6 ダーキニー女神の贈り物

 「サーラ、やりすぎだぞ」


 帰りの会が終わった後、おれは彼女を叱った。

 あの後が大変だった。

 山田と長澤は髪がパンチパーマになり、白目を剥いて気絶した。

 他の生徒たちも、この世の終わりのような悲鳴と共に気を失った。

 唯一感電していないスズナだけが、呆然と座り込んでいた。


 「ユウマ君、やばいよ。

 沙羅さん、仲間なんでしょう?

 なら、こんなことさせないで!」


 「・・・人間のくせに分かるんだ、あたしのこと。

 褒めてあげるわ」


 サーラはじろりとスズナを見る。

 険悪な空気が流れた。

 女の子のことはよく知らないが、これはまずい状況だろう。


 「二人とも、声を出すな。

 杉田の女狐に聞かれたらやばい。

 念話で話せよ。

 スズナ、できるか?」


 「う、うん、それぐらいならできるよ」


 「あるじ様のお言葉通りですわ。

 声を荒らげるなんて、はしたないものね」


 彼女らは瞬時にして緊張を緩めた。

 腹の中ではいろいろあるかもしれんが、ここでは喧嘩してほしくない。

 杉田の尻尾を見た後だと、このクラスがいかに異常だったのかを理解できた。

 馬鹿をやれば、相手が喜んでりにくるだろう。


 「まあ、みんなが気絶してくれたおかげで、集団ヒステリーってことで決着がついたし。

 にしても、副担任の斎藤ちゃんかわいそうに」


 斎藤は推定50歳の、小柄でコロッケのように太った気のいいおばちゃん先生だ。

 杉田とは逆におれのことを気にかけてくれるいい教師だ。

 白目を剥いている生徒らを見つけ、大慌てしながらも対処したのだ。

 (対処―――ビンタで起こすこと)


 「さて、家に帰るとするか。

 じゃあスズナ、また明日ね」


 おれはサーラを連れて、学校を出た。

 スズナの家とは反対側の方向なので、一緒に帰ることはできない。

 まあ彼女自身も霊術使いらしいので、最低限身を守ることはできるだろう。


 「ユウマ君、バイバイ」


 スズナは白い手を振り、正門の方へ歩いて行った。

 おれらは裏門から帰るのだ。

 今日は9月16日、月曜日。

 まだ暑いけれど、秋風が気持ちいい。

 空が青くて、鳥の群れが綺麗な声で鳴きながら飛び去って行く。

 まだ4時になってないので、家に帰って荷物を置いたら、どこか歩いてみようか。

 おれはサーラを連れて歩いた。


 裏門近くに差し掛かると、周囲の色彩が急にせてきた。

 目がおかしくなったのかと思ったが、そうではない。

 グラウンドでサッカー部の連中が練習していたのだが、彼らが蹴ったボールが中空で静止していた。

 セピア色の写真の中に放り込まれたみたいだ。


 「サーラ、これは・・・」


 「あるじ様、気を付けて!」


 彼女の声が響いてすぐ、おれは転倒した。

 身体強化の術のせいで痛くはないし傷もないと思うが、これは一体・・・。


 「おまえ、やっぱりね・・・」


 目の前につむじ風が起こり、杉田が現れた。

 深紅に塗った口紅が、残忍そうににんまり曲がっている。

 姿を隠したこいつにどつかれたのだ。


 「最初見た時から気に食わなかった。

 まさか、おまえが託宣の者だったなんてね」


 「託宣?

 杉田、何のことだ、答えろ」


 先生は狂った獣のように口を開け、ガーッと威嚇した。

 人ならざる牙が光っている。


 「おまえは何も知らなくていい。

 消え失せろ、国を滅ぼす邪神め!」


 そう言い、襲い掛かってくる。

 彼女の四肢は銀色の毛むくじゃらで、尻にはふさふさの尻尾が生えている。

 女の顔をした銀色の魔獣だ。


 「無礼者!」


 白い鳥と化したサーラが勢いよく杉田の背をむしる。

 コハクチョウだと思ったけれど、脚の爪は刃物のように鋭いようだ。

 黒っぽい液体が飛び散った。


 「きゃあ!」


 杉田は悲鳴を上げ、黒い瞳をぎらつかせ、赤い舌をだらりと見せた。

 これはキツネの魔物だ。


 「なにがいとこだ、なにが転校生だ!

 娘、おまえは黒木の使い魔だな!」


 魔物はコーンコーンと鳴きわめくが、サーラは脚の力を緩めない。


 「あるじ様。

 この者は霊能力を悪用し、罪なき者を何人も殺してきた罪人です。

 天の法律リタにより、あるじ様の手で消してください」


 「消すって?」


 「さあ、早く・・・」


 鳥は脚の力をこめるが、魔獣がだんだん力を回復しているらしく、放しそうになっている。

 杉田は憎い。

 死んでしまえと思ったこともある。

 しかし、殺せるか?

