5 担任教師との確執
週末が終わり、月曜日になった。
いつもは嫌で仕方がないこの日だが、今日はなぜかそうでもない。
「あるじ様、ここが学校ですか?
いやな波動を感じます」
人化し、ブレザーの制服を着たサーラがそっとつぶやいた。
自前の服を変化させたのだ。
その魔法を教えてもらったので、実は今日のおれも私服だったりする。
家に帰って着替えなくてもいい。
T市立西之森中学校。
そこの3年D組、おれと同じ組の転入生となる予定らしい。
彼女の記憶阻害は強力なので、よほどの霊力の持ち主でなければ破れることはないという。
「失敗したらおれがどうにかしてやる。
幻だった、みたいなオチにもっていくべ」
「うふふ、サーラの実力をとくとご覧あれ!」
彼女がくるりと回って笑うと、離れたところから見ていた男子たちが歓声を上げる。
「わあ、あの子すっげーかわいい!」
「転校生かな。
同じクラスだったらいいな♡」
「なんで黒木なんかと一緒にいるの?
てか、あれ本当に黒木?
あんなやせてたっけ?」
「黒木に似てるけど、別のやつだろ。
青白い感じだけど、かなりイケメンじゃね?
ちくしょう、うらやましいぜ」
「黒木があんなやせてきれいな感じなわけないもんね」
女子生徒の声も飛んできた。
カバ田シエナだ。
取り巻きの女ふたりとデカい声で話している。
「何ていう人かな。
彼女いるかしら」
「シエナには沼田君がいるでしょ、もう!」
取り巻きの一人が軽くカバ田を小突くと、カバはにちゃーっと笑った。
気持ち悪い。
「二人とも転校生ね、きっと。
この時期に珍しいこと」
もう一人の取り巻きがもっともなことを言う。
「にしてもあの男子、イケメンだわ。
山田君も負けちゃうかもね。
見てよ、あの線の細さ。
目の色もちょっと金色がかってて、バンパイアの王子様って感じ」
「え?」
おれはあわててサーラに向き合った。
「おれの目、何色?」
「茶色です。
うーん、角度によっては金茶色っぽいかなあ」
「やばい。
変色した」
おれは頭を抱えた。
「大丈夫ですよ、あるじ様。
それぐらい色素薄いひと、人間でもいるでしょう?」
「まあ、な」
おれはちらりとカバたちを見た。
離れたところでまだきゃあきゃあ騒いでいる。
「元に戻れ、元に戻れ・・・
サーラ、おれの目、黒くなった?」
「変わってませんね」
朝8時のチャイムが鳴った。
教室に入らなくてはいけない。
「仕方がない、1日中うつむいてるべ。
その方が、元々のユウマっぽくっていいだろ。
サーラ行くぞ。
あと・・・」
おれは彼女を直視した。
念話に切り替えた。
「みんなの前であるじ様なんて言うな。
ユウマ、と呼び捨てにしてくれ。
なんせ、おまえとおれはいとこだという設定だからな。
忘れるなよ。
あと・・・」
一息吸い込んだ。
「担任の杉田ミヤコは邪教の曲者らしい。
心してかかれ」
―――
(杉田先生の視点)
面白くない。
全く面白くない。
就職に失敗して地元に戻り、教師になってはや5年。
あいつらが周囲を嗅ぎまわっている。
きっと奥さんが探偵を雇ってんだわ。
寝取られた仕返しに、証拠を集めて裁判沙汰にするつもりなんだ。
ダンナさんは教頭だなんて威張ってるけれど、私の前では単なるヘンタイ親父よ。
クスリを使わないと立たないし。
年は取りたくないものね。
教室についたら、見慣れぬ生徒が2人いた。
他の
・・・ああ、そうだ。
うちのクラスに転入生がいるんだった!
わたしは名簿を広げ、首を傾げた。
彼女の名前を書くのを忘れてた。
とんでもない初歩的なミスだ。
おかしいわ。
週末のアバンチュールで、頭が吹っ飛んでたのかしら。
「先生、転校生が来てます」
優等生の山田直己が話しかけた。
思わず艶っぽい笑みが出そうになるが、慌てて引っ込める。
彼との
まさかこんなきれいな子の童貞を奪うことができたなんて!
直己は満足して何度も情熱的なキスをしてくれるし、私の子宮に住まうキツネちゃんも大満足。
これがwin-winな関係。
でも、バレるわけにはいかない。
「ええ、そうね。
ごめんね、お名前は・・・?」
「黒木沙羅と申します」
黒髪を古風におさげにした彼女は丁寧にお辞儀をした。
痛い。
この娘、波動が突き刺さるようだ。
思わず自分の両腕をさすると、沙羅は首を傾げた。
「そ、そうだったわね。
えっと、黒木・・・君の関係者・・・でしたっけ」
黒木。
黒木勇真。
デブでドンくさい、いじめられっ子。
学校一の嫌われ者にしていらない子。
初対面の時からこいつが大嫌いだった。
直己に命令してこいつをいじめ、合法的に消す・・・つまり自殺させる予定だったのに。
この豚は存外にも精神がタフで、なかなか死なないのだ。
「はい、いとこです。
学校にもそう届け出ているはずですけど」
娘は鈴を転がすような声ではっきりと言った。
私は黒木を探したけれど、見当たらない。
「黒木・・・君は?
