第13話 花火大会


 お昼を食べ終えて、こないだ買ったゲームたちで遊んだりしてたら、いつの間にか3時前になっていた。


「あ、もうこんな時間ですね」


一ノ瀬さんは時計に目をやって言う。


「ほんとだ、準備しないと」


「優希くんの後で、お部屋借りて着替えてもいいですか?」


「うん、いいよ」


 俺は、この日のために実家から送ってもらった紺色の浴衣に着替える。


 もちろん着方なんか分からないのでスマホで調べながら。初めて着るので。


(一ノ瀬さんの浴衣姿楽しみだな……!)


 どんな感じなんだろ。

 可憐な感じだろうな。色々想像してしまう。


 あ、一ノ瀬さん待ってるんだった。早く着替えないと。


「着替え終わったよー」


「じゃあ、着替えてもいいですか?」


「うん!」


 この着替えを待ってる時間も楽しいかも。


「お待たせしました……!」


 一ノ瀬さんが部屋から出てくる。


(可愛い……!!)


 綺麗な花が描かれている、淡い水色の着物がよく似合っている。

 普段の洋服はどちらかと言うと格好いいを強調するけど、着物は可愛いを強調している。

なんだか奥ゆかしい感じだ。


「写真撮りたい……」


「え、あ、あとで一緒に撮りましょう!」


「そうだね」


 おっと。ついつい本音がね。

 正直写真はスマホのホーム画面にしたいんですが。


「それじゃあ、参りましょうか?」


「うん、行こう」


 花火大会は始まる前から楽しいらしい。



やっぱり人多いな……。

 普段はただの通りなのに、出店があるだけでこんなに変わって見えるのか。


「歩きづらくない?」


俺は隣を歩く一ノ瀬さんに声をかける。人も多いし、下駄を履いてるからなあ。


「大丈夫です、ありがとうございます!

あ、綿あめ食べませんか?」


「おー、いいね」


 着物姿の美少女に、綿あめは合う。例えるならラーメンに紅しょうが。いや、もっと綺麗に言うなら梅に鶯。

うん、こっちの方がいいな。


 大人っぽい感じに、綿あめを持ってることで幼い感じが加わってる。

 またまたとうぶん補給に成功しました!


「美味しいですね……!」


「うん、久しぶりに食べたなー」


口のなかがわたあめの甘さでいっぱいになる。


「次は金魚すくいしませんか?」


一ノ瀬さんは向こうに見える出店を指差して、俺の服の裾をちょいちょいと引っ張りながら言う。


「そうだね!」


 今日の一ノ瀬さんはいつもと比べてかなりテンションが高い。お祭り効果かな。

(別に普段テンション低い訳ではないけどね!)


 まあでも、俺も久しぶりの夏祭り+一ノ瀬さんと一緒に来ていることでテンションは爆上がりしておりますけれども!!


「勝負、しませんか?」


 一ノ瀬さんは自信がありそうな、勝者の余裕を感じさせるような微笑みを見せて言う。


「もちろん負けないよ?」


「望むところです!」


 ほんと一ノ瀬さんって勝負事になると目の色変わるよな。天性の勝負師なのか……!?


(久しぶりにポイ握ったな……)


 水圧がかかってポイが破れてしまうから、たしか斜めに引き上げなきゃいけないんだよな。

 あと、表裏を交互に使うとか……


ピチャッ。


一ノ瀬さんのポイの上で橙色の金魚が跳ねる。

流れるように容器に金魚が追加されていく。


 ……一ノ瀬さん強すぎません?


 俺が4匹ゲット(……これ平均より取れてますよね?)で、一ノ瀬さんは8匹だった。


 しかも取った金魚を近くにいた子供にあげるとか格好よすぎ。


「まだまだ優希くんには負けられませんね」


「ぬぬっ……」


「あ、優希くんが取った金魚もらってもいいですか?家に水槽あるので」


「うん、俺の家に水槽ないから助かる」


 夏祭りの遊びと言えば○○っていうの、まだやってないよね??


 なにかって……?


 射的だよ!!


