誰が誰やら

「すみません。こんにちは」


 おんぼろ寮の玄関を叩きながら、声をかける女性がいた。


「はいはい。今行きますよ」

「あ、その声! カンナさんまだいたんだ」


 女性の声がはしゃいだ。遠慮なくドアを開けると、そのまま中に足を運んだ。


「ひさしぶりです。カンナさん」

「あれ、誰だい? ナーシャ? ナーシャかい。」

「ごぶさたしてます」


「まあ、バッサリと髪を切って。別人かと思ったよ。どうしたんだい今日は」

「リィアいる? あの子どうなった?」


「リィア? ああ久しぶりだねえその名前聞くの。リィアなら卒業したよ」

「うそ! もうそんなに時間たったの?」


「あんたが卒業してからもう4年だよ。あの子だって一人前になったさ。まあお入り、時間あるんだろう?」

「まあね。じゃあおじゃまします」


 ナーシャが食堂に入ると、カンナはティーポットからお茶を二人分いれた。


「あんたのためにお湯沸かすわけにはいかないなら。水出しの冷たいのでいいね」

「ありがとう。懐かしいね」


 学生時代を思い出したのか、辺りを見回しながら顔が緩むナーシャ。


「あのさ、リィアはどうなった? 作家になりたいって言ってたよね」

「おや、知らないのかい? 今じゃ一端いっぱしの職業作家だよ」

「そうなのか。それは良かった」


「本当に知らないのかい? ああ、名前変えているからね。今は……」


 その時、バタンと玄関が開いて大声でカンナを呼ぶ声が聞こえた。


「カンナさーん! ただいま」

「あんたの家じゃないよ、イリア」

「懐かしの実家みたいなもんだからさ」

「あんたねえ、まったく」


「リィア! 久しぶり!」

「えっ、ナーシャ先輩?! うわっ! 本物だ! お久しぶりです。えっ? 何でここに?」


 キャーキャーと言い合う二人を見て、あきれたようにカンナは言った。


「なんだい? 今日は同窓会でも開くのかい? そんな予定があるならあらかじめ言っといてくれよ。準備ってものがあるんだからさ」


「あたしはお土産を持ってきただけだよ。この間までクロモに行ってたから」


「私はリィアに会いに来たのよ。卒業したんだって。おめでとう」

「ありがとうございます。先輩」


「で、作家になれたんだって? どんな話書いているんだ?」

「今はリィアじゃなくて、イリア・ノベライツって名前で活動しています」


「イリア・ノベライツ? イリア・ノベライツだって?! あの制服少女を書いたのリィアだったのか!」


「読んでくれました?」

「もちろん! そうか、学園の内部知っている卒業生が書いたのかと思ったら……。だよな、現役だからこその細部の描写。なるほど。すごいねリィア。よくやったよ」

「ありがとうございます!」


「そうか。リアはイリア・ノベライツ先生でしたか」

「先輩! 先生はやめて!」


「いや、真面目な話。今私作家を探していてね……」


 そこにレイシアの声が響いた。


「ただいまカンナさん。お客様ですか?」

「ああ、イリアが来てるよ。もう一人イリアの先輩がいるから夕食の数増やせる?」

「大丈夫です。サチの分も用意しますね。今日はここで一緒に食べよう」

「分かりました」


 レイシアとサチが食堂に入ると、今度はナーシャが声をあげた。


「えっ? 黒猫様? それに姉猫様も」

「えっと……」


「お世話になっています。メイド喫茶バイトのきじ猫です」

「え? きじ猫さん。ってことはナノ様? どうしてここにいるの?」


「ちょっとナーシャ先輩! レイシアと知り合いなの?」

「バイト先のオーナーだよ、リィア。それよりレイシア様はなぜこんな所に?」

「ナノさん、リィアって誰?」

「レイシア、ナノさんってどういう事?」


 全員が分からないことだらけになっていた。



「イリアの本名はリィア・ノベルっていうのさ。イリアが一年生の時、ナーシャは五年生。この寮で生活していたんだ。ナーシャはね、女優になりたいって頑張っていたのさ。サカの劇団に入ることができたからこの王都を離れて行ったんだよ」


 とりあえずカンナがレイシアに昔の事情を話した。


「ま、その後いろいろあってその劇団が解散してね。王都に戻って少女歌劇団を立ち上げたってわけさ。衣装とか小道具とか手分けして運んできたんだよ」


 退職金代わりに衣装や小道具をもらい受け、気の合った者同士で新しい劇団を立ち上げたというナーシャ。


「イリアはねぇ。一年生二年生の時は、ほら下町のこの寮にいるだろう。他の子たちから仲間外れにされてね」

「そうなんだよ。あのころはさ、小説書いてます、って言うだけで白い目で見られていたし。一年の時は先輩がいたから平気だったんだけど、二年の時は辛かったね」


「そうだったね」


「あ、でも先輩が女優めざして夢叶えたのを見ていたからあたしも頑張れたんだ。先輩がシャルドネ先生に紹介してくれたおかげで三年生からは楽しくやれたし。そう、シャルドネ先生が、名前変えてやり直したら、って勧めてくれて、それ以降イリア・ノベライツと名乗るようにしたの。おかげでリィア時代の知り合いとは接点がなくなったからよかったよ。リィアで本出していたら妨害されたかもね」


