閑話 王宮の料理長
あの衝撃のお茶会から五日目。 俺は信じられない柔らかなデザートを再現しまくった。もちろん部下たち全員の分の特許使用権利も取らせてだ。
そして昨日はあのお嬢さんが、あの不思議なかまどなどを王家に納めるため、王との謁見の儀が行われた。ドレスを身にまとい堂々と振る舞った姿は、確かに立派な子爵令嬢だった。
そして今日、俺たちがあのかまどの使い方を、その後メイドたちが風呂の沸かし方を聞く。どちらも使えるようになった後に、王女を始めとした関係者がここに見に来ることに。
そういう段取りなのだが……。
目の前ではかまどを持ったお嬢さんが一人で調理台にセットし始めた。
「メイドですか? ああ、サチならお風呂の沸かし方を教えに行っています。髪の洗い方とかも丁寧に聞きたいということですので。皆さんもせっかくですから調理の仕方も聞きたいですよね。あれ? 余計な心配でした?」
だからか! ドレスでも制服でもなく、料理人の格好をしているのは! っていうか料理どこまでできるんだ? いや、確かにあのデザートは絶品だったが。あれだけじゃないのか?
「これでも領地では料理長から料理人としてペティナイフを授かったこともあるのですよ」
ペティナイフを? あれは料理人が自分の弟子として認めた証。他の刃物なら真似事で渡すことはあるが、ペティナイフは別だ。意味がまったく違ってくる。
「では、これから説明を始めさせて頂きます。……ところで説明はどのような話し方でいたしましょうか?」
? 何を言っているんだ? 今のままで問題ないが。緊張しているのか?
「楽な言葉でいいですよ。普段通り楽な言葉でお話下さい」
「そうですか? では普段通り料理長と話すみたいにさせていただきますね」
言葉遣いに気を取られているなんて、さすが貴族のご令嬢だな。そう思った俺が悪かった。
「お控えくだせえ。あっしはターナー領の料理長、二つ名をブラッディ・サムと申す師匠の二番弟子、レイシア・ターナーでございます。お見知りおきをよろしくたのんまさあ」
はぁぁぁぁ? どうした嬢ちゃん。なんの真似だ? ほら、周り固まって……って、ブラッディ・サムだと!
「ご存知ですか?」
「ご存知も何も、ヤツとは修行時代に腕を競い合っていた仲だ」
「えっ?」
「あいつはな、料理の腕なら誰にも負けなかった。ただなあ、口が悪かった。貴族相手の店で田舎者丸出しの言葉遣いではお客様に対応させるわけにはいかなかったんだよ。なるほど、サムの弟子か」
「師匠の兄弟弟子でございましたか。ではオジキと呼ばせて頂きやす」
「お、おう」
「オジキよろしゅう頼んます。ん、つうこたあ、ここの料理人はあっしと孫弟子仲間っすね」
「いや、ヤツの師匠はヤツの親父だ」
「そいつあ失礼しやした。では改めて。レイシア・ターナー、しがねえ料理人でございます。これからオメーらを仕込ませて頂きます。いいか、一度しか言わねえから耳の穴かっぽじってようく聞きやがれ!」
そこからお嬢様の熱血指導が始まったのだが、それはまた別の話だ。
料理に対して新たな知見を得たことだけは確かだ。
さすがサムの弟子。俺の固定概念をぶち壊していきやがった。
立場に囚われすぎていたよ。ライバルを名告っていたあの頃から、お前だけが成長していったんだな。
ちきしょうめ!
俺は俺に腹を立てた。何が王室の料理長だ。最高の料理を最高のタイミングで提供することすら出来ていないではないか! お前の足元にも及ばないのか? お前の弟子は何なんだよ!
最高の弟子を持ったな。サム。
完敗だ。いや、これからだ。
やり直すことは恥ではない。100歩遅れようが今からでもお前を追いかけてやる。お前の弟子のかまどを使って!
俺は王室料理人としてのプライドを賭けて、忘れられないライバルに誓った。
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