第21話 真実は恐怖
私は真っ青になったと思う。
あれは、男性にもっとも嫌われる行為だった。
家に帰って、得意そうに姉に向かって報告したら、一生黙っておくように言われたもの。
「絶対に結婚できなくなるわよ!」
その反応を見ると、旦那様はまたもや、クスッと笑った。
黒い短い癖毛と、その下の茶色の目が、おかしそうに踊っていた。
「最初は腹が立った。なんてことを言うんだろうと。でもね、その後で、私も反省したんだ。あの女の子の言うことはもっともだったって」
もう、いたたまれない。
「あのう、そのお話はやめませんか? 私も居合わせましたが、きっと……」
「騎士団の連中は、みんな反省しました。本当だよ?」
レストランの向かいの席の旦那様は、私の顔を見つめて、ニコッと笑った。
「ええ? 反省?」
「かわいい女の子たちを見ると、みんなテンションが上がってしまってね。でも、その後、自分たちがしゃべった講義内容の一覧を読んで、みんな穴があったら入りたくなった」
余計まずい展開だわっ。
「俺たちみんな、なにしゃべってたんだろうって」
旦那様は笑っていた。でも、きっと痛かったのじゃないかな。反省したと言うことは、自分が悪かったと思うことだ。
「相手のことをちっとも考えていなかった。だから反発されて当然だった」
「でも、真面目に講義されたのですもの……」
旦那様は首を振った。
「私があとになって思い出したのは、講義のことじゃない。その時の女の子の目だったんだよ。必死で一生懸命で、訴えたいことがあったんだ」
どんな目だったと言うのだろう。
「よくわからない。目に差し抜かれたとでも言うのかな。なんて言ったらいいんだろう」
今度は、旦那様が私から目を
「彼女が誰だったか知りたくなった。講義の一覧は、公平で客観的で、悪意的じゃなかった。きちんと聞いていて、理解していた。さらに反省したよ。この相手に話す内容だったのかってね」
より一層まずい展開か……。
女性は男性に常に教え諭される存在でなくちゃいけないのに……。女はバカなくらいの方がいいと言われてきたのに。逆を走っている私。
「誰だったのか、修道院に聞いたら、門前払いされた」
「それは、あの……」
それはそうでしょう。何考えて聞きに来たのかわからないもの。
面目を潰されて、怒って仕返しに来たとでも思われたのではないかしら。
「あの無意味な講義がなくなったのは、彼女のお手柄だよね」
お手柄って、そんな嫌味を……。騎士団の皆様は(不純な意味で)愉しみにしてらしたみたいだから、さぞお怒りになったのではないかしら。
「ツテも頼ってみたけど、復讐するのはやめておけと警告された。言い負かされたので私が怒っていると、勘違いされてしまったんだよ。そんな風に受け取られるのかとビックリした」
やっぱり。復讐だと疑われたのね。
それはそうだと思います。何事も起きなかったのは、修道院長様の配慮があったのだわ。きっと、旦那様には何も教えず、聞かれたことも黙っていたのよ。
「僕としては、謝りたかった。復讐なんて考えてもいなかったから、そんなこと言われてむしろすごく驚いた。そんなんじゃありません、本当に、気になっただけなんですと訴えたんだが、誰にも信じてもらえなかった」
「そ、そうですか」
そりゃそうだろう。完全に、大勢の前で恥をかかされたから、仕返ししたいみたいに聞こえるわ。
「だいぶ落ち込んだ」
……どうもすみません……と、心の中で謝っておく。
「彼女がいないか、社交界にも出入りしてみたが、それらしい人はいなかった。学校を出たら、必ず、社交界に顔を出すはずだ。あそこはそういう学校なんだから。でも、いなかった」
サボってました。すみませんでしたと、もう一度、心の中で謝っておく。
「きっと見たらわかると思っていた。友達には絶対わからないって、言われたけど。だって、一度見たきりだしね。でも、覚えてる」
旦那様が私の目を見据えた。
「この目だった」
執着系? ストーカー的な何か?
「私の話は騎士団ではちょっと有名になってしまって、マクスジャージー様も知っていた」
あ、旦那様、ちょっと憂鬱そう。あんまり知られたくなかったんだ。
「マクスジャージー様は結婚してから、奥様のマーガレット様にも話したらしい。おもろい話として」
まあ、人ごとなら、確かに、おもろい話で済まされそう。
「で、呼ばれた。マーガレット様に。そして、本気で好きなら、教えてあげると言われた」
マーガレット様、本当に余計なことを。
「何回か見かけたけれど、その都度逃げられた話もした」
私は驚いた。全然覚えがない。
「見かけたのですか? あの、私だと、わかったのですか?」
「もちろん」
旦那様はうなずいた。
「人違いではありませんか?」
「いや? あっていたよ?」
「ちなみに、どなたが主催されたパーティでしたの? 日にちは?」
私が出席したダンスパーティやお茶会など、数が知れている。
旦那様は二回だけ見かけて、どこでいつ見つけたのか教えてくれたけど、全部合っていた。
「正解です……」
なんだか声が震えた。
「ねっ?」
茶色の目が、人懐こいような表情を浮かべてにっこりした。
私は戦慄した。
これは、もうダメだ。
逃れられなくても無理はない。
「マーガレット様も呆れていたけどね。結局、マクスジャージー様ともご相談の上、父上の伯爵に書面で求婚しなさいとなった」
「父に書面で、求婚?」
「なんだか知らないけれど、結婚できるからって」
「突然、結婚?」
旦那様はうなずいた。
「伯爵家の令嬢で、立派な学校も出ている。人柄も合いそうだと。ただ、本人のあなたが大変な男性恐怖症なので、手が出せないだろう、いっそ結婚してしまった方が話が早いと」
マーガレット様! なんてことを! 宣戦布告する前に、最終局面に突入みたいなことを提案するだなんて。
「政略結婚にしてもいいくらいの話だから、まとめてしまえと。結婚してから口説いたらいいじゃないかと」
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