間話 ケルトの助言

 弟子のレイシアから手紙と簡単な設計図が届いた。新しい魔道具を二つも開発して特許を取ったということだ。


 いや待て、なんだこの『人工魔石箱』とは。クズ魔石を魔道具に使うだと?できるのか? なんてことを考えついたんだ! もし量産できれば魔道具が誰でも気軽に使える未来が訪れると言うことになるぞ!


 私は居ても立っても居られずに、王都を目指した。



 レイシアは下町に住んでいるのか。寮まで行ったが留守だった。寮母が「今レイシアは王宮に行っている」と教えてくれたが、なんでだ? 王女? まあ分からないものは仕方ないな。とりあえず研究所に顔を出しておくか。レイシアに関してもなあ。一応弟子だと報告しておくか。こんなもん作れる奴を野放しにも出来ないしな。私の弟子として伝えておかないとどうなることか予想も出来ない。


「よう、わたしだ。久しぶりだな」


 研究所に入ると落ち着きのなさそうな所員たちが一斉に私を見た。


「ケルトさん! いい所へ」

「何かあったのか?」


 私は昔の部下だった今の所長に聞いた。


「新しい魔道具が民間から出てきたんです。しかもあろうことか料理に使うというんですよ。軽くて持ち運びができるらしい。しかも王女が買い取ると言うんです。訳が分からん。何か知りませんか」


 料理に使う持ち運びができる魔道具。レイシアのやつか。


「わたしの弟子の作品かもしれん。どれだ?」


 実物をみせてもらおう、そう思ったがここにはないようだ。


「今日、王宮で魔道具の献上が行われている。普通は事務的に差しだすだけだが、王女が気に入っていて特別に催されたパーティーが開かれているそうだ。明日の午後三時から使い方の説明がある。そこに私達も招待されている。それまでに情報が欲しい。何でもいい、教えてくれ」


 何やっているんだ、レイシアは。王女に献上? なぜそことつながる。王女が調理器具を欲しがるのか? 分からん。


「わたしもそこに混ぜろ。混ぜてくれるなら設計図をみせてもいいぞ」


 どうせ特許は秘蔵される特許だろう。それに調理器だけなら単純な仕組みだ。人工魔力箱を内緒にしておけばいいだろうよ。

 書き写さないことを条件に設計図をみせて、簡単な解説をしてやったよ。悔しがっているね。分かるよ。私も最初に見た時はそうだったからね。魔力を最初からこんな微量で使おうなんて発想がまずないからね。ヤツの魔法のせいだとは思うが、どこでこんなこと考えついたのやら。


 それにしても王宮か。できれば近寄りたくはなかったのだが……。


 帰り際、レイシアの寮に寄ったが帰ってなかったようで会うことは出来なかった。



 翌日、私は研究所で出発を待った。


「ケルトさん、ドレスを着ないのですか?」


 いいじゃないか。白衣を着ていたら研究所の所員に紛れられるだろう。


「いまさらわたしにドレスを着れと? お断りだね。それよりどう思った? 昨日の設計図は」


「興奮して夢にまで出てきましたよ。あれの動力はなんだ? あれだと高熱で崩壊するだろう? どうなっているのかさっぱり分からんが、しかしだ、あれがうまく作動するなら」


「まあ、わたしも見たことがない。それを見るためにわざわざ来たのだがな。王室に取られるとは思ってもみなかったよ」


 ドレスの話をさけるために魔道具の話を振るとすぐに食いついてくる。相変わらずの研究馬鹿だな。

 もとから私等は研究オタクだ。民間でほそぼそと研究していたんだ。研究の論文が認められ、軍の管轄に混ぜられてからは自由な研究もできなくなったからな。私は実績と身分を駆使し、部下を置いていくことを条件になんとか軍から足を半分だけ抜けられたんだが、それでも紐付きだ。


 レイシアにはなんとか自由に研究させてやりたいものだが……。王室に目をつけられたのか。面倒なことにならねばいいんだが。


 久しぶりに見た部下の興奮具合に、昔を思い出して苦笑した。



 王宮の風呂場に集められた。国王、王子、王女。王妃は相変わらず具合が悪いのか、ここにはいなかった。大臣や側近、メイド、料理人か? なぜ? 軍部の奴らもいるな、かなりの人数の前でレイシアが説明を始めようとしている。


