第46話 憧れ

「せんぱーい、今日の放課後暇ですか?」


「まあ」


「話したいことがあるので、校舎裏まで来てもらえますか?」


 昼休み、姫宮はまたダル絡みを仕掛けてきた。


俺から話を切り出すのは正直厳しいと思ったけど、あっちから言ってきてくれるなら大丈夫だ。そういうところがいけないのかも、とは思うけど。


 まあ、もう話すべきことは決めてある。


「お疲れ様です、せんぱい!」


校舎裏に着くと、にこにこ笑ってる姫宮がいた。 


「で、話ってなんだ?」


「いきなり聞きますか」


しょうがない、俺はノーデリカシー男だから。

 ……いや、開き直んな。


「……なんで私がいつも先輩に付いて回ってるか分かりますか? 実は先輩は私の恩人なんです」


「……え?」


いきなり衝撃発言をされて俺は戸惑う。俺が、姫宮の恩人?


「夜、帰り道で知らない人にしつこくつきまとわれて、声をかけられてどうしたらいいかわからなくなってた時に、その不審者を追い払ってくれました」


「……!」


「その時から、優しくて格好いい一条先輩は私の憧れなんです。先輩の志望校も人から聞いて、私もそこに行きたいと思って必死に勉強したんです」


「そうだったんだ」


言われてみればそんなこともあったなあ、と思う。俺が中3の時だったかな。


冷静に考えたら危ないけど、当時の俺にはそんな発想がなかったんだろう。まあ、今もそんな場面に出くわしたら同じ行動を取りそうだが。


「そして、先輩と同じ高校に入学できて、先輩を見ているうちに心の中の気持ちを抑えられなくなったんです。

 ……もし先輩が良かったら、私と付き合ってもらえませんか?」


そう言って姫宮は頭を下げる。


ここで伝えないといけない、俺も。勇気を振り絞って言ってくれたのを断るのは心苦しいが。


大きく息を吸う。


「ごめん、付き合えない。 今付き合ってる彼女……結花は何よりも大切なんだ」


「そうですか……なんか、すみません。

本当は彼女いないとちょっと思ってました。そうであってほしくて、信じてなかっただけですけど」


いつもの姿からは想像できない消え入りそうな声。

申し訳なさを感じる。


「あ、待って! そこで提案なんだけど」


「……なんですか?」


 涙が今にもこぼれそうな表情で、姫宮は一歩だけ進んでから足を止めて振り返る。


「友達なら、大丈夫だから」


「え?」


「あ、嫌だったらいいよ……ごめん、今こんなこと聞きたくないよね」


「いいんですか? じゃあ、よろしくお願いします!」


さっきまでは心苦しかったけど、少し胸にのし掛かるものが軽くなった気がした。


じゃあね、と言って俺は校舎の入口の方に向かう。姫宮はいつもと変わらないように手を振ってくれた。


「えっ、翔琉……いたの?」


 校舎に入ろうとした瞬間、陰から翔琉がひょいっと顔を出した。


「もちろん、ラブコメイベントは逃さないようにしてるからな」


「そんなドヤ顔で言われても……」


サムズアップやめい。

 俺じゃなかったらドン引きだよ、ふつーに怖いから。ラブコメセンサーでも頭に付いてんのか。


「……聞いてた?」


「たまたま、な」


「絶対ちげーだろ。……あれで、良かったのかな」


ついため息が漏れる。

急に翔琉が硬い表情をする。


「あの方法は一番ダメだ」


「え、じゃあ、謝ってく……」


そこで前に立って止められる。


「あれは考えられる中で一番甘い方法だ。まあ優希らしい言葉だけどな」


「あれで甘いのか?」


「ああ、俺なら……残酷だけど、告白を断って終わりだな」


いつもならハーレムとか単語が飛び出てきそうだから、正直意外だった。……これ、我ながらひどい見方だな。


「結局、俺と優希の選択のどっちが正しいのかなんて誰も分からないけど」


「……」


「ま、本当に大事なものだけを掴まなきゃいけないときも来ると思う。そんときは、これじゃだめだ」


「そうだな。……結花と話してくる!」


「おう」




「それが、今取るべき行動だよ」


俺が走り出そうとした時、小声で翔琉は言った。


「え?」


「いや、まあ……最後に一つ言うとしたら、優希のその優しさは、人は救えても自分は傷つくことにつながりそうだから気をつけろよ」


「おっけ……ありがとう」


俺は少し反省しながら、翔琉に向き合って言う。


 「まあ、そういう他人を思う優しさってのが、一ノ瀬さんにとって、優希の好きなとこでもあるんだろうけど」

 

 翔琉は、俺が少し落ち込んでいるように見えたのか、フォローしてくれた。その声に後押しされて、俺は駆け出す。

 

 たしかに、姫宮との関係をなあなあにし続けて、結花に嫌われてしまっていたら、もう取り返しがつかないようになっていただろう。結花はもちろん、俺自身も深く傷ついたに違いない。


 

早く結花に謝ろう、という一心で俺は夕暮れの中、結花が勉強してる教室まで階段を駆け上がった。

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