450話 閑話 アリアの寝床

 ――――生徒会の人には相談できない。


 休み中どこに泊まるのか問題。あたしも寮で仲良くなった子たちには相談したよ。でもみんな家に帰るからって……。

 そうだよね。普通は帰るよね。家族と会える事を楽しみにしていたし。


 家族……か。……いいなぁ。……はぁ。


 まあいいや。来週から宿無しか。一ヶ月アパートを借りるお金もない。


 生徒会長の王子様が夕飯誘ってくれているけど、今日はそんな気分じゃないや。それに、こんなに頻繁に誘われても困る。外の人も誘ってあげればいいのに。


 疲れた。休憩時間くらい一人になりたい。


 あたしは、与えられている更衣室で仮眠をとることにした。



 って、ここでいいんじゃない! 帰るふりしてここに居残っていたらそのまま泊まれそう。そうよ、鍵もついているし!


 私は着替えや本を毎日少しずつ、更衣室に運び入れた。



 問題はベッドよね。シーツはカバンに入るとして、毛布は持ち出せないよね。目立ってばれたらヤバいし。床の上で寝るのも2~3日なら大丈夫だけど……。無理だよね、一ヶ月床で寝るのは。なにかやわらかいものはないかな。


 そう思って歩いていたら、馬小屋に飼い葉が運び込まれるのを見た。


 そうだ! 干し藁を床に敷けばいいかも。その上にシーツを敷けば簡単なベッドにならないかな。

 少しだけ貰ってもいいよね。仕方がないしね。

 あたしは作業が終わった頃にもう一度見に来ようと思った。



 翌日、朝早く寮を出た。次に帰って来られるのは一か月後。今なら学園には誰もいないはず。更衣室の鍵を開け、勝手にリヤカーを借りて馬小屋に向かった。


 藁をリヤカーに載せていたら、誰かが入ってきた。ヤバい! 足音を立てないように近づいてくるよ! そして声がかかった。


「アリア、お馬様の世話をしているのか? 騎士コースを取っていたのか? しらなかったな」


 なんでアルフレッド会長がここに!


「ん? お馬様の世話を学生がちゃんとやっているかのチェックだ。休みに入ったから出て来られる学生も少ないし、専門の業者もいるのだがやはり心配でな。ほら、俺は騎士コースのコーチング・スチューデントだし。同じコーチング・スチューデントのレイシアも見かけることがあるから、まあ普通なんじゃないのか?」


 王子が馬の世話ですか!


「お馬様は素晴らしい! 王子と言えども、お馬様なしには戦場で生きていけない。我々はお馬様に仕える栄誉があるのだ」


 何の宗教ですか! おかしくない?


「それでアリアは何をしているんだ? そうか、寝床を作りに来たのか。関心感心。手伝おう、そろそろ変え時だ」


 私の寝床を作りに来たのに、馬の寝床を作る羽目になったよ。会長が嬉しそうに古い藁を運んでいき、あたしはそこの掃除をした。戻ってきた会長と一緒に新しい藁を敷き詰める。


 それを繰り返し、午前中が過ぎ去った。


 って、あたし何をしているの! 自分の寝床作りに来たのに、馬の寝床こんなに作って!


「素晴らしいな! アリア、君は最高だ! お馬様のためにこんなに献身的に働く女性はレイシア以来だ!」


 なんか勘違いされてる? さっきから出てくるレイシアって誰? 馬の世話好きな女性なんかいるの? まあどうでもいいけど。


「よし、ランチにするか。よく働いたし少し良い店でお昼を取ろうか」

「ご遠慮いたします」

「え?」


 当たり前じゃない。馬糞運んでたのよ。


「会長、見ての通り制服が汚れてしまいました。よい店に来て行ける服など私には他にございません。私は手持ちの食料でなんとかしますので、会長はご自由にランチなさってください」


 さすがにこれじゃあ行けないよ。着替えて制服を洗ったら下町に行こう。


「手持ちの食材? 何をするんだ? 気になるな。一緒にいていいか?」


 えっ? 無理! ってか、断れないの、これ? キラキラした目で見ないで下さい会長! どうする? 仕方ない、断れない、やるしかない!


「では着替えと準備がありますからここでお待ちください。すぐに用意しますので」


 なんでこんなことに! 私は急いで着替えに戻った。



 まな板とナイフ、パンと腸詰めとチーズ。かなり贅沢に作るしかない。くっ、もったいないが仕方がない。これが私の今の最高の贅沢飯だ! あ、ミント発見! これも使いましょう。


「藁、少し貰いますね」


 そう言って藁に火を着けて、串に刺した腸詰めを地面に刺してあぶった。二つに切ったパンの表面を、やはり串に刺して焼く。その後今度はチーズを串に刺し、とろけるまで火にあぶり、半分に焼いたパンの上に置いた。

 その上にミントの葉を乗せ、こんがりと焼けたソーセージを乗せる。これで完成だ。


「どうぞ。ソーセージが落ちないように指で押さえて食べて下さい」


 会長に声だけかけて、あたしは食べ始めた。熱いものは熱いうちに食べないと!


 カリっと焼けた歯ごたえのあるパンと、パリっと焼けたジューシーなソーセージが下あごと上あごで押し切られる。熱いチーズの濃厚な香りが口いっぱいに広がる。くどくなりそうな肉と乳の脂が、爽やかなミントに香りで中和され、濃厚で味わい深い旨味だけが喉の奥に流れていく。


「美味しい!」

「美味い!」


 あ、会長がもの凄い勢いで食べている。お腹減っていたのかな?


「アリア。最高だ! 料理上手いんだな」


 え? 焼いて乗っけただけじゃない。


「アリア、俺のためにまた料理を作ってくれ!」


 えっ、それって平民のプロポーズの言葉! あ、いや、貴族女性は料理作らないね。知らないだけか?


「会長、みだりにそのような言葉をおっしゃってはいけません」

「なぜだ? こんなに美味いのに」


 よかった。知らないだけだった。


「俺のために料理を作ってくれ、というのは平民の中ではプロポーズの言葉として一般的に使われているものです。勘違いなさる女性が出ると大変ですよ」


 一応伝えておこう。なんか、会長が赤くなってごにょごにょ言っているよ。聞こえないからまあいいや。とっとと食べよう。あ~美味しい。


「その、なんだ、勘違いじゃなく……」


「大体、こんな庶民の料理を食べなくても、きちんとした店で食事をして下さい。私の貴重な食材も限りがあるのですから」


 今回は会長に出すから奮発しすぎた。夜はパンだけでいいか。まあ、たまの贅沢はいいよね。よく働いたし。


 その後、生徒会の仕事をして一日が終わった。会長に夕食を誘われたけどお断りをした。だって寝床作らないと! 一度学校を出たふりをして更衣室に籠り、月明りの中藁を運んで何とかベッドらしきものが完成した。あ~、やっと寝られる。お疲れ様、あたし。


 疲れたのかぐっすりと眠ることができた。

翌朝、下町に行こうと早めに門に向かったら、また会長に会って馬小屋の掃除に付き合わされたのは、また別のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る