「一ノ瀬さんが欲しいもの取るよー」


「じゃあ、あのぬいぐるみが欲しいです」


 射的は俺の得意種目だ。

 中学生のときは友達と遊びに行ったときとかに腕前を見せていた。


 狙いを定めて……

 弾は綺麗に飛んでいって命中する。


「はい、どうぞ」


「わあ、ありがとうございます!大事にします!」


一ノ瀬さんは、優しい表情でぬいぐるみを抱いて、その頭を撫でながら言う。


「……私もやってみていいですか?」


「うん!」


 次は一ノ瀬さんのターン。

 ……百中百発でしたね。当然のように。


「そろそろ花火始まりますね!」


 ちょうど花火が空高く上がった瞬間。

 一ノ瀬さんが俺の方を振り向く。


 気が付いたら、スマホのカメラボタンを押していた。


 綺麗な紅色の花火に、パッと咲いたようなあどけない笑顔。夏の思い出って感じ。


(奇跡の1枚かも……!)


 出来るならこれスマホのホーム画面にしたいな……。


 まあ、そろそろスマホをバッグに入れて、この光景をしっかり目に焼き付けておこう。


 そう思って一ノ瀬さんの隣に並んだ。




「……来年も一緒に見に行こう」


「はい!」


花火が終わってしまった。

来年また見に行くの、今から楽しみだな……!



……てかお腹空いた。まあお昼早めに食べたのに、色々遊んだり、花火見たりして何も食べてなかったから当たり前といえばそうなんだけど。(ただし綿あめは質量0とする)


「なんか食べて帰る?」


「そうですね、ちょうどお腹空いてきたところです」


「何がいいかなー」


焼き鳥とか焼きそばとかいいかなー。


「焼きそばにしませんか?」


「そうだね、ちょうど俺もそう思ってた」


正直焼きそばだけだったら足りない気がしたので唐揚げも買う。


「はい、出来上がり」


出店のおじさんから焼きそばと唐揚げのパックを受け取る。


「「ありがとうございます!」」


「どこで食べましょうか……?」


「あー、そうだね……。近くに公園とかあったかな?」


残念なことにこのあたりの土地勘はないので、高速でスマホ先生に尋ねる。


「徒歩3分の位置に公園があります」


平坦な機械音声でそう告げてくれる。

ナイス、先生。


「じゃあ、歩いて行きましょうか」


「うん」


まだ9時にはなってないけど、当然辺りは暗い。明かりも少ないので、足元が見えにくい感じだ。

これは下駄では歩きづらいだろうな。


「……手、つないでもらえますか?」


「え?」


「あ、私は何聞いてるんでしょうか……?

すみません、忘れてください……!」


一ノ瀬さんは手を慌てて引っ込めて、恥ずかしそうに言う。


「いいよ?」


「え、いいんですか?」


「うん……!」


俺ら、初々し過ぎやしませんか? 新婚夫婦かよ。


たった3分だったけど、ゆっくりと時間が流れてた気がした。


「あのベンチに座ろうか」


「そうしましょう!」


「「いただきます!」」


この透明なパックに入ってる焼きそば、いかにも夏祭りって感じがある。


「美味しいですね……!」


「うん、! あ、唐揚げも食べる?」


「いいんですか?」


「うん!」


なんかお腹満たされたら急に眠くなってきた。。。 やば。。眠気に負けそう。。



「んー」


「……優希くん、起きて?」


「んー、はっ」


なんか後頭部に柔らかい感触がある。

あれ、俺公園の硬いベンチに座ってませんでしたっけ?


え、なんか目の前に一ノ瀬さんの顔が見える。

やっぱり可愛い。ちょっと目を細めて微笑んでる。女神のような、慈愛に満ちた表情だ。


……あれ、俺膝枕堪能してました?

後頭部の柔らかな感触は、太ももによるものだったのかと気付いて、慌てて俺は起き上がる。


「あ、ごめん!」


「いいんですよ? 可愛い寝顔でしたよ」


「恥ずかしいからやめて? 忘れてーー」


2人とも顔を見合わせて笑う。


花火と遊びと膝枕を堪能できた1日だった。

俺にはかなりの高カロリーすぎた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る