 って、何で学園の制服着ているんだ? ドレスじゃないのか? まあ、私も似たようなものだが。


「それでは説明を始めなさい」


 宰相が命じた。


「では説明いたします。こちらは湯沸かし器という道具です。お風呂の水を温める道具ですね。ターナー領では昔から温かいお風呂に入る習慣がございます。温かいお風呂は血の流れを良くし、体をほぐし、気持ちを落ち着かせる効果があります。また、石鹸の効果を上げ、皮膚を柔らかくし、脂を溶かす効果があるため、お肌や髪の汚れを落とすのに最適なのです」


 魔道具の話でなく風呂を温めることばかり話していた。いや、まあ魔道具と言わないところはえらいが、早く魔道具について説明しなさい、レイシア!


「先日、王女様がお試しになった時は本当に温かいお風呂を気に入ってもらえました」


 だから! もういいから! いつまでお風呂について語るのよ!? 


「こちらが王女様の気に入ってくださった石鹸と洗髪剤になります。この石鹸はターナー領で研究され特許を……」


 石鹸の話? 女性たちが食いつくように聞いているけど、魔道具の説明じゃなかったの?


「では、湯沸かし器について説明します。かなりの高温になる代物ですので、メイドの皆さんは取り扱いに注意してくださいね。やけどをなさらないように」


 やっと始まった。どこまで話すんだ? あまり詳しく言い過ぎるなよ。


「この道具は2つのパーツに分かれます。本体と燃料です。この四角い箱が燃料になります。ここの板を外しますと金属の小さな突起が二つでてきます。この突起を本体の個々の部分に収まるようにはめ込んだらフタをします。これで準備は整いました」


 専門用語をなるべく出さずにわかりやすく手順だけ話す。うん、良いやり方だ。取り扱いの注意を丁寧に話し終えると、風呂の中にボチャンと道具を入れた。


「時々かき混ぜながらお湯の温度を確認して下さい。熱くなりすぎたら水を入れて調整をしてくださいね。このお風呂だと30分くらいでしょうか? 何度か使えば分かるはずです」


 そうして温まるまでの間、王女がどれほどお風呂と石鹸が素晴らしいか語っていたり、メイドが洗い方のコツを質問したりしていた。


 何度かかき混ぜながら丁度良い温度になったのか、レイシアが説明を始めた。


「引き上げる時はこの紐で引っ張り上げて下さい。一応の安全対策はしておりますが中の熱い部分には触れないように、ここの持ち手だけを持つようにして下さい。そして先程のレバーを右から左に動かすと発熱が収まります。これを忘れると、燃料がどんどん減っていきますし危険ですので、必ず『待機』と書かれた場所まで動かしてください。しばらくは熱いので、人や燃えそうなもののない所で冷ましてくださいね」


 そう言うとレバーを動かし、彼女の侍従メイドに渡して風呂場の外に持っていかせた。


「では、ここから先は入浴になります。こちらのメイドさんに体験してもらい、仕上がりを皆様に見て頂きます。終わるまで皆様には次の道具『どこでもかまど』で行うデモンストレーションを体験して頂きます。ホールの方へご移動ください」


 レイシアが先にホールに向かった。私がお風呂に手を入れて温度を確かめると、何人かの者が真似をするようにお湯に触った。


 あんなものでお湯が沸かせるのか。魔力はどのくらいいるのか。終わった後に質問することが山積みになりそうだ。


 私は急いでレイシアの後を追った。今までの説明のように魔道具という名は出さないようにとアドバイスをするために。


 軍がちょっかいを出してくる前に何か手を打たなくては。これほどの才能を軍に潰されるのはいたたまれない。


 そう思って話したら「え、私王女の保護下に入れられていますよ」と呑気に話された。


 そうか。王女の保護下か。じゃあ私の出る幕ではないな。レイシア、だったら堂々と言え。『これは魔道具だ』とな。値段を吊り上げて、自分にしか作ることができないと宣言してしまえ。それが一番の身の安全の確保になる。目一杯混乱させてやれ。


 面白くなってきたなあ。思いっきりやれ、我が弟子よ!




 と言ったことを後悔する日が来るのはまた別の話だな。軍ではなく完全に王家に取り込まれるなんて思いもしないじゃないか! まったく。

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