第38話 バレンタインを前に

いつの間にか始業式の日がやって来た。制服に着替えたのに、学校に行こうという気力が湧いてこない。


「おはよ、行こっか」


いつも通り朝やってきてくれた結花の一言でなんとか学校に行くことを決意する。


結花がいたから我慢できるけど、結花がいなかったら我慢できなかった。……って、これめちゃくちゃダサいな。


「なんか元気なさそうだね……」


「え、いやいや、そんなことないよ!」


全力でごまかす。なぜバレた……?


「無理しなくていいからね?」


「うん、大丈夫だよ」


心配してくれる結花に、いちおう違和感なく笑顔を見せる。

ここで甘えてしまったらダメダメ度が上がってしまいそうだから。二度と学校行けなくなる。


なんとか学校を終えて、家に帰り着いた。




即着替えてベッドに転がる。


まだ今日1日だけしか学校に行ってないのに疲労感は1週間分なんだが。


「あ、なんかメッセージ来てるな」


ゴロゴロしながらアプリを開く。


どれどれ……?


橘さんからだ、珍しいな。

基本的に俺からはメッセージ送らないからね。


「チョコって甘い方が好き?」


え、なんか別の人が送ってきてないかい?

もしかして二重人格だったりした? 怖すぎる。


「急にどうしたの? 俺にくれるの?」


 ふざけてそう返してみる。端末を誰かに乗っ取られてる可能性もあるな。

瞬時に既読が付く。暇なのか?

特大ブーメランが突き刺さった気がした。


「なんで私があげるのよ……」


良かった。二重人格でも成り済ましでもないみたい。俺はほっと胸をなでおろしてから、質問を続ける。


「え、どういうこと?」


「そんなことも分からないなんて、ほんとに学年1位なの?替え玉受験とかしてない?」


うわっ、辛辣っすね。

甘々な生活を過ごしてる身にはダメージが大きいです。


「んー、まあ甘い方が好きかな」


「そう」


2文字だけで興味のなさが伝わる。別にいいんだけど、ほんの少し傷つく。


「まあ、結花のために聞いてくれてありがとな」


「は、はあ? べ、別にあんたに感謝されることじゃないし! 結花のためだから!」


なんでメッセージでこんなにも見事なツンデレを披露できるんだよ。

いや、俺に対するデレのdの文字すら感じられないんだが。ただのツンだ。


「あ、私は少しだけ苦さがあるチョコが好きだから結花にそれとなく伝えといて」


「どうすればいいんだよ……」


「あ、拒否権はないからね?」


「はいはい……」


(ちゃんと伝えとけよ、仕事しないとしばくぞ)って圧をひしひしと感じる。


ちょっと癪に障るので、もし橘さんから友チョコを貰うようなことがあれば(たぶんないけど)カカオの割合高めのかなり苦いチョコをプレゼントしてやろう。


でも、結花からどんなチョコが貰えるんだろうか。

本命とか初めてだな。


今までほんとに親からのチョコばっかりだったからなあ。

期待が高まる。


俺は、結花から貰うことを楽しみにしすぎて、お返しする必要があることは既に頭から抜け落ちていた。



 



2月13日。あっという間にバレンタイン前日がやってきた。


たぶん世の中の男子のテンションが一番高い日。平均的に見て。テンション上がらない男子がいるだろうか、いや、いない。


俺も中学生の時は、誰かに本命貰えないかなーって思ってワクワクしてた。心のどこかでは、貰えないだろうなと思ってたけど。


男子ってほんとアホな生き物だと思います。俺含め。


「遊び行こーぜ、優希」


メッセージが入ってた。いつもの男子メンバーのグループだ。


やっぱり皆テンション高そうだ。

俺も例外ではない。

まあ、今日結花に会えないのは寂しいけどね。

日曜だからいつも通りなら家に来てくれるんだけど、今日は用事があるからって言ってた。どうしたんだろうな。


「俺の家来る?」


「いや、優希の家って今家具とかしかないんだろ?」


「あ、ほんとだ」


ミニマリストみたいな生活してるな。物あったら散らかしちゃうからしょうがない。


「翔琉の家は行ける?」


「お、いいよ」


集合が決まってから30,40分ぐらいして4人が翔琉の部屋に集まる。

高校生になったら遊ぶのに長時間の移動が必要なんだよな。


「テレビゲームとか久しぶりだな」


「たしかに、俺ら今じゃスマホゲームばっかりだからな」


高校生になるとニンテンドーのお世話になることも少なくなりまして。3DSとか懐かしいな。


やはり無料とは正義なのだ。課金沼にはまりさえしなければずっと無料でできるスマホゲーム神。


まあ、皆遊ぶときに1つの画面囲んでプレイできるテレビゲームもいいんだけどね。


「明日誰が一番チョコ貰えるか勝負しないか?」


唐突に翔琉がニヤッと笑って口を開く。


「いや、俺は遠慮しとくよ」


俺は苦笑いして言う。その翔琉の発言、どう返しても危険なんだよ。


「「「あ゛?」」」


ぎろっと睨まれる。やっぱりこうなるよね!? どうか命だけは……。


「1つ貰えるのは確定してるからいいよなぁぁぁ!?」


「その発言は許されないね」


にこやかに言われると恐ろしさが倍増するんだが。


「いやでも……誰かからは貰えるって!」


全くフォローになってない自覚はある。


「そう信じて苦節15年……毎年結果は0だ」


「リア充にはこの辛さは分からないだろうな……」


皆そんなに絶望しないで……?


「じゃあ優希は明日の朝イチに神社行ってきて俺らの勝利を祈願してきてくれ」


「お、おっけ」


帰りにコンビニ寄って五円玉増やそ。人数分ちゃんと持っていくから。



「今日楽しかった……!ありがとう」


「おん、では俺たちは必勝グッズ買ってくる」


必勝グッズってなんだよ。お守り?


帰ろうとしたら翔琉に呼び止められる。


「ラブコメイベント楽しんでな」


「うん」


「今年こそは俺にもやってくるはず……甘々なラブコメイベント」


翔琉は力をこめて拳を握る。


でもたぶん翔琉のカウントの基準がおかしいだけかと。普通に貰ってはいそう。


……ほんとに贅沢な甘々生活送らせてもらってるな、俺。



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