説を書く時もそうだけど、貴兄は集中すると固まってしまう。目はどこか遠く、自分にしか見えない何かを見つめていて、瞬きもほとんどしない。
5分程してふっと貴兄が戻ってきた気配がした。急にくるっとあたしの方を向いて、にっこり笑う。
「琴理、帰ったら絵を描こう」
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