第95話 バレンタインを前に
「なあ、優希。今日一緒に帰らねえか?」
ロッカーに教科書を並べていると、翔琉が横にすっと現れた。
「おー、いいよ。結花どっか行ってから帰るらしいから。……あれ? 翔琉こそ、天野さんは?」
「んー、じゃあ女子会か?まあ俺たちも男子会ってことで」
「なんだそれ」
俺たち2人で帰るのは久しぶりな気がするな、と校門を出てふと思う。
「なあなあ、そろそろバレンタインじゃないか?」
翔琉はわくわくした様子で言う。まあ今年は翔琉もしっかり貰えそうだしな。
「確かにそうだな、今年も楽しみだな」
「俺ももらえるかなー」
駅までの道にあるケーキ屋からも、甘い香りが漂ってくる。俺はついつい吸い寄せられるように、ガラス越しに店内を眺める。
「あ、一条せんぱいじゃないですか! あと成瀬先輩も!」
立ち止まったことで見つかってしまったらしい。姫宮はバタバタとこちらへ走ってきた。
「そろそろバレンタインですね、せんぱいは甘いもの好きですか?」
「……まあ、好きだけど」
俺は少し考えて、一応答える。嫌いとか言ってめちゃくちゃ苦いのとか押し付けられてもなので。
「じゃあ、楽しみにしててくださいね!」
「え、姫宮って料理できるんだっけ」
俺はクリスマスイブを思い出して、疑問に思ったので素直に聞いてみる。
「なっ! そんなこと女の子に言っちゃだめですよ! ……一ノ瀬先輩に教えてもらおうかな」
「姫宮のそのメンタルは尊敬しかねえよ……」
なんで姫宮にとってのライバル(それに先輩)に教えてもらおうとするんだよ。
絶対教えてくれないだろ……。いや、ライバル視してないからそれぐらいは許すのかも。どちらにせよバチバチするだろ。
「あ、成瀬先輩にもたぶん渡すので、楽しみにしててください!」
そう言い残すと、姫宮は走って行った。今日はいつにもなく嵐みたいだったなあ……。
「やっぱ後輩ちゃんは面白いな」
あからさまに態度が違ったのに、その一言で終わらす翔琉の心綺麗で広すぎ。ウユニ塩湖みたい。
「今年のバレンタインは面白いラブコメ展開になりそうだな!」
そういうことですか……。
結局、俺たちは甘い香りの誘惑に負けて店でデザートを買って帰った。
◆◇◆◇◆
「ではこれからバレンタイン作戦会議を始めます! メンバーは私、天野と結花と花奈で!」
「おー!」
私たち3人はスタバでフラペチーノを満喫しながら、話し合うことにした。
「でも、私は男子にあげる予定ないけど……?」
花奈は少しだけ不安そうに私たちに聞く。
「でも、花奈の意見も聞いておきたいかなって」
私はそんな花奈に、思っていることをそのまま言う。
「え、ほんとに? えへへ、それなら私もアドバイスとか頑張るね!」
「ここにはチョロインしかいないのか……まあ私もなのか」
花奈は頬を緩ませて、口調まで柔らかくなりすぎている。
あかりは私たち2人の顔を見ながらなにやら呟く。
「どういうの作ろうかな」
私はフラペチーノを飲み終えて、カップを置きながら言う。
「……結花って、一条くんの話するときほんと顔変わるよね」
「たしかに……ちょっと悔しいけど」
2人は私を覗きこんで、うなずき合って言う。
「え……? どんな……?」
私は自分がどんな表情をしてるのかわからないので、2人に聞いてみる。
「ん、恋する乙女みたいな?」
「うん、これなら一条くんの前はどんな感じなんだろ」
「こないだボウリング行ったけど、今の2倍ぐらいとろけそうな感じ」
「え……私も今度呼んで?」
「そ、そんなにバレてる?」
私の言葉を聞いて、2人はニヤニヤしてこっちを見る。
私はいつもゆうくんの前でどんな表情してるんだろ。
2人に指摘されて、少し恥ずかしいけど、ゆうくんの前でだけ見せる表情があることは嬉しく思った。
