460話 閑話 ポマールの就職先

「綺麗だ」


 僕はクズ魔石を細かく砕いた。赤い光が室内にきらめく。レイシア君と共同研究している魔道具のための人工魔石箱の材料。始めは何を言っているのか分からなかったんだけど、レイシア君から押し付けられたラノベを読んでからは解像度が上がった。


 なんて発想なんだ! 僕が一人でしてきた基礎研究が、もしかしたら役に立つのかもしれない。


 今、僕は学園祭の発表に向けての準備をしている。レイシア君は王女様に付きまとわれて忙しく僕に研究と製作を丸投げしている。シャルドネ先生からもレイシア君の手助けをお願いされているから気にはしていない。


 というか、一人の方が落ち着いて作業ができる。


 僕は人と関わるのが苦手だ。侯爵家に生まれたとはいえ、この性格では社交界など無理だ。親からもあきらめられている。軍でもいい。どこかの研究所にでも入って、研究とレポートを出す仕事につければいいんだが。


 それにしても魔石がこんなに綺麗なものだとは気がつかなかった。砕ける時に反射する光がキラキラとする様は神々しくもある。


 この砕いた欠片に鉄粉と塩と炭などを配合した粉を混ぜる。そうしてすぐに革張りした魔石箱に詰め込む。詰め込んで蓋をすることで魔力が放出されるのを防ぐことができる。後は必要な時に取り出せばいい。


 人工魔石箱を十個作り上げた。ここらは新しい魔道具の開発。レイシア君が言っていた髪を乾かす魔道具のアイデアを考えてみようか。


 これは『魔道具師は俯いていられない!』というラノベに出てくる『ドライヤー』という魔道具を元に考えていけばいいのではないかと思っている。風の魔石が火の魔石と同じように魔石箱として作ることができれば理論上作られるはずだ。大枠で設計出来たら細かい所はレイシア君に相談しないといけないが。


 しかし、風の魔石ってどこで手に入れればいいんだ? そもそもあるのか?



「ポマール先輩! 風のクズ魔石手に入れてきました」


 レイシア君、仕事早くない?


「あ、ああ。どこで?」


 あ~、うまく喋られない。


「商業ギルドと冒険者ギルドで聞いたら、養鶏所で大量に破棄していたみたいなんです。透明で色もついていないので宝飾品としても価値がなかったみたいですね。火のクズ魔石と同じ値段で引き取るといったら喜ばれました。捨てるだけでも大変だったみたいです」


 せっかくレイシア君が来たんだ。僕はレイシア君と魔道具について話し合った。研究内容についての時はこれでもちゃんと話ができる。


「ああ。さすが先輩ですね。あの本からここまで仕上げて来るとは。私も魔道具の研究をしたいのですが、キャロライナ様から『どこでもかまど』をとにかく沢山作るように要請されていて。期限まで六つがやっとかな。まだ量産体制に入っていないっていうのに」


 かまどの量産⁈ 期限ってもうすぐじゃ。


「いろいろ忙しくて、先輩には迷惑をおかけしています」


「い……いや。大丈夫」


「ありがとうございます。ところで、先輩来年就職活動ですよね。領地に戻られるのですか?」


 就職……。考えたくないけど。


「いや。……どこかで研究したいと思っているけど。……なんというか」


「研究ですか! いいですね」


「あ……でも。……雇ってもらえるか。……ほら……」


 研究でもこれだけ口下手じゃ雇われないよね。はは。


「これだけの発想と知識。先輩、私の商会に就職しませんか! 今から! 研究職員として私が雇います! これだけの才能、私が欲しいです! 月いくらでしたら来ていただけますか?」


 月いくら? いくらだろう。 あまり金の事は考えたことがなかったな。今の小遣いが月に30万リーフだから……。


「月給で50万リーフ? くらい?」


「では150万リーフで!」

「え?」


 おかしくない? 軍の研究所の職員だって月に30万リーフって聞いていたのに。って言うか高めに言ったつもりなのに。


「独立するとなると、貴族街に家を借りなければいけません。先輩の今の生活からしても最低月40万リーフは必要です。最近、貴族街の不動産について勉強していますから知っているのです」


