第96話 バレンタイン当日

「今日はバレンタインか」



俺は朝起きて2月14日と書かれたカレンダーを確かめる。いつも通り変わらない朝の訪れだけど、正直心は踊っている。



「今日は朝少し早くゆうくん家行ってもいい?」



 そうメッセージが入っているのを見て、俺は心だけでなく体も踊り出しそうになる。



「もちろん!」



俺はそう返して、学校に行く支度を始める。

制服に着替えるやいなや、インターホンの音がする。



「ちょっと早く来すぎちゃったかも」


「いやいやー、大丈夫だよ」



玄関を開けると、まだ空は薄暗く、寒さが身に染みるような風が吹きすさんでいた。


マフラーを巻いている結花を急いで家へ上げる。



「あったかい……お邪魔します」



結花はぺこっと頭を下げて言う。そして顔を上げて俺ににこっと笑いかける。



「どうぞどうぞ! ココア淹れるから座って待ってて」



俺は急いで台所へ向かい、棚からココアパウダーを取り出す。


なるべくココアパウダーが玉にならないように、丁寧に溶かしていく。

そして、沸騰させないように慎重に火にかける。


 こんなもんかな、ちょうどいいくらいの温度になったはずだ。



「はい、どうぞ」


「ありがと、バレンタインデーなのに先にゆうくんから貰っちゃってるね」


「あ、確かに」



俺は言われてみたらそうだなあ、と思って結花と顔を見合わせてくすっと笑う。



「ゆうくん、カフェ開けそう」



結花は俺が淹れたココアを、目を瞑ってゆっくりと味わって、そう俺を褒めてくれる。



「そうかな?」



俺は照れて、つい返しが短くなってしまう。なんか思い付けよ。



「あ、でもやっぱり……私だけがこの味を楽しみたい、かな?」



結花はしばらく考えてから、少しいたずらそうな微笑みを見せて言う。俺からしたら、その言葉が一番貰いたい褒め言葉だ。



「言ってもらえればいつでも淹れるから」


「うん! 楽しみにしてるね」



 さっきの結花の言葉で、俺は毎日コーヒーとココアを淹れられるように材料を揃えておこうと決意した。



「……じゃあ次は私が渡す番だね。はい、どうぞ」



綺麗にラッピングされた箱を渡される。



「ありがとう、さっそく開けるね?」


「うん!」



結花は優しく微笑んで、俺がラッピングをなるべくちぎってしまわないように丁寧に開けるのを見守る。



「おっ、マカロンだ」



薄いピンク色や、水色といったカラフルなマカロンが可愛らしい小さな袋に入っている。



「さっそくいただいていい?」


「もちろん」



一口目は、外側の生地のサクッとした感じが味わえた。そして後から内側の生地が口の中でとろける。


ずっと残しておきたくなるような濃厚な味わいだと感じる。



「美味しい、幸せだな」


「頑張って作ったから、嬉しいな」



「あ、あとさ……マカロンって、それに込められた意味みたいなのあったよね?」



俺はマカロンを見たときにふと思ったことを言ってみる。



「うん、うん! ……それで?」



結花の目がきらきらと期待で輝いているのが分かる。



「な、なんか……特別な人、みたいな」



外れていたらめちゃくちゃ恥ずかしいけれど、たしかそうだったような……という意味を言ってみる。


口の中にさっきよりも甘い味が広がったような気がした。



「そうだよ、『あなたは特別な人』って意味。ゆうくんが気付くとは思わなかったなー」


「あ、合ってたんだ……」



鈍感だと結花に言われてるような気がする……。



「そういうことだから、ゆうくんからのお返し楽しみにしてるね」


「あ、うん。期待してて!」




お菓子に込められた意味も考えて、お返し作らなきゃ、と思う。


言ったからには全力で作るしかねえ!


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