「じゃあ、材料買いに行こっか」
「うん!」
私たち3人は、スタバを出て近くのスーパーへと向かう。
「私、手作りできるかなあ……今になって心配になってきた」
「大丈夫だよ、しっかり教えるから」
私は不安そうに呟くあかりに声をかける。
「結花がそう言ってくれるなら、安心だね!」
そう言ってあかりは満面の笑顔を見せてくれる。……抱きしめたい。
私たちは、カートを押しながら3人でスーパーの店内を眺めて回る。
「ちょっと別のとこ見てくるねー」
「うん!」
私は手作りのお菓子を作るための材料が並ぶ棚を見る。
「あ、一ノ瀬先輩!」
「……後輩ちゃん?」
後輩ちゃんもチョコレートの材料を買いに来ていたらしい。こちらへ小走りでやってくる。
「あの……お願いがあるんですけど、チョコレートの作り方教えてくれませんか?」
「……え?」
後輩ちゃんは私に勢いよく頭を下げて言う。
私の近くにばたばたと2人も走って寄ってくる。
「ゆ、結花。わざわざライバルに教えることないからね?」
「そうだよ!」
2人は、私が後輩ちゃんのお願いに頷かないように慌てて制止する。
「いや、大丈夫だよ。……いいよ、後輩ちゃん」
「え、いいんですか? どういう風の吹きまわしで?」
「……やっぱり教えなくてもいい?」
「えええ、待ってください! よろしくお願いします!」
後輩ちゃんは見てて面白いほどにコロコロ表情を変える。
「大丈夫なの、結花?」
花奈が心配そうに私の顔を覗いて聞く。
「うん、ゆうくんは私のを一番に喜んでくれるから。……それに、とっておきのをあげる予定だから」
私は花奈ににっこり笑って返す。3人は私の顔を見てぽかんと口を開けている。
「後輩ちゃん、結花と戦うのは厳しいと思うよ……?」
「むー……私も頑張るので」
あかりと後輩ちゃんがなにやらやり取りしているのが聞こえてくる。
「なに作りたいの、後輩ちゃん?」
「えーっと、クッキーを作ろうかなと」
「分かった」
私たち4人は、私の家に上がってそれぞれお菓子を作る。
私は後輩ちゃんに材料と工程を指示して、助けを求められるまで見守る。
「こんな感じですか?」
生地を混ぜている後輩ちゃんが、私に質問してくる。
「んー、もう少し粉っぽさがなくなるぐらいまで混ぜるかな」
「ありがとうございます!」
後輩ちゃんは元気よく答える。
後輩ちゃんが混ぜ合わせた生地を確認して、予熱しておいたオーブンに入れる。
そして、15分ほど焼き上がるのを待つ。
後輩ちゃんは、ミトンをつけてクッキーの乗った板を取り出す。
「わあ……すごい!」
「まあ、食べてみたら?」
「はい!」
そう言って後輩ちゃんはパクッと1枚バニラとココアの市松模様のクッキーを口に運ぶ。
「わあ、美味しい! 一ノ瀬先輩、ほんとにありがとうございます!」
後輩ちゃんは嬉しそうに頬を緩ませてお礼を言う。……ゆうくんに絡んでこなかったら可愛い後輩だけど。
「花奈とあかりはどう?」
私は後輩ちゃんと同時進行で2人の作業も見守っていた。
「うん、美味しいの作れたよ! ほんとにありがと、結花も頑張って」
「ありがとう、バレンタイン楽しみだね」
「うん!」
3人とも良い出来映えのお菓子が出来たらしく、皆満足してバレンタイン前女子会は終わった。
「……これで良し、っと」
私は自分の作ったお菓子を一口味わい、味を確かめる。
作業を終えて、時計を見やるともう夜の9時になっていた。
「ゆうくんの喜ぶ顔が楽しみだなあ」
私は、完成したお菓子を丁寧にラッピングしてから眠りについた。
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