8月23日
8月23日、東京に帰るまであと7日、徐々に終わりが近づいてきた感がある。寂しいが、いずれ東京に戻らなければならない。36年後、この地に戻ってくる時には秋平はどうなっているんだろう。
和夫は空を見上げて東京に思いをはせた。友達は今頃どうしているんだろう。宿題は終わったんだろうか? 旅行に行ったんだろうか? 2学期の初めに聞いてみようかな?
「おじいちゃん、今日から2日間病院に行ってくるから」
外からシゲの声が聞こえる。がんに関する検査と思われる。2日にまたいで行くのは初めてだから、相当長い検査と思われる。
「どうして?」
「いろいろ検査するんだ」
シゲは少し心配そうな表情だ。あと何日生きられるんだろうか? がんは進行していないだろうか?
「いい結果が出るといいね」
2階の窓から和夫は顔を見せ、笑顔を見せた。
「うん。だから、どっかで遊んでおいで」
「わかった」
ここ最近そんな日が多い。でも、夏休みも終わりが近いのなら、もっと多くの体験をして、忘れられない夏にしようかな?
シゲが家を出て1時間ぐらい、3人は2回で暇そうにしている。その下では翔太がドラゴンクエストをやっている。ここ最近またよく来ている。すでに竜王の城に行くためのアイテムを購入していて、竜王の城に向かっているという。
「暇だなー」
和夫は背伸びをした。秋平はほとんど人がいない。東京とは全く違う。だけど、1人1人が親戚のようで、親密だ。これが田舎の魅力だろうか?
「宿題は?」
声をかけたのは優太だ。優太は床に寝そべっている。優太もとても暇そうだ。
「ほとんど終わったよ」
「僕も」
智也も暇そうな表情だ。智也も宿題をほとんど終えている。
「俺はあと少し残ってるけど、あと数日すれば終わるぐらいだよ」
和夫は空を見上げた。東京より空気が澄んでいる。だけど、あと7日でこの澄んだ空気とはお別れだ。
「そっか。気分転換にどこか行こうか?」
「いいね」
その時、車の音がした。もうシゲが帰ってきたんだろうか? 和夫は下を見た。そこには鈴木の車がある。やって来たのは鈴木のようだ。鈴木は車から出ると、玄関に向かった。
「お邪魔しまーす」
その声に反応して、和夫は2階から下りてきた。それに続いて、優太と智也も下りてきた。
「あれっ、鈴木さん。来たの?」
「うん。暇だから来た」
普通なら鈴木は仕事をしている時間だ。今日は休みだろうか?
「そう。僕らも暇なんだ」
と、鈴木は何かをひらめいたような表情を見せた。
「そば打ち行こうか?」
3人は驚いた。そば打ちをするとは。いつも食べる側で、作った事はない。自由研究はもうできていて、ネタにはならない。だけど、東京に戻るまでのいい思い出になるだろう。
「うん」
3人は先日行った道の駅とはまた別の場所の道の駅に向かう事にした。それは森琴村から少し離れた所にある道の駅だ。鈴木は何度かそこに行ったことがあって、その道の駅の事をよく知っている。
秋平から数十分、車は道の駅レイクサイド毛木野、通称道の駅毛木野にやって来た。先日行った毛木野ダムからもう少し先にある。周りは山奥で、まるで秘境のような所だ。ここを訪れる人は少ないものの、秘境感漂う場所でそば打ちの他に、キャンプ、温泉など様々な体験ができるのが魅力だ。
4人は道の駅毛木野に降り立った。道の駅はそこそこ多くの人が来ている。彼らの多くは家族連れで、キャンプに来たようだ。
4人は建物の中に入った。中には様々な体験ができる場所があり、そば打ち体験はその中でも一番人気がある体験だ。そば打ち体験にはやや行列ができている。
「これがそば打ちか」
「うん」
3人はそば打ちの様子を見ている。そば屋のガラス越しに見た事はあるけど、ガラスなしで見るのは初めてだ。3人はその様子を興味津々に見ている。
「初めてだよ」
「なかなかおもしそうね」
約10分後、3人はそば打ちを始めた。粉が違う以外は、パンを作るような感じで、なかなか面白い。
「パンをこねてるみたいだよ」
「その感覚に似てる」
3人は楽しそうにそば打ちをしている。まさかここでそば打ちを体験するとは。きっとこれもいい思い出になるだろう。鈴木は嬉しそうにその様子を見ている。
生地をこねるのが終わり、これからのばしだ。ラーメンの麵を打つようで、ここも面白い。
「次はのばしか」
「うん」
3人は生地をのばした。だが、なかなかうまくいかない。厚さが均等になるように、周りが裂けないように。簡単そうに見えて難しくて、奥が深い。
「裂けたらダメなんだよな」
「面白いけど、奥が深いね」
3人は慎重にのばした。その様子をそば打ち名人がじっと見ている。名人も嬉しそうな表情だ。
