王家主催の夜会

 年に二度、夏と冬の社交シーズンに王家主催の夜会が催される。参加は自由なのでターナーは毎回欠席をしている。伯爵以上は欠席など考えられない。地方の男爵は金がないという理由で割と気軽に欠席ができるのだが、社交で上を目指そうとするほとんどの子爵家は何としてでも参加する。かなりの散財になるのだが、それは必要経費。貴族としての立場を大切に思わない変わり者など相手にされず落ちて行くばかりなのだから。


 そう。今のターナーは話題にも上げてもらえない男爵以下の評価しかない。


 そんな中で、いつもと同じようなパーティーとして、貴族たちは贅を尽くしたドレスを纏い会場に集まっていた。


 身分が下の者から会場入りをする。男爵子爵は一纏めに午後の4時までに入る。高位の貴族が来る前に情報交換や売り込みを始める。高位の者が来たら気を使わなくてはいけない分、ここではフランクに話が出来るからだ。


 午後5時になると伯爵達が入場する。男爵・子爵は頭を下げ続けながら迎える。

 午後5時半、侯爵が入場。5時45分、公爵が入場。


 その時会場内に衝撃が走った。各家の夫人とご令嬢の髪が、結わえもせずサラサラとたなびいていたから。


 ストレート、ウエーブ、様々な色と髪質で会場の女性たちを驚嘆させた。美しい。そうとしか表現する言葉は無かった。


 まったく新しいヘアスタイル。新しい流行を作ろうとしているのではないかとの疑心。どうすればあのような髪を手に入れられるのかという疑問。様々な感情がご婦人たちの心をかき乱した。


 全員が席に着くと楽団が音楽を止めた。


「国王陛下、入場」


 ファンファーレが響き渡る。貴族たちは立ち上がり礼の形を取り迎える。

 そこへ王女をエスコートしながら王子が入場。続いて王と王妃が入場した。サラサラな髪を揺らめかせながら。


 顔を上げた貴族たちは、王女の美しさに息を飲んだ。王がお言葉を述べ、パーティーが始まると髪型の事でご婦人たちの話題が一色になった。


 デビュタントを終えていない王子と王女が登場したことにも何か裏があると男性たちは情報を探っていた。ひとしきり挨拶が終わると、今年の夜会の異常な光景の意味をつかもうと公爵家の周りには人だかりができていた。


 そんな中、六ケ所あるフードコーナーではさらなる衝撃が走っていた。いつも通りの皿に盛られた料理の側で、料理人が目の前で調理をしていたのだから。ある所では焼き物。ある所ではスープ。またある所ではお菓子が。


「はい、焼きたての牛ステーキ。熱々のまま塩コショウでどうぞ」


 初めて口にする焼きたての肉料理。ソースすらかけない素材だけの味。


「熱い! だが……旨い!」


 貴族の体面さえ忘れたかのように、切り分けられた一口大の肉を取り合う。異世界初のライブキッチンでの熱々料理は、騎士たちの整理により何とか体面を保つことができた。


 その中でも王家の隣にある調理スペースは異質だった。


 見習いのような女の子が作る料理は誰も見たことがないスープ。口にした王子が一気に食べつくすと調理人を呼び出した。


 嫌そうに王子の前に来る料理人。帽子を脱いで礼をした。


「おいレイシア、何だこの料理は! いままで食べたどの料理とも似ても似つかない味だぞ」


 レイシアは「はあ」とため息をついた。


「このような場所でそのような発言はおよしください。それから私の名前を呼ぶことも。この料理はしょっつるという和の国アキターの調味料を使った料理です。鳥の骨を煮込んで味のついた汁にしょっつるや塩、砂糖などを入れ、そこに野菜と鶏肉、一度炊いて潰した米を更に焼いた具材を入れ煮込んだオリジナルの料理なんです。ショッツルは王都では人気のない調味料ですから」


「人気がない? めちゃくちゃ旨いんだが」

「それは私が料理していますので当然です」


 そう言い放ってさっさと調理に戻った。


「アルフレッド。あの子の名前は出さないように言ったわよね。このパーティーで私が何をやるのか理解していないのかしら?」


 姉に怒られ謝った王子。それでもレイシアのスープを何杯もおかわりをしたのだった。


 新しい髪型。新しい料理。そしてそれを可能にした見たこともない機械。王家主催の夜会でとんでもないものが披露され、そしてそれを分かっているのが公爵以上だけ。本来いる筈のない王子と王女。

 異例尽くしの夜会に期待と不安が入り混じる。情報がまるでない中、どこまで置いていかれなくて済むのか、どこまで有利な情報を得られるのか。公爵家が揃って同じ髪型をしているということの意味はどの派閥も同じスタートを切れるということ。あとはそれぞれの情報網が試される。