 そんなに? だって貴族籍無くなるのに。


「結婚するまでは貴族籍を放棄しない限り令息を名乗れるのですよ。でないと結婚に支障をきたしますよね。それに下町での生活は先輩には無理です! 貴族街に住みましょう!」


 は……はい。


「交代で休みも必要ですから、メイドも二人は必要ですよね。まさか朝食の準備や掃除を先輩がするのですか? 料理人までは難しいでしょうから、一人は簡単な料理のできるメイドになりますね。それだけでも月に15万と10万リーフで25万リーフ。ここまでで65万リーフです。先輩の提示した50万では全く足りませんよね」


「あ……うん」


「これに食費や光熱費や衣料費、貯金もしなければいけません。そして趣味にかける出費。先輩付き合いとかないけど、変わったもの集めるのは好きですよね」


 まあ、めずらしい道具は集めているね。


「贅沢しなくても出ていくのがお金です。研究のための本に毎月いくら払っています? 生活力がなければ金で解決しないといけないのですよ! 私なら先輩の才能を遺憾なく発揮させることができます! 他で人間関係に悩みながらつまらない研究を押し付けられることもありません。昇給も保証します。私と一緒に研究生活をしませんか!」


 確かに。僕に生活力はないよね。うん。分かっていなかった。それに、レイシア君と研究生活。……楽しいかも。いや、他では絶対無理な提案に違いない。好きな研究をできる生活。僕はそれを望んでいたんじゃないか。


「分かった……研究なら何でもする。……レイシア君。……君の商社に入るよ」


 レイシア君が僕の手をつかんで大きく振りながら握手をした。女の子の手に触れるのはダンスの練習くらいだ。それもお互い手袋をはめているので直接触れ合うのは初めてかもしれない。


 小さな手はとても暖かかった。


 思わず手を引いて「よろしく」とつぶやくと、満面の笑みで「こちらこそありがとうございます」と挨拶を返された。


 レイシア君の顔を初めてはっきりと見た。いつもは誰の顔もよく見ずに話すから。


 可愛らしい笑顔をしている。熱くなった手先の熱が腕をつたい頭まで回ってきた。


 僕はまた俯いて風の魔石を砕いてみた。透明なかけらが光を乱反射させ辺りをキラキラと光らせる。


「キレイ」「綺麗だ」


 レイシア君と声が重なった。


◇◇◇


「所でポマール君。君はレイシア君と魔道具の研究を行っているらしいが、本当かい?」


 騎士コースのドンケル先生が話しかけてきた。騎士コースには縁がないんだけど、何だろう。


「ああ。レイシア君に魔道具の事を教えたのは僕なんだ。軍で魔道具の研究をしている部署があってね。僕の知り合いが働いているんだけど、君をスカウトしたいっていっていてね。まあ、話だけでも聞いてみたらどうかなって誘いに来たんだよ。そこは変わり者が多くてね。営業とか人付き合いが苦手な人も多い所なんだ。学園でいえばシャルドネゼミみたいなところさ。君にぴったりだと思ってね」


 先生が魅了的な提案をしてきた。でも


「あの。……もう就職……決まりました」


「え? まだ四年生だよね。どこ? なんなら給料そこの倍とか出せるかもしれないから教えて?」


「給料は月150万リーフ」

「はぁ? ヤバい仕事じゃないよね。騙されてない?」


「レイシア君の新しく作る商社の研究員です」


「レイシア君か……」


「王女様も喜んでいると言っていました」


「王女が……。そうか残念だ。もし何かあったら相談してくれ。転職したいときはいつでも紹介するから」


 残念そうに先生は帰っていった。レイシア君の話が先になかったら飛びついていたことだろう。


 って、就職が卒業後かと思ったら、いきなり「150万リーフを振り込むから商業ギルドに登録して」ってどういうこと? 先月分? まだ契約も交わしてないよね。って言うか働いていないよね。


「先輩の研究はそのまま商会の利益になるのです。もちろん特許は先輩と商社と両方で取らせて頂きます。商社で半分は頂きますが、研究費用は商社持ちですので、自由な発想で研究し倒してください。先月までの研究費用と思ってお納めくださいね」


 って、特許? え? なに?


 三年後には、特許料が給料より多くなったのはまた別のお話だね。

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