延ばし終わると、次は切りだ。ここも他の麺と共通している所だ。3人は専用の包丁を手に、のばした記事を切り始めた。
「次は切りか」
「これでそばがそばらしくなるんだね」
和夫は生地を切り始めた。だが、お店の人みたいに均等にできないし、切りが平行ではない。美しく切れるまでに、何年修業したんだろう。
「おいしそうな香り」
切っているうちに、そばの何とも言えない香りがする。それがそばのだいご味だ。
「うーん、そば屋さんみたいに均等に切れないな」
優太や智也もそば切りに四苦八苦している。なかなか美しく切れない。調理実習の千切りはうまくできるのに。
「熟練すればうまくなるよ」
彼らを見ているそば打ち名人は笑顔を見せた。彼はこの道70年のベテランで、かつて毛木野のそば屋の店主だったそうだ。
「そうだね」
和夫は照れくさそうに海を浮かべた。この老人は美しく切れるまでにどれだけの年月がかかったんだろう。
切り終わったそばは茹でて、自分で食べる。自分で食べるのもまたそば打ち体験のだいご味だ。自分の腕で作ったもののはなぜかおいしい。
「おいしそう」
3人が作ったのはざるそばだ。そば打ち体験のサービスで、好きな天ぷらを3つ取る事ができる。和夫はえびとかき揚げとナスにした。優太はえびとイカとちくわ、智也はかき揚げと鶏肉とタコだ。
「いただきまーす」
3人は自分で作ったそばを食べ始めた。打ち立てのそばはとてもおいしい。美しくも、おいしくもないのに、なぜかおいしい。
「うまく作れなかったけど、自分で作ったそばはおいしいな」
「うん」
3人はおいしそうにそばを食べている。鈴木はそば打ち体験はせず、店で注文したそばを食べている。東京ではこんな体験、あんまりない。この思い出も忘れないようにしよう。
その夜、4人は道の駅にある露天風呂に入る事にした。この道の駅には露天風呂があり、主に民宿やキャンプ場に泊まる人々が使っている。
「露天風呂入ろうか?」
「うん」
和夫は嬉しそうだ。露天風呂なんて、テレビでしか見た事がない。自分も入ってみたいと思ったが、なかなかそんな機会がなかった。
「露天風呂か」
智也も嬉しそうだ。家の風呂と違って、広くて開放感があって、なんてったって星空がきれいなんだろうな。
「いいでしょ」
「うん」
4人は露天風呂にやって来た。露天風呂にはキャンプで来ている家族連れが何組かいて、とても楽しそうだ。それを見て和夫や智也は、家族とこの露天風呂に入りたいなと思った。
4人は空を見上げた。今日は1日中快晴、満天の星空だ。こんなに星空がきれいに見えるなんて。帰りたくなくなる。だけど、もうすぐ東京に帰らなければならない。
「星空がきれいだね」
和夫と優太と智也は美しい星空に見とれていた。いつの間にか、時間を忘れている。田舎ってこんなものだろうか?
「こんなの東京では見られないな」
「いい場所だね」
和夫と優太と智也は東京を思い浮かべた。東京の家や銭湯ではこんなお風呂には入れない。これも東京の同級生に教えたいな。
「おじいちゃんは?」
鈴木はシゲが気になった。病院に行ってももう帰っている時間なのに。
「おじいちゃんが今日と明日、検査でいないんだ」
和夫と優太と智也は寂しそうだ。もうあと半年しか生きられないと考えると、心が沈んでしまう。
「そっか。それは退屈だな。まぁ、こんな気分転換もいいでしょ?」
「うん」
和夫はのんびりと星空を見上げている。来年の夏はシゲが空から見上げているだろう。そう考えると少し嬉しくなる。
「おじいちゃん、あと半年しか生きられないんだね」
「ああ」
鈴木も星空を見上げた。今日も美しい星空だ。東京とは全然違う。さえぎる物がない。まるでプラネタリウムだ。
「あさって、おじいちゃんの誕生日だけど、来年も迎えられるかな?」
突然、和夫は気づいた。あさってはシゲの誕生日だ。おそらく最後の誕生日になるだろう。みんなで盛大に祝おう。
「だといいけど」
だが、優太と智也は不安そうだ。余命半年と言われているから、もう迎えられないだろう。
「きっと迎えられると信じようよ」
だが、和夫はあきらめていないようだ。きっと奇跡が起きる。シゲは来年も誕生日を迎えられる。
「そうだね」
来年迎えられないだろうと思っていた2人も、奇跡を信じようと思った。きっと生きたいという気持ちががんの進行を遅らせてくれるかもしれない。
もうすぐ夏休みが終わる。この夏を忘れないようにしよう。そして、36年後の自分に喜んでもらえるように頑張ろう。
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