今日は休んだのかしら」
「先生、ぼくはここですよ」
沙羅の隣にいた、やや暗い感じの美少年が声を出した。
思わず彼の顔を見てしまった。
傷だらけだった顔は、今や傷一つない。
さらさらの青みがかった黒髪。
色白でややもすれば青白い肌。
すらりとした体型のせいで、実際よりも背が高く見える。
何よりも、その目が。
金茶色に輝く目が私をねめつける。
(ほら、言ったろ。
こいつをいじめちゃダメだって)
腹の中に住まうおキツネ様が意地悪な声を出す。
私は、しかし黙って無視した。
黒木ユウマとキツネの声を。
「では出席を取ります」
私は素知らぬ顔をし、出席簿を読み始めた。
「一番、相川勝美!」
「はい!」
この次は私の授業だ。
憂鬱な感情が湧きおこる。
(仕方がないナ。
じゃ、
ガキが完全に覚醒する前に・・・)
(いいわ。
手だてを考えてちょうだい)
出席をとりつつ、私は自らの内に秘めた神に頼った。
―――
(ユウマの視点)
「7番!
次の文章を読みなさい」
「あ・・・はい」
おれは間抜けな声を出した。
杉田の突き刺すような目がこちらに向けられる。
授業の内容が思わずおろそかになってしまっていた。
なにせ、さっきから先生の後ろ姿を見ていたからだ。
杉田はアラサーの割には若々しく、凄みのある美人と言ってもいい容姿だ。
しかし、霊眼でその後ろを見てみると・・・。
キツネの尻尾が生えていた!
サーラいわく、体内にキツネの霊を住まわせているだろう、とのこと。
「ダーキニーの眷属だったものが落ちぶれたんでしょうね」
彼女は念話で言った。
「天に帰るには穢れすぎていて、今ではすっかり妖怪です。
あ、あるじ様の方を見てる、気を付けて」
「腹の中に飼ってるのか、気持ちわりぃ」
おれも念話で答える。
授業を聞きそびれていた。
「7番、黒木!」
杉田はキツネのように細くつり上がった眼でねめつけてきた。
「はい!」
ぴしゃりと平手打ちを食らった。
身体強化しておいたから痛くないけれど、隣の席のサーラが躍りかかりそうになっている。
クラス中から笑いと歓声が上がる。
少し離れた席の石井スズナがすごくいやな顔で先生を見ていた。
「落ち着け、サーラ。
いつもされてたことだ。
自分をばらすな!」
おれは痛がるふりをして、サーラに念話で警告した。
それに気づかず、杉田が大声で怒鳴る。
「落ちこぼれ、出来損ない!
もういい、次の段落は佐山君、読んで」
「はい」
より目の佐山が気持ち悪い笑みと共に、ざまあ、いきがりやがってというのを聞き逃さなかった。
どうでもいい。
ここは最低ランクの、ひとに生まれちゃいけないバグ共の吹き溜まりなのだ。
「おい、黒木」
授業が終わってすぐ、山田らがやってきた。
あんな目に遭ったのに、懲りずに関わろうとするなんて。
こいつらの脳味噌は微生物並みなのか。
「ちーっす、ナオちゃん」
「あれを覚えてるか?
コンビニで・・・よくもおれらをコケにしてくれたな」
「うん」
おれはねばぁと笑ってやった。
八田は今日、休んでいる。
どうしちゃったのかな。
残りの7万は親切に、ヤツの自宅に行って回収してやろうか。
「ナオちゃん、10万返して」
「ちがうだろー!」
不良の長澤
こいつは街のヤーさんの息子で、将来跡取りになるらしい。
長澤組の。
親父はいかにも暴走族上がりっぽい、ほれぼれするほどダサい格好の中年男だ。
笑いたいけれど、この長澤組、街の政治家ともコネがあって、というか脅しをかけてるみたいで、厄介な存在なのだった。
一つ、挨拶しようと思う。
「ジークくんじゃね!
お、持ってきてくれたの、10万」
勝利と書いてジークと読ませる。
長澤の親父、推定中卒にしては語学の知識があってよろしい、褒めてあげる!
ジークの顔が赤と青のまだらになった。
紫にならないのが、かわいらしい。
「ちくしょう、黒木のくせに!」
思い切り張り手するが、痛がって悲鳴を上げたのはジークのほうだった。
霊眼でしか見えないが、炎のバリアを張っていたから。
長澤の手は、火にくべて火傷したような状態になってる。
山田の眉間と口がひくついた。
文字通り怒っているのだ。
「この女、ずいぶん地味だな。
おまえのいとこだっけ?
かわいがってやる」
「ナオちゃん、こいつはよしたほうがいい。
きみの手に負える子じゃない」
おれの忠告を無視し、山田はサーラの髪をひっつかんだ。
教室から悲鳴が聞こえ、スズナがすっ飛んでくる。
「山田君!
女の子に手出しするなんて、許されないわよ!
証拠を取って警察に出すからね!」
「いつもうるせえぞ、このアルビノ!」
山田は小柄なスズナをどんと押すと、彼女は床に倒れた。
(スズナは色素薄い系女子だが、アルビノではない)
「お、おい、山田・・・
お、女の子に乱暴は、マナー違反だ。
やめろよ!」
ヒョロガリ眼鏡の北川が慌ててスズナを助け起こす。
山田の血走った目がぎょろりと相手を見た。
「なんだてめえ。
おれに口出しする気か?
てめえの親父を首にしてやってもいいんだぞ。
一言言うだけで、おれの親父は何でもやってくれるんだからな」
「そ、そんな・・・。
でも、女の子に乱暴は駄目・・・」
ズコンと音がし、北川は一発KOされた。
長澤と山田双方から殴られたのだ。
「うるさい生物ね」
サーラはうんざりしたようにいじめっ子たちを見た。
ぱちんと山田の手を叩くと、彼は髪の毛を手放した。
「バッチい子だわ。
おしおきしてあげる、愚か者たちに」
次の瞬間、教室内に雷が炸裂した。
天罰が下ったのだ。
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