 目端の利くものは、サカとヒラタの伯爵が料理人に向かって挨拶をしているのを見逃さなかった。なんとか情報を得ようとひそかに接触をはかっていた。


 そんな中、オヤマーの領主は理解していなかった。なぜ姪のレイシアが存在しているのか。目を疑ったのだが確かに見覚えのあるレイシアが料理を作っている。妻に確認したのだが、妻は興味も持たず「まさか。人違いでしょう」と本気で見ようともしない。

 嫌な予感を抱えたまま、その場を去った。


 

 楽団がワルツの演奏を止めた。ファンファーレがなり、王女がステージに立った。


「皆様。ガーディアナ王国王女キャロライナ・アール・エルサムでございます。この度はデビュタント前の私と弟がこの夜会に出席させて頂いております。まずは異例でいるこの状況をお許しいただいていることに感謝を申し上げます」


 王女から謝罪とも言える発言が飛び出したことに、一同が息を飲んだ。


「さて。みなさまが先程からお気になさっているこのヘアスタイル。そして温かい料理について説明をするには、私の参加がどうしても必要でしたの。順を追ってお話してもよろしいでしょうか? それともそんな話はご興味がないと申される方がおりましたら、私の話はここまでにしたいと思っていますわ」


 王女は口の端を上げながら会場を見渡した。一言も漏らさず聞こうと真剣な眼差しが王女に刺さるように集まる。


「先ずはこの髪です。女性の皆様はお分かりだと思うのですが、私達は髪に様々な油を塗って髪を固めております。ところが、油のせいで髪に埃が集まって固まったり、皮膚から出てくる汚れやフケが落ちたりすることなく溜まっているのをご存じでしょうか」


 会場がざわつく。


「そうです。つけた油は落としきらないといけないのです。汚れが付いた髪にまた油を塗り、そしてまた汚れをため込む。私達は何十何百の汚れを作って来たのです」


 若いご令嬢が「ひ~」と声を上げた。奥様方の顔が青ざめた。


「水で流しても表面の汚れだけがわずかに落ちる。その上に油。埃。表面を洗い流し油。埃。そうやって髪は汚れていくのです。その汚れをすべて取り去った髪がこの髪なのです」


 王女は自分の髪に指を入れ、大きく横に漉き流した。一本一本の髪の毛がサラサラと動き、美しいピンクゴールドがキラキラと輝く。


「ほう」というため息が会場に広がる。


「これは私が庇護下に置き、王室御用達として新しく作られる商会が開発した『頭髪洗浄剤』の効果です。秋にオープンする予定のお店です。しかしながらこのような素晴らしい商品、すぐに量産できるものではありません。混乱を避けるために一時的に商品の全てを王室、いえ、私が管理することにします。ある程度行きわたり混乱が去ったら商会に任せますが、いらぬ圧力をかけたり危害を加えようとしたりした場合、私が黙っていないということをご理解いただければありがたいです」


 女性たちの目の色が変わった。侯爵までは自力で交渉できる。問題は伯爵以下。どのようなルートで手に入れようか頭の中で考えている。


「さて。男性の皆様には、料理に使われた道具が気になっているようですね。こちらは魔石を燃料にした特別なかまどです。ここにあるのが現存する全てなのですよ。公爵家でもまだ手に入れることは出来ないものです」


 貴重性をアピールする王女。裏を探ろうと真剣に見つめる貴族たち。


「こちらも新しい商会の商品ですわ。これから量産体制に入ってはいくのですが年間にどれくらい作れるかまだ見通しがついていません。こちらも私が販売を管理いたします。私の庇護下の商会に手出しは無用です。よろしいですね」


 新しい商会。王女のお茶会関係者以外まったく情報のない商会。噂すら上がっていない程情報管理されていた話に、聞いたこともない商品。


「私も来年は学園を卒業して王家としての責務を果たすつもりですわ。これから王国は変わります。この新しい商品と商会はその象徴になるのです。私とアルフレッド、若輩者ですが、王国の新しい未来に向けて若者が、男性も女性も、皆が輝ける王国を目指し王を手助けしていきたいと願っています。みなさまのご協力、よろしくお願いいたしますね」


 そう挨拶を終え、王子を連れてさっさと会場から去っていった。


 レイシアは(なんてことを)と思いながらも、出しても出してもすぐになくなるスープを鍋ごと入れ替え提供していた。念のためにとカバンの中に様々なスープを入れた鍋を用意していたのだ。


 王女たちが去った後の会場は熱狂と混乱にまみれた。皆が新しい商会と商品について情報を欲していた。正しい情報を持っている公爵家は早々に会場から去っていった。ここでうかつなことは言えないから。


 いつの間にかあることないこと噂話がはじまる。偽の情報が会場中に広がる。


 ヒラタの領主は、(この情景をターナーの領主とクリシュ君が見たらどうなるだろう)と思い、ここに二人がいないことを残念がった。


 興奮に包まれた夜会は、王と王妃が去っても終わらず、用意していた温かい料理が切れても貴族たちの要求が止まらなかったため、レイシアがボアの解体ショーを始めたりしたことはまた別のお話。

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