第109話 勉強合宿1日目
……というわけで、夏休みが始まってから初めての週末に、俺たちは伊豆にやってきた。
「さっそく勉強やっていこー!」
「おー……」
結花は俺のやる気を上げるためか、元気よく声をかけてくれる。
電車移動が楽しすぎて、この旅行の目的を忘れかけていた。
俺たちは数学の問題集とノートを開いて、ペンを走らせる。
早くもやる気が下がり気味な俺は、一問解くごとに結花の集中している表情を眺めることにした。
結花は長い髪を耳にかけて、ペンを休まず動かしている。
……やっぱり、かっこいいな。あとオフショルダー姿が可愛い。後ろに回って抱きしめたくなる。
俺ももうちょっと集中しますか……。邪念は振り払わないと。
「そろそろ休憩しよっか、ゆうくん?」
結花はペンを置いて、俺に微笑みかける。
「やったー!」
俺は嬉しすぎて飛び上がるとこだった。そんな俺の様子を結花は優しく見つめる。
「昼ご飯はなにが食べたい?」
「うーん、冷やし中華かな。俺も手伝うよ」
「美味しそうだね。じゃあ、あと1時間勉強したら作ろっか」
正直今すぐ作り始めたかった。……まあ、午前中にいろいろ終わらせてしまったほうが楽だから、もう少し頑張ります。
……そう決意したんだけど。
30分経ったところで、ペンを動かす手が止まる。この問題の解き方忘れたわ……。
そうなってしまうと、集中力はどんどん削られていく。
しかし、結花の集中している表情をもう一度見ると、やらなきゃだな……とふつふつとやる気が出てくるのを感じる。あと半分……!
やっと1時間が経った。
結花と一緒にぱぱっとトマトやきゅうりといった野菜を刻んで、冷やし中華を完成させた。調理時間自体はかなり短かった。
家でも手軽に作れそうだ。今度結花に振る舞うのもいいかも。
俺たちは、向かい合って座って、冷やし中華をすする。
「結花はよく1時間も集中力持つねー」
「うーん、決めたところまで早く終わらせたいからかなあ」
なんでもないことのように結花は言うけれど、相当凄いことだと思う。
俺はご褒美とかがないと頑張れないタイプだな、とつくづく思う。
まあ、結花と一緒にご飯食べれてるのはご褒美だ。午前中勉強した分報われた。
……そう思ったら、午後頑張れるのでは?とポジティブな気持ちになってきた。
よし、夜ご飯まで頑張ろう!
俺は1時間頑張ってペンを動かし続けた。
……ふう。俺はペンを置いて、肩の力を抜き天井を仰ぐ。
「お疲れ様、ゆうくん」
耳元で、結花が優しく俺に声をかける。
それから、腕を俺の背中から胸の方に回して、ぎゅっと抱きしめてくれる。
オフショルダーの紐が背中に当たってるのを感じて、どきっとした。
「……びっくりした?」
「……した」
結花は俺の反応を確認すると、満足してにこっと微笑む。すんすんと鼻を鳴らして、俺を離さないように抱きしめている。
「ほんとは、早く今日の分終わらせて、こうしたかったんだ」
結花はまだ俺の肩あたりに顔をうずめようとしている。そんなにいい匂いするのかな。
今後も同じシャンプーとボディソープを使おう、とは思った。
「俺もこれがご褒美なら、ずっと集中持つかも」
「じゃあ、30分ごとにしてもいい?」
「もちろん」
結花はするすると俺を抱いている腕をほどく。もうちょっと長くても良かったのにな。
まあ、そのあとの勉強の効率が爆上がりしたのは言うまでもない。
「うー、眠い……」
夜ご飯を食べ終えて、午後9時になった。夜ご飯を作る時間も、食べる時間も楽しかったけれど、あっという間に過ぎ去ってしまった。ちなみに、夜ご飯はグラタンだった。
俺は目を擦りながらなんとかペンを握りなおす。結花はさきにお風呂に入りに行った。
今日やろうと決めた分はあと2問で終わるけど、明日以降楽をするためにも先に進めておきたい。
正直、こんないいとこに来て勉強だけして帰るわけにはいかない……!
結花とイチャイチャしたいし。それが主な目的だろって? ……そうです。
結花がお風呂から出てくるまでは、しっかり勉強しよ……。
◆◇◆◇◆
「お風呂上がりましたー!」
私は、髪を軽くタオルで拭いてから、あとはゆうくんに乾かしてもらおう、と思いながら脱衣所の扉を開ける。
ゆうくんに優しく髪を梳いてもらいながら乾かすの、好きだな。いつも大切にしてもらってるけど、さらに大事にしてもらってる気がするんだ。
「ぐぅ……」
ゆうくんは、ペンを握りしめたまま、テーブルに突っ伏して寝ていた。ずっと勉強してて疲れたんだろうな。
このまま寝てると確実に首とか肩とか痛めてしまいそうだな、とゆうくんを見ながら思う。
よし、寝心地が良さそうな場所に連れて行こう、と私は決意した。
けど……正直、私の力じゃベッドまで運べそうにはないな。
……そうだ!
私はちょうどいいゆうくんの寝場所を見つけた。テーブルの高さ的にも……大丈夫だね。
すやすやと気持ちよさそうに、夢の世界にいるゆうくんを現実に引き戻さないように、ゆっくりと移動させる。
……やっぱり、男の子だなあ。体もガッチリしてて、かっこいいな、なんて思う。
私は、私は太ももの上でかわいらしい寝顔を見せて眠るゆうくんを眺める。うーん、ゆうくんはやっぱり、かっこいいよりは可愛いが勝つかなあ。
ゆうくんの髪の毛を優しく撫でていると、胸の奥から愛しさが込み上げてきた。
「ふふっ」
太ももにかかる寝息がくすぐったいのと、ゆうくんの可愛い寝顔で、つい笑いがこぼれた。
テーブルに置いてある、私のスマホまで手を伸ばして、カメラを起動する。
私は、ゆうくんの寝顔を1枚撮ると、大事にスマホを握る。その画像は、しっかりとお気に入りに保存した。
◆◇◆◇◆
んー……気持ちいいなあ。
あれ……? 俺、勉強してたはずなんだけど。こんなふわふわな感覚って、勉強中に味わえるものだっけ。
次の問題解くかあ、と思って、ごろんと90度回ってからゆっくりと目を開ける。
……へ?
目を開けると、結花の嬉しそうな笑顔が見えた。あと胸も近い。……さすがに正直すぎる。
「ゆっくり眠れた?」
「うん……って、太もも、痛くない?」
俺は後頭部の柔らかな感触が、結花の膝枕によるものだと今さら気付いて、飛び起きる。
「大丈夫だよ。私も、ゆうくんの寝顔見てたら眠くなってきちゃったな」
結花は、目をこすりながら、ふわーっとあくびをして言う。
今日は、ここらへんで寝るとするか。さっさとお風呂入ってこよう。
「明日の午後は遊ぼうね? 午前中頑張るためにも、早く寝ないと」
「結花の言う通りだね」
明日は、楽しい1日になりそうだ。……あっ、半日だったわ。
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