 おれの手で直接・・・。

 相手はカルト教団に属してるとはいえ、担任の先生だ。


 「あるじ様、早く!」


 サーラは悲鳴を上げた。

 おれは覚悟を決め、キラナ剣を出現させたが・・・。


 「そこまでだ」


 女性の声が響いた。

 杉田は糸の切れた凧のようにくたっと倒れた。

 人型に戻っている。

 気絶したらしく、白目を剥いて口を開けたままだ。

 サーラはあわててその場を離れ、おれの横に来た。


 「それでよい。

 迷惑をかけたな」


 光の球体が現れ、実体化した。

 白い大ギツネに跨った女性―――、一目見てこの世のひとではないと分かった。

 天女もしくは女神。

 縫い目のないふわりとした着物を着て、羽衣を付けている。

 深緑色の髪を高く結い、金色の豪奢なかんざしでいくつも止めている。


 「ダーキニー様」


 サーラがお辞儀をした。

 女神は舐めるように彼女とおれを見て、ふっと笑った。

 馬鹿にしているような感じではない。

 

 「ふむ、そなたが虹天か。

 ずいぶん騒ぎになっていたぞ」


 「??」


 「話は、まあいい。

 わらわはこやつを罰しに来たのだが」


 髪の毛と同じ色の美しい瞳が、きっと杉田を睨みすえた。


 「こやつの先祖はわらわと契約し、暇だったので力を一部貸し与えてやった。

 なれどこやつの親の代になってわらわを裏切り、この女は・・・」


 ギリッと唇を嚙む。


 「霊力を悪用してひとを殺めてしもうた」


 白い手をサッと降ると、杉田の身体から銀色の砂が出てきた。

 それは小さなキツネの姿となり、ダーキニーが力をこめると、苦痛の悲鳴と共に消滅した。

 女神はため息をつき、言葉を紡いだ。


 「世話をかけたな、では、さらば。

 そうそう」


 緑の瞳がおれをじっと見つめる。

 美しい女性、それ以上に艶めかしさを感じる。


 「未来の大神に詫びをいれねばな。

 これを受け取ってくれ。

 自由に使うがよい」


 そう言い、光と共に消え去った。 

 後に残されたのは、一匹の淡い緑色の子ギツネだ。

 目は輝くようなエメラルド。

 全体的に丸っこくて、子犬に間違われそうだ。

 (緑のキツネだ!

 これを聞いて何を連想するだろうか?)


 「これは・・・?」


 「女神からの贈り物・・・ですねえ」


 サーラはいぶかりつつも近づいた。

 

 「犬・・・?」


 「くーん」


 それは瞬時にして人型になった。

 6つぐらいの男の子で、緑色の目と髪をしている。

 ふっくらした色白の頬はバラ色。

 化け損ねたのか(?)緑色のふさふさ尻尾はそのままだ。

 尻尾の先だけが白い。


 「はじめまして、でし!」


 彼は話し始めた。


 「をれはダーキニー女神の霊力で作られた、あるじ様のしもべでし。

 三界の最新情報を掲載されている知的生命体です。

 自分でいうのもナンだけど、結構優秀ですよ、をれ」


 「ちょっとなんなの、あんた!」


 サーラが怒りはじめた。


 「あるじ様のしもべはあたしだけで十分なのっ!

 犬はどっかに行った、行った!」


 「失礼な鳥女でし。

 をれは犬でなく、たぶんヤクシャでしゅよ。

 あるじ様、をれに名前をちょうだいなのでし」


 女神が神通力でこしらえたAIか。

 なにかの罠だったら嫌だけれど、受け取らないと失礼になるし・・・。

 男の子は緑色の丸い目で期待したようにこちらを見ている。


 「ナビってのはどう?」


 「をれの名前はナビ!」


 男の子は喜んで身を翻し、子ぎつねに戻った。

 コーンと鳴く。


 「しかし、本当に困った。

 サーラといい、ナビといい、どうやっておふくろに説明すればいい?」


 「記憶阻害するしかないですね」


 サーラは結構嫌そうにナビを見ている。

 唯一のしもべというカードを失ったから、怒っているのだろう。


 「それについては大丈夫でし」


 ナビは自信満々に言う。


 「をれは天界でも屈指の情報屋。

 神足自在。

 ごまかすことも天下一品」


 「嘘はよくないぞ、ナビ。

 とはいえ、手はあるのか?」


 キツネはうなずいた。


 「とりあえずをれを信じてくれろ。

 見ててくれ」


 緑の子供はあっという間に黒髪黒目に変わった。

 黒いランドセルを背負っている。

 どう見ても普通の小学生といった感じだ。


 「さっき言ってた三界って何のこと?」


 おれが聞くと、小学生/ナビは答えた。


 「天上界、人間界、冥界のことでしゅ。

 をれたちは天上界の住人なので、気を付けた方がいいでし」


 「おれは人間だよね・・・?」


 「違うでしゅよ」


 ナビは否定した。


 「今は記憶がないかもしれないけど、自覚した方が身を守れますでしゅ。

 ここの世界は穢れていて、魑魅魍魎のたまり場。

 連中は天界人の魂を狙っているので、気を付けるでし」


 「魂をを狙うって、ホントバケモノだな。

 ゲ〇ゲの鬼〇郎にそんなエピソードがあった。

 どうしてそんなことをするんだろう?」


 「生きる為ですよ」


 ナビに変わって、サーラが話した。


 「幽霊、怨霊、妖怪。

 正体は死んだ動物や人間が餓鬼道に転生したモノです。

 連中はのエネルギーの質が悪く弱々しいので、本当は人間界にいることができません。

 人間界のほうが高次元ですので。

 だから、人間や天界人の魂つまり高エネルギーのもとを狙うんです。

 そうやって人界にとどまり、更なる悪行を重ねていくと・・・」


 「地獄の使者がやってくるでし」


 ナビが締めくくった。

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