第2話 買い物デート(?)と美少女の料理教室

週末。

 ついに2回目の家事代行の日がやってきた。


「もうすぐ着きます」とトークアプリの通知が鳴る。


(前回ほぼ何もしてないし、今日はちゃんと手伝わなきゃだな)と思って玄関に向かう。


 そこには動きやすいよう身支度をした、学校での姿とまた違う魅力をたたえている一ノ瀬さんがいた。


 白のTシャツに、ハイウエストデニム。


 そして、髪はポニーテールにしてて、黒の帽子を被ってる。ボーイッシュな感じ。

 やはり可愛い人は何を着ても似合う。


(やっぱり可愛いし、格好いい……!)


「あの……どうかしましたか?」


玄関で固まっている俺を一ノ瀬さんは不思議そうに眺める。


「あ、いや、なんでもない!今日もよろしく、俺もやれることは手伝うよ!」


「じゃあ、よろしくお願いします。さっそくお昼作りますね?」


 そう言って一ノ瀬さんは家に上がって、冷蔵庫を開ける。ここまでは順調。たぶん。


「……!?」


 ここで2人は俺が犯した大きなミスに気が付いた。


 そう。冷蔵庫に何も入ってないのだ。


 前回は俺が引っ越した日にとりあえず買っておいた賞味期限ギリギリの食料たちがあったが、今回はそれもない。


(やらかした……)


 早々に事件を起こした。前回よりプラスどころかすでにマイナスだ。



「……今から豚肉の生姜焼き作ろうと思うんですけど、材料がないので買ってきて貰えますか? 部屋の掃除は私がするので」


「……ごめん、何買ったらいいか分からない」


正直な本音を漏らす。

 本当に申し訳ない。豚肉の生姜焼きと言われて豚肉と生姜しか買うものが分からない。それ名前そのままじゃねぇか。


「仕方ないですね……。買い物の荷物持って貰えますか?」


 一ノ瀬さんに呆れたように苦笑いされてしまう。



 3分後。俺は買い物バッグを持って一ノ瀬さんとスーパーへの道を歩いていた。


 道は一応分かる。スーパーではカップ麺しか買ったことがないが。


(てか成り行きで買い物デートみたいになってない?? やっぱり人間万事塞翁が馬ってこと?)


 一ノ瀬さんが来てくれるのに冷蔵庫空っぽとかいうやらかしを忘れかけている。ほんと男子って単純ダネ! ……単純なのは俺だけかも知れないが。


 スーパーまではわりとすぐ着いた。


「一条くんはこちらのスーパーにはよく行かれるんですか?」


一ノ瀬さんは、隣で買い物カートを押しながら歩いている俺に話しかけてくれる。


「うん、まあまあ近いからねー、カップ麺しか買ったことないけど」


「え……ほんとですか?」


若干引き気味に言われる。最後の情報要らんかったわ。余計なこと言うなよ、俺。


カップ麺しか買わないやつとかたぶんUMA見たときぐらいの衝撃なんだろうな。見たことないからどのくらいの衝撃なのか分からないけど。


(てか話しかけてくれるとか……マジで天使!?)


 それからも色々と話しかけてくれて、会話が弾む。


 学校では絶対にあり得ないことだ。


一ノ瀬さんは自然な流れで買う食材を選んでいく。


 俺は買った豚肉、生姜、醤油やみりんといった調味料などがぎっしり詰まったバッグを持つ。ちょっと重いなと思うけど、そんな素振りは一切見せない。


「私もここによく買い物に来るんです」


「!? え、家近いの?」


「そうですね、あのあたりです」


 そう言ってタワマン地区を指差す。


(な、なるほど……)


「けっこー近いんだねー」


 ってとりあえず返しておく。上手い返し思い付けよ、俺。なんか気まずくなるだろ!


 そして、家へ帰り着いた。


 もう少し歩きながら話していたかった。たとえ、気まずい沈黙が生まれないように話しかけてきてくれているのだとしても。


 でもこれでちょっとは一ノ瀬さんとの距離を縮められた気がする。


 あとは生姜焼き作りを手伝ってデキル男であることを証明するだけだ……!


 と気合を入れて玉ねぎの皮を剥き始めた。



玉ねぎの皮は俺でもなんとか剥けた。


(一瞬皮剥き器を使ってみるべきか迷ったが) 次は玉ねぎを切り刻めばいいんだけど……もちろんやり方は分からない。


 別の料理を作っていた一ノ瀬さんをわざわざ呼んで、切り方を教えてもらう。


「玉ねぎってどうやって切るの?」


「えっと、くし切りですね」


 実際にやって見せてもらうんだが……。


(ちょっと近くない?なんか甘い良い匂いする……)


 俺のすぐ隣に一ノ瀬さんの顔がある。たぶん30cmもない。そのためかフローラル系のいい匂いがする。


 長い睫に、磨かれたガラスのような澄んだ瞳。透明感のある白い肌。耳にかかる滑らかな黒髪。


 その美しい横顔に俺の視線はたちまち引き付けられてしまう。思春期男子には刺激が強すぎやしませんか。


(この状況、ヤバすぎる……平常心、平常心……!)


 一旦深呼吸しよ。


「こんな感じですね」


「……うん、分かった」


 危ない、危ない。現実に戻って来れなくなるとこだった。


 あとめちゃくちゃ目が痛い、涙出てきた。

 一ノ瀬さんを眺め過ぎたからかな?


恐るべし美少女パワー。

 ※彼は玉ねぎを切ったことが今までに1度もありませんでした。


 そして炒めていく。

 まあ混ぜてりゃなんとかなるだろ。


 あとの味付けは一ノ瀬さんにやってもらう。

 手際が良すぎる。

 将来仕事もできる完璧美人に成長することは容易に想像できる。エプロン着けておたまを持ってる姿が。

貰い手の立候補者はたくさんいるだろうな。


 やっと出来上がった。


 初めて料理作り(の一部)をやり遂げたことに若干達成感を感じる。


 ……はっきり言って3分クッキングとか不可能だよね。


別に料理を1人で完成させたわけではないのに、真理を悟ってしまう。


「いただきます!」


 3割ほど俺が手を加えた豚肉の生姜焼きと、一ノ瀬さんが全て作った味噌汁とほうれん草のおひたし、炊きたてのご飯。


 なんか輝いて見えるのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない。


 味付けも最高だ。ジューシーな感じに仕上がっている。


「ごちそうさまでした!!

 美味しすぎる……幸せすぎる……こんなに美味しい料理作れるの凄いなあ」


「美味しいって言ってもらえるので作りがいがあります。……別にお金が欲しい訳でもないので大丈夫です」


財布から今日の分のお金を出そうとする俺を見て、一ノ瀬さんは最後に付け加える。


まあ、たしかにタワマン住みならお金はあるはずだよな。……じゃあなんでバイトしてるんだろ。


「いやいや、料理教えてもらったし、なんか買いたい物とかこれで買ってー」


 と言ってお金を少しだけ強引に渡す。


「じゃあ……買い物、ついてきて貰えませんか? ……その、1人で買い物はスーパーにしか行ったことがないので」


一ノ瀬さんは少し恥ずかしそうに言う。


「え……俺でいいの?」


「はい!」


 ということでテスト後のご褒美買い物デート(?)が決定した。

 天才美少女さんの距離の詰め方がなぜだか異常だ。












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