第98話 ホワイトデーと春休みの予定
春休みに入ってからすぐの週末、ホワイトデー当日がやってきた。
長期休みなので、結花は朝から俺の家に来てくれる。それまでにバレンタインのお返しを渡す準備を整えておく。
「おはよー、ゆうくん!」
いつもの休日と同じように、結花は早くから来てくれた。
なんだか嬉しそうな雰囲気が、ちょっとそわそわしてて行動に出てるのが、俺にも伝わってこっちも嬉しくなる。
「うん、おはよ! ……さっそくだけどこれ、バレンタインのお返しです」
そう言って俺はカップケーキの入った袋を結花に手渡す。
「わあ、ありがとう! この1ヶ月の間、ずっと楽しみにしてたんだ」
結花はパッと花が咲いたような笑顔になって、「開けていい?」と確認してくる。
もちろん、と俺は答えて、結花が袋を開けるのを見守る。
「……ありがとう」
結花は袋の中から1つカップケーキを取り出すとそれを持って俺の方に向き直り、お礼を言ってくれる。
結花は、カップケーキを両手で包んでいるのを見つめてから、今度は俺に優しい微笑みを見せてくれる。
「どういう意味か、ゆうくんから伝えてもらってもいい?」
結花のさっきの表情からして、たぶん分かってるはずなのに、俺にどうしても言ってほしいみたいだ。
結花は少し小悪魔的な微笑みを見せて、俺が言い出すのを待っている。
「あなたは特別な人、って意味だよ。俺にとって結花は……そばにいたい特別な存在だから。今までも、ずっとこれからも」
言ってて自分で恥ずかしくなってきた。結花の顔を直視できない。
「うん、私もだよ」
そう言って、結花は俺のことをぎゅっと抱きしめる。
「……つかまえた。ずっと離さなくてもいい?」
結花はくすっと笑って、俺の耳元で囁く。
「うん、俺もそのつもりだよ」
俺は結花の真正面に向き合って、ニヤッと笑顔を見せて言う。
俺たちは時間を忘れて、2人だけの甘々な世界に浸っていた。
「……美味しい!」
暖かな春の光が差してくる窓際で、結花がカップケーキを食べているのを俺は眺める。
「ごちそうさまでした! ほんとに、ありがとね」
「うん!」
結花からお礼を言われるたびに、俺は舞い上がりそうになる。
「……これから春休み、どう過ごそっか?」
結花がカップケーキを食べ終えて、余韻に浸っているのを見守りながら俺は言う。
「あ、その話なんだけど……!」
結花はなにやらバッグをごそごそと探り、2枚のチケットを取り出す。
「お母さんから旅行券貰ったんだ」
「ええっ!? 結花のお母さんから?」
俺はかなり驚いて言う。たしか、なかなか帰ってきてくれないんだったよな、結花のお母さん。
帰って来られなくても、結花のことは大事に思ってくれてるんだな。
そう思って、俺は少しほっとした。
「うん。いきなり貰って、私もびっくりしたんだ。でも1つ条件があるって」
「条件?」
「ゆうくんに会わせること、だって」
「お、おお……。まあでも、それで結花と2人で旅行に行けるならお安い御用だよ」
どんな人なんだろ……少し怖いな、とも思う。
まあ急にそんな条件をつけてくるのは驚きだけど。今まで普通にお泊まりとかしてたのに。
「今から会いに行けたりできるの?」
早めに挨拶を済ませて、旅行の予定を立てたいなあと思って俺は結花に尋ねる。
「聞いてみるね」
結花がメッセージを送った後、どこに行くかとか話をしてたら、結花のスマホが音を立てて動いた。
「大丈夫だって、私の家で会いたいって」
「分かった」
俺は服装を整えて、結花と一緒に結花の家へと向かった。
俺は緊張した面持ちで結花の家のドアの前に立つ。なにこれ面接なの? まあ実際面接なんだけど。
……なに言ってんだ俺。
「じゃあ、行ってきます」
「うん。 ……ごめんね? ゆうくん1人で行ってもらって……」
結花はだいぶ申し訳なさそうに言う。
「いや、結花のお母さんがそう言ったなら仕方ないよ」
俺は、結花に寒くないか聞いてから、覚悟を決めて、「お邪魔します!」と言って結花の家の中に足を踏み入れた。
「こんにちは。……一条優希と言います」
正直緊張する。……でも、許可ゲットして結花を喜ばせるんだ!
「こんにちは。私は結花の母の、一ノ瀬怜花です。いきなり呼び出したみたいになってしまって、ごめんなさいね?」
怜花さんの茶色みがかった大きな瞳や、伸ばしていて滑らかな黒髪とか、結花が受け継いだんだろうなと思うほど似ていた。
「いえ、自分から行きたいと言ったので大丈夫です。むしろ、忙しい中予定を開けてくださってありがとうございます」
「どういたしまして。 それじゃあ、さっそく本題に入りましょう。……一条くんは結花を幸せにする覚悟はあるの?」
怜花さんの第一印象は物腰が柔らかいな、って感じだったけれど、急に目の色が変わった気がする。
「もちろんです。私にとって結花さんは……本当に特別な存在です、人生でもうこんな出会いはないと思うくらいに。 私は、そんな結花さんの笑顔がずっと見たいです。
だから、笑っていてもらえるように、不幸なことははね除けていきたい、そう思っています」
俺は怜花さんの瞳をまっすぐ見つめて言う。
「……まあ、第一審査は合格かな?」
怜花さんは結花がたまに見せる表情みたいに、いたずらそうに微笑んで言う。その感じ、めちゃくちゃ怖いってえ……。
「次は、学校での事を聞きます。学校での結花の様子は、どんな感じなのかしら?」
「授業中はもちろん、授業の合間の休み時間にも学習に取り組んでいて、見習わなければならないと思っています。 そして、昼休みに日替わりでお弁当を作って食べるのが……その、癒しです」
最後の惚気は必要なかったな、と後から思った。が……
「そうなの! もっと詳しく聞いてもいい?」
怜花さんはなぜだかノリノリのようだ。
「一条くん、結花を幸せにしてあげてね。きっとあなたにしかできないことだから」
結花のお母さんは去り際にそんな言葉を残していく。
俺はなんとなく、その声に寂しさが含まれているのを感じる。
「……待ってください!」
「どうしたの?」
怜花さんは立ち止まって振り向く。
「結花のことを大事に思ってくれてるっていうのは俺でも分かります。だからこそ……あなたには俺ができないことをしてほしいです」
「……そうよね」
怜花さんは窓のところまで行って、外を眺めながら呟く。
「私、会社の社長をやってるの。それでなかなか帰ってこられなくて……結花には申し訳ないと思ってる」
「そうだったんですか」
「今さら遅いかもしれないけれど、少し早く帰ってこられるように頑張ってみる。そうしないと……結花に向き合ってくれている一条くんにも申し訳ないから」
そう言って、怜花さんは俺の方に向き直る。
「旅行、楽しんできてね。お土産話、いつか聞かせて?」
「もちろんです!」
「どうだった、ゆうくん?」
結花は心配そうに俺を見つめる。俺は親指をぐっと立てて笑いかける。
「良かった……!」
結花は俺に飛び付いてくる。
「ほんとに良かったね、結花」
俺は、旅行とこれからの一ノ瀬家が賑やかになるのを想像して、微笑む。
「旅行、沖縄に行きたいんだけど……ゆうくんはどう?」
結花は俺から離れて、聞いてくる。
「おお、楽しそうだね」
「じゃあ決まりね!」
俺たちはさっそく、今から計画を立てることにした。
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