 そういえばいつも学園では一人だったな、とレイシアは思い返した。


「それで、子爵令嬢でメイド喫茶黒猫甘美堂のオーナーのレイシア様は、何でこんな寮に住んでいるんです?」


「貧乏な奨学生だからですね」


「は? そんなことあるか! オーナーだぞ、あのメイド喫茶の! それに去年金貨数十枚のお茶会開いたよね」


「確かに今はそれなりにお金を持ってはいるけど……」


 レイシアは、災害から学園に入るまでの一連の流れを説明した。


「そんなに大変な……」

「まあ、今はそれなりに稼いではいますが、それでも貴族としてドレスや宝石を集めたらすぐに吹き飛ぶくらいの金額しかないですよ」

「そうなのか」


 一通り説明は終えたと判断し、レイシアは話を切り上げた。


「あ、カンナさん。私食事の準備始めますね」

「ああ。手伝おうか?」

「大丈夫。温めるだけのものにします」

「そうかい。任せるよ」


 レイシアはサチと調理室に行った。


「じゃああたしはお茶を片付けるか。もういいだろうあんたら」


 カンナはテーブルの茶器を持っていった。


 二人きりになったイリアとナーシャ。

 ナーシャは真面目に話を切り出した。


「それでだリィア。いやイリア・ノベライツ先生」

「先輩。何でしょう? 真面目な頼みなんですよね」

「ああ。私は今少女歌劇団という劇団を主宰している。それなりにお客も入っているんだが、座付き作家がもうやめると田舎に帰ってしまってな。今脚本家を探しているんだ」


「はあ?」


「イリア先生。私達のために脚本を書いてはもらえないだろうか。もちろん薄謝だが原稿料は出す。あの制服少女を舞台用に書いてはもらえないか? あんな話がやりたいと劇団員で盛り上がったことがあったんだ。お願いします先生!」


「あ、頭上げて下さいよ先輩。……でも脚本かぁ。見たこともないし書き方分かるかな」

「それなら、去年までの脚本を持ってくる。おかしくてもこちらで直すよ。お願いだリィア」


「期限はいつまでですか?」

「六月いっぱいまで。できれば早い方が有難いんだが。半分くらい出来たら見せてもらえると演出を練ることができる」


「六月かあ」


 イリアはレイシアと王子から頼まれている仕事のスケジュールを頭の中で計算し始めた。


「一度練習見に来ない?そこで決めればいいよ」

「そうですね。勝手が分かんないと返事もできないよ」

「それはそうだろうね。でもやって欲しい」

「ナーシャ先輩の頼みだし叶えたいけど。じゃあ今度見に行きますね」

「ああ、よろしく」


 その後イリアは練習を見に行きお芝居にハマってしまうのだが、それはまた別のお話。


 調理場ではレイシアが魔法使い放題で料理を温め、サチが配膳をしすぐに夕食の支度ができた。初めてレイシアの極上飯を食べたナーシャは感動のあまり大げさなセリフで芝居調にほめ讃えたり、即興で料理をほめ讃える歌を歌い出したりしたのだがそれもまた別のお話。



 騒がしい食事を終え、イリアとナーシャは連れ立って帰っていった。これからナーシャが劇団員とシェアしている部屋で飲むそうだ。サチも連れていかれた。


 普段はカンナとレイシアの二人しかいない寮。久しぶりの賑やかな食事を終えたカンナは「懐かしいね。昔はこんな感じだったよ」と寮生が沢山いた時代を思い出していた。


「そうですか」


「まあ、あんたがいて良かったよレイシア。まあ、あんたが去ったらこの寮も閉じることになるんだろうね」

「そうですか。寂しいですね」


「仕方ないさ。時代なんだろうね。さ、部屋にいきな。あたしはもう休ませてもらうよ。久しぶりにつかれたねえ」


 レイシアは部屋に戻り、王子に言われた友達ということを考えた。


「先輩後輩でもイリアさんとナーシャさんはあんなに仲が良かった。私とイリアさんだって。サチも大切な私の友達でいいよね。学園に友達がいなくても、同い年じゃなくても、私には大切な人がいるんだ。それでいいよね」


 とげのように引っかかっていた友達という言葉は、レイシアの中で溶けてなじんでいった。


(私が卒業したらカンナさん仕事なくなるんだ。寮がつぶれるって一人になるってことだよね)


 レイシアは、自分がいなくなってカンナが一人になっても温かいお風呂に入れるように、お風呂を沸かす魔道具が作れないか考え始めた。

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